第89話『分断』
――馬車がガタンと揺れるたびに眠りかけていた頭が覚醒する。
急に変わる天候、道の険しさ、じとじととした空気に負けてリオナルドは寝不足だった。
セリナがそれに気づき、癒しの魔法で治そうとするのを『大丈夫』と言って止めてはいるが、馬車の中でただ揺られているとどうも睡魔が勝つ。
だが、今日はようやく『西国』の中心部に入れるのだ。眠るわけにはいかない。いや、今寝ておいた方が良いのかもしれない。あとで眠気が来るほうが困る。
そう思うとまぶたが落ちてきた……
それを止める者は誰もいなかった。
――馬車が揺れる。
護衛の依頼を受けつつ数日。ようやく『西国』中心部の入り口にまでやってきた。
この馬車は入り口手前までの護衛依頼だ。そこからようやく自分の足で行く。
あんなに楽しみでしかなかった『西国』だったが、今は楽しみ半分、心配半分で複雑な気持ちだった。
未知への期待と不安。精霊はどんなことを言ってくるのか。
中央から離れていくにつれ、セリナを『偽物の聖女』だと疑うものは減っていった。そのうちフードを取っても大丈夫になっていき、ホッとした。
だが……こんなに人の目線が怖いと思ったのは久しぶりだ。
とうの昔に忘れていた感情が苦しめてくる。だから忘れたのに。だから閉じ込めたのに。
あぁ。またこの問答だ。いい加減自分が嫌になる。
ガタンッ、と馬車が揺れる。
今日は曇り空だ。そのせいで気分が落ち込んでいるのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。
次に誰かと話すときには笑顔でいよう。そのために今はなにも考えず目を閉じていよう。
それを同意するかのように、また馬車が揺れる。
そうして目をそっと閉じた。
それを止める者は誰もいなかった。
――『西国』の中心部に入るその場所には施設があった。
それはまるで国境にある関門のように、制服を着た者たちが一人ずつ入る者たちを確認している。他の者にならって、その一番後ろにリオナルドたちも並んだ。
セリナやライラはもちろん、実はリオナルドもエルンストも『西国』には来たことがなかった。
なにやら手続きが必要なのだろうか?と、リオナルドが思っているうちに列は進み、自分たちの番になる。
「はい。じゃあ身分証明書を出して」
リオナルドが制服を着た男に言われ、冒険者カードを見せる。
その横では、セリナが制服を着た女性に冒険者カードを見せていた。
よくよく見ると、男と女で途中から列が分けられている。その間には石で出来た腰ほどの壁。
「冒険者か。目的は?」
「観光です」
「なるほど。よし、いいぞ」
厳重そうなのにやけにあっさりと通される。
進んだ先にはさきほどの腰ほどの高さの石でできた道のようなものがあり、その通りに進んでいく。
ちらりと横を見ると、セリナも同じような道をライラとともに進んでいた。ライラはセリナの使い魔の設定だから、あちらで通されたのか。
さらに進んでいくと自然でできた壁があり、そこにドアが作られていた。
おそらく壁は『西国』中央部を囲んでいる、かつて隕石が落ちたという山だろう。このドアをくぐり抜けたらいいのだろうか?
前に進んでいる者に続き、リオナルドもそのドアを開けて通り抜ける。
すると……その先には街があった。
店があり、人が歩き、道がある。まさに街。今まで通ってきたのが山だらけの合間にできた町や村だったからか、その立派さに少し驚く。
『東国』と比べると人々の空気が穏やかな街だ。気候に合わせているのか肌の露出が多めな軽装な男たちが露店を開き、ご当地の土産や地図などを売っている。特に呼び込みをしている様子もない。
店も構えられており、看板でなんの店なのかわかりやすくしている。
地面は綺麗にならされているが土だ。そこに草や木が生えている。
少し遠くには畑が綺麗に並んで、そこに上半身裸の男たちが忙しそうに作業をしている。
「おう。ついたな。ここが『西国』の中央部か?」
エルンストの声が後ろから聞こえてきたので、それの答えを確認するためにリオナルドは地図を見る。
「ええと。今は中に入ったばかりなので今はこの辺ですね」
「城下町は山の中央にあるのか。じゃあここはまだ正確に中央部ではないんだな。ほんっと遠いな城下町」
リオナルドが指さした、山の北側を見てエルンストが呆れながらそう言う。
これからまた中央部まで向かい、城下町まで行かなければならない。
さっそくセリナ、ライラと合流して向かおうと待つこと数分。
……来ない。
セリナとライラがまったく来る様子がない。それどころか……ドアを抜けてくる者たち、そして街にいる者たちの特徴に気づいて眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「あそこの店を見てください。詳細な地図を売っているみたいです。買いましょう」
リオナルドはそう言って、自身が見つけた店のところへ行き地図を買う。
やはりそれはこの山で囲われている中の地図だ。入ってきた者はみんなそこで買うのだろう。実に見やすいところにある良い商売だ。
リオナルドがいるのは時計でいえば十二時の辺り。正確には一時よりの十二時のあたりだ。
そう思ったのは、十二時の部分から中央にある城下町まで壁で通れなくなっているからだ。さらに城下町から六時の辺りまで片側の壁で二分されている。
セリナが向かったのは、十二時よりも十一時側。つまり……
「この壁の向こうにいる……?」
リオナルドは横にある大きな壁を見る。この壁は石でできた人工的なものだ。わざと分断されているのがわかる。
その時、ちょうどまたドアから入ってくるものがいた。それで確信した。
「どうやらこちら側には、男しか入れないようですね」
理由はわからないが、この人工的な壁と先程の関門によって男女が分断されているようだ。
となると、セリナとライラはこの壁の向こうにいることになる。
「ちっ。しまったな。あいつがいないと精霊を呼び出せねぇ」
エルンストはリオナルドが渡した地図を見ながら舌打ちをする。
それよりも、セリナを一人にして大丈夫だろうか?ライラがいるが、それでもリオナルドの不安は広がる。
「なにか連絡手段を残しておくべきでしたね」
今ある方法は、セリナがライラと意思を繋げる方法。そしてリオナルドが持つ水晶だ。
水晶が二つあればそれで通信ができる。が、製造方法が機密事項な水晶なせいでセリナには渡せなかった。
渡せば間違いなく分析される。それを悪用する可能性が……残念ながらセリナにはある。良い意味でも悪い意味でも。
『分析しないから見せて』と何度言われても断ってきたのだ。しかしまさか、こんなところで弊害になるとは。
他にも通信方法は一応あった。どこにでも売っている魔道具で声だけを届けるものもある。だが声が届く範囲が狭すぎて、使っている者を見たことがない。
固定しておく物なら遠くまで飛ばせるのだが、リオナルドたちはそれに当てはまらない。
「セリナ……」
リオナルドは分断している壁に向かう。石で出来ている壁を触ると、じとじとした天気の中で冷たく感じた。
先に調べておくべきだった。こうなる前になんらかの対処ができたはずだ。
だが、リオナルドも旅を楽しみ始めていた。初めて行く『西国』は自分の目で一番に見たかった。
しかしそれがアダになった。
怒りと悔しさがこみ上げる。それがこぶしに宿り、思わず壁を叩いてしまった。
「落ちつけ」
「ですが……!」
「よく見ろ。中央部だけは両方から入れそうな構造だ。ここでなんとか落ちあうしかねぇ。目的は定めてんだ。あいつもすぐわかるだろ」
リオナルドの背中から聞こえてくる声にさすがだと納得すると同時に、やけに胸がもやりとする。
セリナのことはリオナルドが一番良くわかっていた、はず……なのに……
「……わかりました。行きましょう」
そう言ってはみるものの、なかなか壁から手を離せない。顔をあげることができない。気持ちの整理がつかない。
この気持ちに苛立つ。ここのところずっとそうだ。いい加減にしろと自分に渇を入れる。
その時だった――
「セリナ……?」
ポツリとそう言うリオナルド。その後ろでエルンストは首をかしげていた。
『えーっ。じゃあ、リオナルドとエルンストははぐれたってこと?ダメだなぁアイツラ』
「そうですね」
ライラが腕を組んで大きくため息をついたのを、苦笑しながらセリナは答えた。
正確にはそうではないとセリナは気づいていた。
女しかいないように見える街、花や草で彩られた土の道、店の看板の異様な可愛らしさ、作られた畑の場所や発展模様、売られている商品。
そして先程買った地図。それらを見るとわかる。ここは男女で分断されてできた街だと。
だが問題はない。城下町、そして『西国』の王に会い精霊と契約する。この目的がある限り、あの二人にはそのうち会えるだろう。
「あの二人はきっと大丈夫です。私たちで行きましょう」
『そうなの?じゃあボクがセリナを守るからねっ!』
「ふふ、ありがとうございます」
『でも心配だね。二人とも元気でいるかなぁ?』
ライラの言葉にこの場所を分断する壁をセリナは見る。十数メートルはあるであろう石造りの壁。これを越えることは困難だし、なによりそれを違反したとき『西国』がどう出るかわからない。今は従って情報を集めるのがいいだろう。
だが……
『セリナ……?』
横に人間がいることに少し慣れてしまっていたようだ。冷たい空気が通っているように感じる。
セリナの足は無意識に壁のほうへ向かった。そのまま片手を壁に当て……ひたいをこつんとつける。
「リオナルド様……エルンスト様……」
二人のことだ。なにかがあっても大抵のことは問題はない。だが、このどうしようもないくらいの胸のもやつきはそれを心配しているものではないようで、収まることがない。
最近ずっと感じているものだ。何度目だ、いい加減にしろ。
その時だった――
「リオナルド様……?」
壁につけたセリナの手のひら。そこに温もりを感じた。
そして、それをセリナはリオナルドのものだと確信した。理由などない。根拠もなにもない。しかし、間違いなくリオナルドだ。
リオナルドがこの壁の向こうにいるのだろうか?そう思うと、安心と寂しさで涙が出そうになった。
「どうか……ご無事で……」
目を閉じて魔力を壁の向こうへ込める。祈りの魔法だ。
大きくて分厚い壁。その向こうにいる二人……リオナルドに届くように。
……なんて、そんなことはあるわけがない。そう思った瞬間、リオナルドの魔力を感じた気がした。向こうもセリナの安全を祈っているように感じた。
それに思わずセリナは笑ってしまう。なんともリオナルドらしい、と。
「リオナルド様」
聞こえるはずのないセリナの小さな声。ただ呼んだだけ。それにリオナルドが応えた。
「セリナ」
そんな気がした――




