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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第三章『幕間』
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第86話『裏腹』

国境の町を出てから一週間が経った。

『西国』に着くまでの道のりは、今までで一番険しかった。


いや、正確にいえばもう『西国』にいる。今は国境付近を越えたあたり。

リオナルドは改めて地図を見る。中心部の城下町まではまだ遠そうだ。

その間も山を登っては降りる、登っては降りるの繰り返しだ。


しかし、この道のりを経て納得したことがある。

『西国』への国境の街がなかったのだ。冒険者カードの出番はなし。

この山脈を乗り越えて『西国』中心部に向かおうという者はなかなかいない。そういうことなのだろう。


しかし全員修羅場をくぐってきているからか、過酷な道のりの体力管理と足運びが非常にうまく、予定よりも早く進んでいる。

一番に音をあげるのが子供とはいえ、ドラゴンであるライラだというのだから、全員の体力は推して知るべしといったところだろう。


「よし。そろそろ準備するか」


その日は野宿になった。『山を舐めてはいけない』というエルンストの一言が決め手だ。

大きい街道から続く登山道だからか、広くて辺りが見渡せる平らな地面があり、キャンプをするにはちょうど良い場所だ。

ライラが果物を探しに行き、エルンストが獲物を狩りに行くというので、セリナとリオナルドがその他の準備と見張りをすることになった。


今がチャンスだ。セリナにこの気持ちを伝えたい。

避けられると焦ってしまう。困ってしまう。つらい。

そう伝えようとリオナルドは思い、作業中のセリナを見た。



「あの、セリナ」

「……なんでしょう?リオナルド様」


焚き火用の木を丁寧に並べていたセリナが、リオナルドのほうを見てにこりと笑う。

その微笑みはいつも通りの『聖女』の微笑みだ。胸がザワザワとする。

どう伝えたらよいものか……


「あ、と……や、山で焚火をしても大丈夫だろうか?」

「使う火は魔法なので大丈夫ですよ。それに、なにかあってもすぐに消せば問題ありません」

「そ、うか……」


さり気ない雑談からさらっと言おうと思ったのに、なぜかできなかった。

普段のリオナルドならこんなことで焦りはしない。なのに、セリナ相手では言葉につまる。

ならば言葉で伝えるのではなく、行動で示せば良いのだろうか?


「セリナ」

「リオナルド様?」


リオナルドは、セリナを真剣な顔で見つめながら近づいた。するとセリナがそっと距離を取った。


「セリナっ……!」


離れていくのが嫌で、リオナルドは素早く動きセリナの腕をつかむ。

そして、抱きしめた。


一気に距離が近づいたことに安心する。だが、それと同時に心がざわつく。心地良い距離のはずなのに落ちつかない。

だがそれをセリナにちゃんと伝えなければ。そう思い、リオナルドは言葉を紡ごうとする。


「言いたいことがあるんだ!私は、そのっ!」


リオナルドの声をさえぎったのはセリナだった。


「――あぁ、そうですか。リオナルド様()、ですか」


聞こえたセリナの声は冷たい。

気になったリオナルドは自身の体から少し離して、セリナの顔を見る。


「――っ!」


リオナルドの体が固まった。

セリナがさらに体を引く。そして次の行動へ移し、リオナルドはそこでようやく固まった体を動かすことができた。


「セリナ!なにをしているんだ!」

「今までたくさんいたんです、そういう人間。勘違いしていました。リオナルド様も『人間』だったんですね」


少しずつ服を脱ぎ始めるセリナの手をリオナルドは慌てて止めた。

セリナよりも力が強かったおかげで手は止まったが、リオナルドが手を離すと再び脱ぎだすだろうというのは予測できた。


そして。

リオナルドが見たセリナの顔は、かつて見た感情のない『人形』の顔に戻っていた――


「そういう乱暴なのがお好みですか?そういう男もいたので対処できますよ。ですが最後まではやめてください。その前までならできます」

「違う!違うんだやめてくれっ!」


にこりと貼りつけた顔に、なにも映さない瞳。

リオナルドの背筋が凍る。セリナの狂気に触れたあの時と同じ感覚だ。


リオナルドがセリナの体を求めていると勘違いしている。


セリナの言動からわかる。こうやって男に求められた経験があるのだろう。

少し前、男に胸を揉まれた時も平然としていたセリナだ。日常茶飯事だったのかもしれない。

嫌な過去なのだろう。その証拠に、リオナルドの行動によって刺激されたセリナが『人形』に戻っている。


「もし、ですが。私の言葉が届くのならできれば夜遅く、ライラに見られない時間が良いのですが……いえ、なんでもありません。お好きにどうぞ」

「違うっ!本当に違うんだっ!」

「じゃあどういうことですか?あぁ、萎えました?私ごときでは魅力ありませんか?」


違う。リオナルドが望んでいるのはそういうことではない。

心の中で深呼吸して、少し自分を落ち着かせたリオナルドは、真剣な瞳でセリナを見る。


「聞いてくれセリナ。私はそんなことが言いたかったんじゃないんだっ」

「……ならばなにを言うつもりですか?」


セリナの瞳がリオナルドをとらえる。

『人形』となった狂気の瞳がリオナルドを圧倒し、足が思わず一歩下がった。


「私になにを望んでいるのですか?どうしたら良いのですか?どうなれば良いのですか?」


誰かになれなんて望んでいない。『人形』になってほしいわけでもない。

セリナのままでいい。セリナのままでいてほしい。

そんなセリナと普通に接したかっただけだ。


セリナと自分の隣に隙間があるのが……

嫌なだけだったんだ……


「なにしてんだ?お前ら」


聞こえてきた声のほうを慌てて見る。

エルンストから大きなイノシシが、ライラの両手からたくさんの果物が放り投げられていた。


『セリナになにしてるんだっ!離れろっ!』


ライラの怒りの声としっぽによって、セリナとリオナルドに距離が出来た。

それを見たセリナは、すぐにいつも通りの笑顔に戻った。


「なにもありませんよ。ちょっとリオナルド様と、内緒のお話をしていただけです」

『そうなの?それならいいけどさ』


納得いかない顔をしているが、セリナがそう言うならとライラは渋々納得しているように見える。

その間に、エルンストがリオナルドの近くに寄ってきていた。


「今はなにも聞かねぇ。少し落ちつけ。いいな」

「はい……」


エルンストにそう言われ、リオナルドはそこから離れた。

セリナのことが気になるが、リオナルドがいたほうが悪化する。そう判断した。

エルンストとライラがいる。きっと大丈夫だ。


そう思いながら歩くリオナルドの足は重い。全身にも重りがついているようだ。

そうして、セリナたちが小さく見えるまで遠く離れた場所までくると、リオナルドは空を見上げた。

良い天気だ。リオナルドの心とは真逆なくらいの綺麗な青空だ。


ふと周りを見ると、他にキャンプを張ろうとしている人たちが見えた。

離れていたのが幸いした。セリナの肌を誰にも見せたくはない。


「自分の気持ちなのに、わからないのはなぜなんだ……」


考えるより言葉にしたほうがはっきりするかと思ったが……リオナルドの中で明確な答えが出ない。

なにが問題なのかもわからないくらい、リオナルドの心の中がぐちゃぐちゃだ。

ただ。目を閉じると浮かんでしまうセリナの姿――


「くそっ!」


自分に嫌気がさし、リオナルドは足元の小さな石を蹴った。

いつもならしない行動を取ることでしか、気持ちを抑えることができなかった。

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