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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第88話『かぶりつき牛串』

 『西国』名物、かぶりつき牛串。

 その名の通り、四角に切られた少し大きめな牛肉が三つ串に刺さっている。その間には焼いた玉ねぎ。それを直接かじりついて食べる料理だ。


 ナイフとフォークを取り出したセリナに、こういうのは直接いくのが粋だと教えたエルンストの手には、牛串ではなく酒が入ったジョッキがある。


 セリナは一口サイズの串なら食べたことはあるが、大きいものは初めてだ。なのでエルンストの言う『粋』に挑戦してみると……これは美味しいっ。

 外は焼き目がつくくらい香ばしく焼かれているのに、中はほどよく生でとろけるような食感だ。

 それでいて、焼けた部分もほどけるように身が口の中で取れていく。味は脂が乗っていてジューシー。なのに肉特有の甘みもあり、甘辛いソースが食欲を増進させ、どんどん食べ進めてしまう。

 食が細めなセリナだが、これなら全部食べきれてしまいそうだ。


「しっかし『西国』の山はあっちぃな」


 エルンストが自身の襟をパタパタと動かしながら言う。

 ここは『西国』の中心部へ入る門が配置されている街の食堂。

 人が多いせいなのか、山のふもとだからなのか、夜だというのに少し蒸し暑い。


 ここまでの道中でもそうだ。

 山のふもとでは風が吹いても生温いもので暑くなったり、登った先にはたまに雪があったり、急に天気が変わり足止めをされたりなど、本当に忙しい。

 無理やり行くこともできるが、前にエルンストが言っていた『山を舐めるな』という言葉の通り、天気や空気によって同じ山なのに全く違う顔に見えてきて、無理はできない。


「んで、城下町の入り口まではあとどれくらいだ?」

「そうですね……」


 エルンストの言葉にリオナルドが懐から地図を取り出す。『西国』の中心部が描かれた地図だ。

 リオナルドの指は、大きな山と森の境目の中でも東側をさす。


「今ここですので、入り口まではまだ数日はかかるかと」

「……まだかかんのかよ」


『西国』の中心部は大昔、世界で一番大きい山に隕石が衝突した場所に作られている。

 まるで虫歯のようにぽっかりと穴をあけた山の中心に城下町、その周りと山の外壁に沿うように違う街があり、そこには北側からしか中に入れない。


「時計でいうなら今いるのは……二時と三時の間ってとこか。んで、これから向かうのは十二時だな」


 食堂のカウンターの上にある時計をエルンストがちらりと見て、そうポツリと呟いた。

 東からやってきたセリナたちは、北側に向かってぐるりと反時計回りに進んでいこうということだ。


「いっそよ、山を、こう……上から乗り越えられたらいいのによぉ。そうだ、ライラ。お前なら俺らを乗せて飛べるんじゃねぇのか? 魔法かなんかで大きくなってよぉ」


 エルンストの雑な言葉に、豆の冷製スープのカップを両手に持って飲んでいたライラが、眉にしわをひそめる。


『大人ならできるだろうけど、ボクまだそこまで大きくなってないもん。ムリっ』

「そりゃ残念」


 あっさり引き下がったエルンストにフンス、と大きく息をつくライラの口をセリナはナプキンで拭く。始めは嫌がったが、今となっては拭いてほしくてワザとつけているところがある。


「エンシェントスケールキャットはそんなこともできるんですね。知りませんでした」

『セリナの役にたった!? 嬉しい!』

「えぇ。ありがとうございます、ライラ」


 嬉しそうにしっぽを振りながらライラはまた冷製スープを飲む。ご褒美だ、とエルンストがブロッコリーをあげていて、それも嬉しそうに食べるが……おそらく嫌いなものをあげているだけだろう。

 だが、セリナはそれを口にするのをやめる。


 ライラは昔の話――大人に囲まれて生活していたころを思い出すと泣き出してしまうのだ。


 かつて瘴気の種に侵されていたあの時、その大人たちをライラ自身が殺してしまったことを思い出してしまうからだった。体は動かないのに記憶には残る。ライラの一番のトラウマだ。


 それをもう知っているエルンストが、ライラの気持ちを変えるためにブロッコリーをあげた可能性がある。実際にライラは嬉しそうにブロッコリーを食べている。


 だから……まぁ、どう見てもエルンストの嫌いなものをあげているだけだと思っても、口にしない。


「さすが『西国』だ。野菜が美味しいな」


 リオナルドが牛肉と野菜の炒め物を食べながら言った言葉に、セリナとライラがうなずくことで同意した。

 野菜自体が甘くて美味しいのだ。特有の苦みのある野菜も、それ以上に旨味を感じる。いくらでも食べられそうだ。


『楽しみだなぁ、ボク『西国』好きになれそうかもっ』

「そうですね。楽しみですね」


 今度はセリナから玉ねぎをもらうライラが、嬉しそうに言うのをセリナが同意する。

 ……ちなみに、セリナに食べられないものは今のところない。玉ねぎを見ていたライラにあげただけだ。


 そう。セリナの求めているものは未知の足の多い生き物。しばらく発掘できていない。そろそろ食べたいものだ。

 城下町にそういったものがあるかもしれないと思うと楽しみで、もしかしたら眠れそうにないかもしれない。

 いや、体力の回復は大事なので、無理やりでも寝るつもりだが。


 そう思いながら牛串にかぶりつく。うん、やはり美味しい。

 この野蛮な食べかたは戦場を思い出すが、それを上書きしてくれるレベルで美味しい。


「じゃあ、明日から『西国』中心部の攻略だな」


 エルンストは自身の気合を入れるように、ジョッキの酒を一気にあおった。






 次の日の朝。さっそく『西国』の中心部へ入るための門へと向かった。

 問題だった身分証明問題も、冒険者カードによってあっさりと抜けられ一歩踏み出す。

 そう、踏み出したの……だが……


「いやキツイな『西国』!」


 その先の景色を見たエルンストが、大きな声で突っ込みを入れた。やまびこが聞こえたような気もする。

 この街が山頂にあったおかげで、中心部までの道をざっと見ることができたが、やはり山だらけ。

 そこを通って行けと街道が言っている。


 今までとはまた違ったじとじととした空気が、ただでさえ少しきつめの太陽の暑さを助長しているように感じる。

 木々を揺らす風が気持ち良いはずなのに、吹き抜ける風は生温く、まったく涼しさを感じない。

 これなら綺麗な青空を見るより、少し曇っていてくれたほうが良いと感じるくらいだ。


 それにしても広い。

 間違いなく今までで一番広い国だ。


「まぁまぁ、あんちゃん。そのためのこの馬車だべさ」

「それもそうだ。世話になるぜ」

「そりゃお互い様だべ。頼んだぜあんちゃんたち」

「おう」


 近くで荷造りしている商人の男とエルンストの会話が、セリナの耳に届く。

 今回の冒険者の依頼。商人の荷馬車に乗せてもらう代わりの護衛だ。


『北国』でもあった護衛依頼だが、ここ『西国』でも毎日のようにギルドの掲示板に貼られていた。

 野菜や種を大量に運ぶのだ。そう簡単にできるものではない。


 なのでそれに必要となるのは大きな馬車であり、なにかが起こった時に必要なのは冒険者だ。


 ……といっても『北国』と違い、襲撃者から守ることより馬車関連のトラブルが多く、それを解決できる冒険者が採用されている。

 リアナの乗る馬車をよく直していたセリナにとって、襲撃者を追い払うよりも簡単な依頼だ。

 とはいえ一応『北国』でやったのと同じように、馬車や全員に『紗膜の粉』をパッパッとかけて――


『すごいすごい! 土が固い! でもあそこの土は柔らかそう! なんか生えてる! 不思議』

「こらこら。畑には入っちゃだめだ」

『ハタケ? なんだそれ?』

「野菜を育てている大切な場所だよ」

『野菜っ!? じゃあ守らないと! そうだよな、リオナルド!』

「ははっ。そうだな」


 少し離れたところで話すリオナルドとライラの会話が微笑ましい。

 楽しそうなライラ。そして……優しくライラを見守るリオナルドの横顔から目が離せない。


 いつだったかリオナルドに襲われたと思ったことは誤解だった。それはわかった。だが頭の中でだけだ。

 あれ以来まだリオナルドに距離を取ってしまう。それに気づかれているのはわかっているが、つい無意識にやってしまうのだ。

 昔なら、そんなものは心の奥底に閉じ込めて何事もないように振る舞うことができた。だが、今はそれが難しくなっている。

 理屈ではダメなことはわかっているのに、感情がそれを理解してくれない。そしてその感情に体が支配されている。


 私は……強かったはずなのに……


 リオナルドはそんなことをしない。それがわかってホッとしたはずなのに。あの時の恐怖、失望、嫌悪が忘れられない。

 それだけではない。リオナルドが近くにいると胸の中がザワザワする。その気持ちに名前を付けられない。どう言葉にして良いのかわからない。こんなことは初めてだ。それが自分自身でももどかしい。


 こうして目で追ってしまうくらいには、遠くにいると気になるくせに……


 気を使わせているのはわかっている。リオナルドにも、エルンストにも、ライラにもだ。

 この思いも……今までのように、旅を続けていけばいずれ答えは出るのだろうか……?


「セリナ? 終わったのか?」


 視線を向けていたのがバレたのだろう。リオナルドがライラとともに近づいてくる。

 それに対して半歩後ろに下がってにこりとセリナは笑う。


「はい。もうこちらの準備は終わりました」

「そうか……」

「こっちもオッケーだべよ。んじゃ、行くべ」


 商人のその言葉に、荷物が入っている後ろに乗り込む全員。

 荷物が多くて狭かったが、なんとかリオナルドとは距離を取れた。

 きっと寂しい顔をさせているだろう。だが……もう少し、この気持ちがせめて自分の中で整理できるまでは待っていてほしい。

 そう思いながら、セリナはリオナルドから顔をそらし景色を見るフリをした。


「……ったく。あっちぃな。いっそ雨でも降らねぇかな」

『雨降ったら涼しくなる?』

「それはわからねぇが、地面は固まるだろうよ」

『……よくわかんない』

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