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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第96話『おばちゃん』

 階段の一番下、部屋の一番奥にある舞台。

 地面として使われていた木の板が、土が、石が、カーペットが舞い上がる。大きな穴ができあがり、そこからさらにこぶしをあげた何者かが出てくる。


 それが予想できた者はいるだろうか?


 片手はこぶしを作り、片手は……おそらく料理をするときに使うお玉を持っている。エプロンをしていて、身長はやや小さめ。黒に一部白の差し色が入った髪の束の中に、円柱の小さい棒のようなものがある。髪を巻いている途中なのだろう。


 ……誰?


 セリナの思考はここまで動いていなかったようで、ハッと気づいたときには穴から飛び出てきた女が、地面に見事に着地していた。


「アンタぁっ! こんなところでなにしてんだい! 夕飯までには帰るって約束だったろ!」


 ビシッ! と思い切りお玉を女はつきつける。その相手は……テリア?

 テリアは汗をたらし、若干引きながらおずおずと声を出した。


「いや、だってさぁ、おばちゃん。色々あったんだよぉ」

「だってもヘチマもないの! ワガママ言う子はもうお外で遊ぶの禁止にするよっ!」

「なんで! ひどい!」


 その場にいる誰もが、そのやりとりをまったく理解できずにただ聞いていた――

 と、思っていたその瞬間のことだった。


「お取込みのところすまんが、邪魔せんでもらえんかのぅ」


 老人が女――おばちゃんの後ろにいつの間にか回っていた。そして、おばちゃんの首に向かって刀を一閃する――

 ……が、おばちゃんはまさかのお玉でその刀を受け止めていた。


「ちょっと! うちの子のお説教の最中に邪魔しないでもらえますっ!?」

「なぁに。ワシがすべて解決しちゃるわい。全員消えれば終わりじゃ」


 ギィンッという鈍い音が刀とお玉の間で聞こえ、二人は距離を取る。老人は刀を収めて姿勢を低くし……


「一閃」


 セリナがゾクッ……と死を感じたときにはもう遅かった。

 老人が刀を再び出したときには、いくつもの斬撃がこちらへと向かって来ていた。


 死……ぬ……!


 そのときセリナは全く動けなかった。とっさの判断もできず、それを受け入れることが当たり前のように。

 そして、セリナの全身を斬撃が切り刻む……


「話を聞かないジジイだねぇ!」


 そんな未来はセリナの頭の中だけだと教えてくれたのは、おばちゃんの大きな声と、お玉で斬撃を全てはねのける姿を見たときだった。


 いや待て。本当に頭が追いつかない。

 えーとなにが起きている? セリナたちをまるで稚児のように扱う老人を、エプロンつけてお玉を持ったおばちゃんが相手をしている? しかも結構良い勝負をしている?


 ……い、いやいやいやいや。待て待て。


「アンタもうそんな歳なんだから、若いモンいじめて楽しんでんじゃないよ! 老害って言われるよ!」

「ワシはまだ現役じゃよ。なのに好好爺(こうこうや)にでもなれと? それは無理な相談じゃのう」

「こーこーや!? そんな優しいジジィになれっちゅーてないべさ!」


 この会話の間にも、老人はおばちゃんを先に潰したほうがいいと思ったのか刀をおばちゃんに向けて、その剣撃をおばちゃんは全てかわしている。

 嘘のような光景だが、二人から繰り出される大きな衝撃音や舞い上がる土煙がそれを本当だとセリナに認識させる。


「あぁもう! めんどくさいねぇ! まだご飯の準備も終わってないのに! これだから男ってのは嫌なんだよ!」


 ずっと受け身だったおばちゃんが、初めて老人に向かって走り出しお玉を繰り出す! だが、それを読みかわす老人。だが、おばちゃんは止まらず走り続け……って、ちょ! その先にいるのは! あの!


「さぁ! 帰るよ!」

「えっ! まっ!」

「セリナ!」


 片手で持ち上げられたセリナが驚いている間に、おばちゃんはもうテリアのほうへ向かって走っていた。

 リオナルドの声が、あんなに近くにいたのに遠くで響いている。


「おばちゃんっ! だいじょ、あのっ、私は一人で帰れますぅっ!」

「迷子になったら困るでしょ!」


 問答無用でセリナとは逆側の小脇にテリアは抱えられる。おばちゃんの勢いは止まらず、そのまま走っていく。たくさんの斬撃を避けながら。それでも避けきれない斬撃は、まるで小さな石のように蹴り飛ばしている。


 いやいやいやいや! だから待て待て!


「台所っていう戦場で戦う、女を舐めんじゃないよぉっ!」


 今それ関係ねぇ!

 セリナの気持ちはなにも通じず、おばちゃんは自ら作り出した穴の中に二人を抱えたまま入っていく。

 セリナはとっさに視線を向けようとしたが、角度的に見えないことに気づいた。


「リオナルドさ……っ!」


 ならばと声をかけようとしたが、そのときにはセリナはもう穴の中にいた。

 その穴は三人が入っても抜けられるほど大きく、暗く見えない地下へと繋がっていた。

 おばちゃんの力が強く、抜け出せないことに苛立ちを覚えながらそれでも見た上。

 追いすがる者を阻むように、土が生き物のように這い寄り、上部から急速に穴を塞いでいく。そして地上とを繋ぐ最後の光が完全に消える直前……セリナは見た。


 その場にはありえないほどの強風が、土や壊れた物たちを空中へ巻き上げているのを――






「聞いてるのテリア! アンタはほんっとにもう!」

「聞いてるよぉ、おばちゃん。だから顔を出さなかったのはごめんてぇ……」


 穴を落ちていき、おばちゃんはその勢いのまま両足を大きく広げて地面に降り立つ。

 その衝撃に耐えたセリナが目を開けると、そこには大きな空間が広がっていた。


 周りは土で作られた大きな空間。

 そこにはおばちゃんやテリアと似た身長で、似た差し色を入れた髪を持ち、似た服を着た者たちがいる。


 ある場所では女たち、いや、おばちゃんたちが談笑をし、ある場所では地上から持ってきたであろう木を切っているおじちゃんがいたり、地面に置かれた物を見てなにやら物色している者もいたり、土の壁にはさらに奥に続く道があったりなど。


 その光景はまさに『村』といって良いものだった。


 そこにいた者たちは降り立ったセリナたちを見て、おお、と少し驚いたあとすぐにワラワラと近づいてきた。


「おばちゃんおかえり!」

「テリア! やっと帰ってきたと?」

「あれ? もう一人の小僧はどうしたんだべ?」

「今日はごちそうだからね!」

「この人族は誰だっぺ?」


 おばちゃんの拘束からようやく抜け出せたセリナは、とりあえず身なりを整えつつ群がってきた者たちを観測する。

 そして、一つの結論にたどり着いた……のと、同時におばちゃんがセリナのすぐ横で声を張り上げた。


「はいはい! 散った散った! 今日はテリアが帰ってきた記念だべ! おかえりなさい会の準備ちゃんとすんべさ!」

「あーい」


 鶴の一声というべきか、他の者たちは自分の持ち場へと帰っていく。


 それからだ。おばちゃんによるテリアへの説教が始まったのは。もうかれこれ数十分は経っていそうだ。

 いつものように姿勢を正し『聖女』のような笑みでそれを見届けているが……そろそろ話を終わらせてほしい……

 セリナがそう思ったとき、テリアが慌てたように話しだした。


「そ、そんなことよりおばちゃん! この人族はどうして連れてきたの!?」

「そんなもん、あんな男だらけのところにこんな美人さん置いていけるわけないべさ!」


 ふんっ! と鼻息を荒くしてセリナを見るおばちゃん。

 ……ありがたいとは思うけど、リオナルドとまた連絡が取れなくなったことを考えると、別に置いていってくれても良かったかもしれない。

 だが、あの場所にいたら死んでいた可能性は高い。ならば感謝すべきか。


「危ないところをありがとうございます」

「いいんだいいんだ。怪我はない? 綺麗な子がこんっなに土で汚れちゃってもうっ」


 そう言うと、おばちゃんは懐から取り出した布でセリナの顔をゴシゴシと拭く。いや、力強っ。


「あ、あのっ。自分でできるのでっ!」

「なーに言ってんだ! ちゃんと綺麗にしないとだべさ!」


 離れようとしても強引にやられるので、諦めたセリナはおとなしくすることにした。

 やがて、おばちゃんは満面の笑みをセリナに向ける。


「よし! めんこくなったな!」

「……ありがとうございます」


 ふんっ! とまたしても鼻息荒いおばちゃんに、セリナは笑顔のまま。


「あの……ところでここは……」

「あぁ、ここはアタシんらの里だべ。とりあえず今日はここでゆっくりしていったらいいさ」


 ゆっくりしている余裕はないんだけど……


「今日の夕食は豪華だしな! サソリがメインの料理だ――」

「ぜひご一緒させてください」

「あぁ! もちろんだとも……って、ええと、名前はなんだっけか?」

「セリナです」

「セリナちゃんだな! よぉし! おばちゃんも腕をふるって作るわ!」


 そう言って、満面の笑みのままのおばちゃんがお玉をブンブンと振って歩いていく。

 それを見送りながらセリナは心の中で後悔していた。


 ……いや、サソリにつられたわけでは……

 別に足の多い生き物につられたわけでは……


 そう思いつつ、こうなったからには里の見学でもしようと思った――そのときだった。


「――っ!?」


 横によけるもそれを相手はわかっていたようで、セリナは首元を腕で押さえつけられながら勢いよく後ろに押され、背中が壁に激突する。

 とっさに首を手でガードしていたから問題はないが、防御魔法をしていてもまともに受ければダメージをもらう突進。


 セリナが少し息をしようと吐き出そうとした瞬間、セリナの顔の横に大きな音を立てておもちゃの剣が刺さった。

 その剣は壁を貫通していて、柄だけが見える状態。持っている手が壁を叩いているようにも見えた。


 そして……セリナの眼前でその剣の持ち主、テリアが言う。


「貴女……もしかして『偽物の聖女』のセリナさんですかぁ?」

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