第64話『串セット』
『風の精霊』とのやりとりから二日眠り続け、目が覚めてからは一週間経った。
その間、セリナはリオナルドに強制的にベッドに縛りつけられるように休養した。
その休養期間に、雪が止んだことを代表するように気候が安定しだしたこと、魔物の襲撃が『北国』全体で目に見えて少なくなったこと、そのおかげで流通が良くなったことを聞いた。
『氷の精霊』のおかげだろうと『北国』の会議では結論づけられ、『氷の精霊』を呼び起こし契約をしたセリナは英雄として改めて王から礼がしたいとのことだったが、セリナは丁寧に断った。
『中央国』に狙われている身だ、その言葉だけ受け取ると言ったら、ならば『北国』にいる間は『中央国』の刺客から守ることを約束された。
そしてこれからなにがあろうとも『北国』は、恩人セリナの味方でいるだろうと。
そのあと『城下町で近々行われる祭りに参加するといい』とサラに言われた。
軍隊が率先して手伝っている久々の大きな祭りになるだろうから、ぜひ『北国』を堪能していってほしいということだった。
そして……
その日は来た。
『セリナ!氷果物のジュース美味しそうだよ!ボクミックス味に決めた!セリナはなににする?』
「そうですね……じゃあ氷リンゴにしようかな」
『わかった!』
ライラが大きく『ジュース』と書かれた屋台に飛んでいく。その様子はまるで使い魔だ。
そういう『客』はどこの国にもいるようで、向かった先の屋台の男もライラを気にする様子もなく、普通に商売をしていた。
やがて、ジュースを落とさないように抱えて帰ってくるライラ。
『はい!こっちがセリナのリンゴ!早く取って!それとねっ、リオナルドに洋梨を買ってきてあげたよっ!』
「ありがとうございます、ライラ」
「私の分もか、ありがとうライラ」
セリナとリオナルドが笑顔で受け取ると、ライラはへへっと嬉しそうに、照れくさそうに笑った。
そして全員同時にジュースを飲む。辺りが寒いので冷たいものを飲むと、さらに体が冷えてしまい良くないが……美味しい。
セリナのリンゴ味は、リンゴ特有の酸っぱさもあるがそれ以上に濃厚な甘みが口の中に広がる。なのに後味はさっぱりしていて、爽快感が残る。
それに朝の陽ざしが強くて、今はこの冷たさが心地よかった。
「へぇ、美味しいな」
寒さが苦手なリオナルドが言う。相変わらず帽子とマフラーと手袋はしているのに、ライラのジュースに口をつけてちゃんと感想を言うあたりリオナルドらしい。
またリンゴジュースを一口飲みながらセリナは屋台を見た。店が似たような立ち並びをしている『東国』では、呼び込みの声がそこからから聞こえてきていたが、こちらは随分と静かだ。家族連れや恋人同士、冒険者一行や商人などさまざまな人間が、和気あいあいとした雰囲気で楽しんでいる。
ふと、人だかりが見えた。そこを注視すると、なにやら上半身裸の軍団が汗を飛び散らせながら太鼓の音に合わせてこぶしを繰り出していた。筋肉は……ある者もいるし、ない者もいる。それはどうでもいいか。
『あっちから美味しそうな匂いがする!行こうセリナ!』
もうジュースを飲み終わったのか、紙コップをリオナルドに渡したライラがセリナの服を引っ張る。
「まぁ、なにがあるんでしょうね」
『ね!気になるよね!』
セリナは引っ張られるままに進み、リオナルドは持っている袋に紙コップを入れながらそれに続く。
甘い匂いもするし、しょっぱい匂いもする。どれも美味しそうでどこから食べたらよいのかわからないセリナは、ライラの言うままに動くことに決めた。
そして、ライラが選んだのは『串セット』という、竹串に肉や野菜が刺さっているもの。
一番人気と書かれていたレバ串というものを、二人は同時に一つ食べて……
「……んーっ」
独特の食感だ。ぐにゃりとした噛み心地に、ザラリとした中身。味もクセがあるがそれを甘辛いタレが見事に中和していて、始めはイマイチかと思ったが、気がつけば次が食べたくなる味に変わる。
『ボクこれ苦手かも……』
そう言ったライラはレバ串をリオナルドが持つ串セットが入ったトレーに戻し、今度は野菜串を取って食べ始めた。それはどうやら美味しかったようで、ライラは上機嫌な顔になりしっぽを振り始める。
「セリナはどうだい?」
「私は好きです。酒に合いそうな味ですね」
「ははっ。確かにいいかもしれないな」
ライラが残したレバ串を食べたリオナルドがそう言う。濃い味を『北国』のさっぱりした酒で流せば、最高の味になるだろう。
そしてそれを食べ終わったセリナは、一番楽しみだったイカ足の串を取り食べる。
「………………っ!」
声にならないというのはこういうことを言うのだろう。
なにか特別な味つけをしているわけではない。だが、焼くだけでこんなに美味しくなるのかイカっ。少し焦げたところもまた苦みとなるのが良い。生と違って歯で簡単に切れるのも良い。
あぁぁ……足の多いナマモノ最高……っ!
『美味しいね!楽しいね!』
「そうですねっ」
楽しそうなライラに笑顔でセリナは答える。
そういえば……こうしてのんびり歩きながらなにかを食べるのは初めてだ。
次の戦場に向かう時、とりあえずなにかを補給したい時に、走りながら腹に無理やり詰め込んだことはあるが。
そうして串セットがなくなり、次はなにを食べようと思って屋台を見ていると……もう終わりだったようで屋台の列が途切れた。
ならもう一度戻れば良いと思ったセリナの目に……なんか映った。
「お。見事な雪像と氷像だな」
リオナルドが横で感嘆の声を出す。
セリナたちのいる場所の先、大きな広間には確かに雪や氷で出来ている小さくても三メートル、大きくて六メートルはあるかというモノがあった。
そう。筋肉を見せつけるかのようにポーズをとる男たちの像が、広間の両端を彩るように綺麗に並んでいたのだ……
見間違いか?と近づいて見るも……やはり筋肉。そこにある像は全て筋肉で埋まっている。よくそこまでポーズがあると感心するくらい全て形が違う筋肉たちだ……
セリナはにこりと笑い、素晴らしいと見るリオナルドに問いかける。
「……なんですか、あれは?」
「祭り名物の雪像と氷像だな。コンテストも開かれるくらいなんだ」
「こんてすと……」
「美術、技術、迫力、筋肉の美しさで競われるんだ。優勝者は未来永劫語り継がれるらしいぞ」
継ぐな。
そう言いたいが、セリナが思った以上に人間が集まり楽しそうに見ている。
「これは良いですなぁ。造形も見事ながら、筋肉が輝いている」
「うーん、これは人ができるポーズではないな。もったいない、せっかく良い筋肉なのに」
「広背筋の動きがイマイチだし、筋肉を盛りすぎだ。減点、と」
さらに筋肉が続く先を見ると、大きい看板に『筋肉選手権』と書かれ、その下に出来たステージで上半身裸の男たちが腕相撲している姿が見えた。観客がとても、とっても盛り上がっている。
……………………
「戻りましょう。美味しいものたくさん食べなきゃ」
そう言ってきびすを返すセリナ。ライラも嫌だったようでそれに続いてくる。
そのあとに、もう少し見たそうだったリオナルドも続いた。
「先ほど、カニ味噌と野菜の炒め物を売っているお店を見つけました。食べなければ」
『前にどこかで食べたやつだよね?もっと美味しいのかな?』
「お店によって味が変わるので、もしかしたらもっと美味しいかもしれませんね」
『わーい!』
「……そうだな、セリナは今のうちに英気を養っておかなければな。このあと大仕事が待っているのだから」
リオナルドがそう言ったので、セリナは振り返りにこりと笑う。
そんなたいそうなことではない……そう言いかけて、やめた。
「頑張りますから見ていてくださいね」
そんなセリナを見て……リオナルドは微笑んだ。




