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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第95話『老人』

老人が動いたと認識したセリナは、ちらりとリオナルドを見たあと床に手を置き、あらかじめ魔力の糸で書いておいた魔法陣を発動させる。

リオナルドはセリナの視線に気づいて、すぐにセリナの近くに来ていた。


次の瞬間――


「ぉぉおおああああっ!」


数えきれないくらいのイスの背もたれが、飛んできたことをセリナの目が捉えたそのあと、細身の男が驚いた叫び声をあげた。

セリナが発動させた防御の魔法陣による壁に、背もたれが当たって派手な音を立てて壊れ、至近距離だったため思わずセリナは一瞬目を閉じた。


しゃがんでいるため、テリアも細身の男もどうなったのかわからない。それくらい視界が背もたれと壊れた破片だらけだ。


どうする?考えろ。

あの老人が『西国』側の人間なら、自身が精霊と契約していることを明かして、この国のトップに会いに来たというべきか?

……いや、精霊のことまで老人が知っているかどうかわからない。それにこの状況でそれを信じてもらえるかどうか。


「どうにか説得できれば……!」


リオナルドの小さな声がセリナの耳に届く。

それが一番安全な方法だ。しかし、その方法が思いつかない。


そもそも、なぜセリナは『東国』と『北国』の援護を受けていながら『西国』へ橋渡ししてもらえなかったか?それは『西国』が国交をほとんどしていないからである。

『東国』から『北国』へ行った時のように紹介状を書いてもらうことすらできなかった。

リオナルドやエルンストが『西国』について知らなかったのも、それが原因だ。


そんな国の人間に、素直に事情を話して信用してもらえるだろうか?答えは否。

ならば、なんとかこの場から逃げ出す方法を考えるしかない。

ここにいる四人がたとえ力を合わせたとしても、老人には勝てな――


「ここにおったか」


反射的に声がした方を見ると、飛んできた背もたれの横に、はりつくように乗っている老人が見えた。

そしてその手が刀に置いてあることも。

どうやって乗ってるんだそれ!って、そんなことを考えている場合ではない!


「なっ!」


とっさに魔法陣の中から、大きく飛んで出る二人。魔法陣に横線が入ったかのように見えたかと思うと、そのまま音を立てて壊れた。まるで柔らかいものが斬られたかのように簡単に。


そんなバカなっ!簡易とはいえ、魔法陣で書いた防御の壁を壊すなんてっ!


セリナがそう考えた一瞬の間に、老人が乗ってきた背もたれが壁に当たる前に飛んで、こちらへ向かってくる――!


「その程度かのぅ?」


ダメだ、逃げられない!

そう判断したセリナは、とっさに今かけている黒い眼鏡を老人に投げつけた。しかし、それは刹那の時間稼ぎにしかならない。

だがそれで良かったのだ。

老人が眼鏡を簡単に細切れにし、セリナに刀を振るったその時、リオナルドが間に入って守ってくれた。


「ぐぅっ……!」


鈍い音を立ててリオナルドが持っていた短剣が壊れ、衝撃がリオナルドの腕にもダメージを与えたのか、リオナルドの顔が歪む。


「このっ……!」


そのすぐ奥で、セリナは今までになんとか解析した老人の魔力を操り、なんとか拘束しようと手を老人に向ける。すると老人の動きが止まった。

……が、老人はすぐ動いてセリナに向かってくる。予測していたセリナは、魔力の糸を天井に刺して避ける。


「くっ!」


やはり半端な解析では動きを完璧に止めることはできないか……!

すぐに床に降り立つと、老人はそれを見て顔をポリポリとかいた。


「あまりここを壊したくないんだがのぅ。大人しく死んでくれんか?」


じゃあ壊さなければよいのでは?などと思いながら、ちらりと辺りを見ると、テリアも細身の男もまだ生きている。そして、それがしっかりと見えるくらいにはイスがなくなっている状態だ。

セリナはなんとか息を整える。そして老人をまっすぐ見つめる。


「その前に少し交流をするのも良いかと思いますよ?どうですか?若輩者の私のお話にお付き合いくださいませ」


セリナの言葉にふむ、と一息置く老人。セリナは戦闘態勢ではなく、いつものように姿勢を正し、笑顔を向ける。敵意はないという意味を込めて。

話をして納得してくれたら良し。ダメならその間の時間稼ぎになる。


考えろ。ここから抜け出す方法を。出し抜く方法を。


「あびゃひゃははは!あああこれだよ!殺し合い!殺す殺す!いいぜ殺し合おうぜええええええっ!」

「なっ!ちょっ!」


細身の男が叫びながら走ってくる。どこからか取り出した針をこちらの全員に向けて無差別に投げながら。


こん……のっ!人が考えている時にっ!


老人はひらりとかわし、セリナは自身の防御魔法が針をはじく。次の瞬間には老人はセリナの目の前からいなくなっていた。


「お主、少し危ないのぅ」


慌ててセリナが見た時には、老人は細身の男の後ろにいた。そして――


「いってぇええええええ!」


細身の男の腹のあたりに横の線が入ったかのように見えたかと思うと、そこからバッと血が出た。派手に出たと思ったが、細身の男はすぐに後ろを振り返り老人に向かって走り出す。


「へひゃははは……これだよこれええええ……いいぞ、いいぞいいいいぞ!もっとくれよおおおっ!」


血がまき散らしながらもそんなことは気にせず、大きく両手を上にあげ、持っていた今までで一番大きい針で老人の脳天を刺そうと振り下ろす。が、針はすぐになくなった。

壊れた欠片が土埃をあげて床に落ちる。


「がっ……!」

「このまま寝ておれ」


刀の柄が細身の男の腹、先ほど斬られた場所に刺さるように当てられて、ひざから崩れ落ちていく。


「じゃ、そういうことでぇ」


見ていたセリナの後ろから聞こえるテリアの声。そちら側には扉があった。

一人だけ逃げるつもりかっ!


「逃がさんよ、お嬢さん」


ゾクリと背筋が凍るような感覚に、反射的にセリナはしゃがむ。

轟音が聞こえてきたので、床に手をついた状態で後ろを見ると、ドアが背もたれによって封鎖されていた。

テリアはすでに遠くに避難している。


「おいおい待て待て待てっ!なにしてやがんだぁっ!俺と殺し合えよ、殺すぞっ!」


細身の男がもう復活している。明らかに魔力が減っているのにも関わらず、楽しそうに歪んだ笑みを浮かべ、老人に向かって攻撃する。それを老人は軽くいなした。


「天井を削って逃げることは!?」

「どれくらいの深さの場所にいるわかりません!」


リオナルドの声になんとかセリナは返す。

天井に穴をあければ地上だ。そこまで行けたらこの場所を知られたくない老人はセリナたちよりも、ここの維持を優先するだろうという考えだろう。


……本当は『風の精霊』が地上にいるおかげでどれくらいの深さかセリナにはわかっている。ブラフだ。


「それよりもライラに会いたいですね!」

「……そうだな!」


リオナルドの強い返事。セリナの言葉の意味に気づいたようだ。

リオナルドはいつのまにか新しい剣、先ほどよりはいつも持っている剣に似たものを持って構えている。


自然の魔法は実はそんなに得意ではない。だが、そんなことも言ってられない。


ライラを目印に土の魔法で一直線に穴を開け、魔力の糸で即座に脱出する。

セリナが上に手をあげ、リオナルドがその時間稼ぎに動こうと細身の男が再び倒れたのを確認した。


その時だった――


「……えっ……?」


セリナの首が体から取れた――


セリナだけじゃない、リオナルドもテリアも細身の男もだ。


老人を中心に円のような斬撃が飛んできて……全員の首が飛び、床にひざがつく。


「あっ……」


痛みは感じない。光景がスローモーションのようにゆっくり流れる。

血が飛び散る光景が見える。みんなの飛んだ首が見える。老人の背中が見える。

ドンッ!という大きい音を立ててなにかが落ちる……


「……はっ……!」


大きな音の正体はセリナがひざをついた音だった。音があとから聞こえたのか?それとも今、耳が認識した?


無意識に首を触る。ついている。首は取れていない。

汗がまるで大雨にうたれた時のように流れてくる。ようやく息ができた。早い心臓に合わせての荒い息が。


今のは……もしかして……魔力の圧による幻覚……?


老人によって見せられたのだ。きっと一瞬先の未来。あれ以上動いていたら現実になったであろうものを。

目の焦点が定まらない。何度か瞬きをして無理やり合わせようとするも視界が揺れる。これは涙か?


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


理解させられた。逃げられない。


わたしは……ころされる……


地震のように床が揺れている。これは本当に地面が揺れているのか、セリナの体が震えているのかわからない。

なにもわからない。怖い。怖い。

死ぬ。私は、死ぬ……っ!


「………………っ!」


なにかが聞こえた気がした。でもなにを言っているのかわからない。頭が理解しようとしない。地面の揺れがひどくなる。


「これは……?」


老人のつぶやきが聞こえた。この声は……動揺している?もしかして……地面が本当に揺れている?

なんとか下がった頭を上げる、老人は揺れている床を見ていた。それを見て確信した。地震が起きている。


「………………ぁぁ……」


ならばこの咆哮のような声も、下から聞こえる轟音も幻覚ではない?

一体なにが――


「なあああああにやってんの、あんたあああああああっ!」


セリナのぼやけた視界に見えたもの。

それはエプロンをつけたふくよかな女が、舞台にいきなりできた穴から、こぶしを突き出して勢いよく出てきたところだった。

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