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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第63話『月明かり』

 どこにいたって、どうやったって、私は『私』でしかない。

 自由にはなれないんだ……


 ならば、私はこの世界に必要? いいえ。だって必要なのは『私』であって私ではないじゃない。


 私を『お姉様』と呼ぶ甘い声が聞こえる。私の全てをその声に委ねれば、とても気持ちよく眠れる甘い声。

 それに抗う自由はとても苦しい。何度立ち上がろうとしたって、私の心を現実が踏みつけてくる。


 あぁ……もう疲れた……

 だからずっと思ってるじゃない。死んだっていいって。

 その前に少しの自由を願った。でもそれすら許されないのなら……もう……いいのかもしれない。


 私は孤独なセリナ。一人ぼっちのセリナ。

『私』の中に存在している、ちっぽけな存在。

 もういいよと現実が言ってくる。もう休もうよと甘い声がつぶやく。

 それに全てを委ねて……私は消えよう。もうこれで終わりだ。あとは『私』に任せたらいい。

 願いは叶った。少しだけ自由のようなものを満喫した。


 もういい、もういいんだ……


 どんどん消えていく私を、いつもの微笑みで『私』が見ていた。あとは任せろ、そう言ってる気がして。


 だがその時――

 誰かが『私』から私を守るように立ち、はっきりとした口調で言った。


『私は変わった。あなたとは違う』






 ――ハッと、セリナは目を覚ます。辺りは暗く、月明かりだけが部屋の中を照らしている。

 荒い息を整えながら状況を把握しようと、セリナはベッドからゆっくりと起き上がる。見覚えがある場所……ここは『北国』の客室か。


 ふと見るとライラが同じベッドで寝ていた。お腹を上に向け、ふすーっという寝息が聞こえる。その姿を見ると少し落ち着くことができた。静かに深呼吸をして……ライラを起こさないようにベッドから出る。


 ゆっくりと歩き……大きな窓のほうへと向かった。しんしんと降っていた雪がやみ、木々に降り積もった雪だけが降っていた証拠として残っていた。

 王城を守る城壁が見えた。明かりがつき、そこには見張りがいる。魔物の襲撃の跡はまったくなかった。


「今……何日経ったのかしら?」


 セリナのひとりごとに答えるものはそこにいない。

 いや、そもそもセリナにはそんな存在がいたのか。さっきまで見ていた夢の答えがそこにあった気がした。

 くすりとセリナは笑う。どうしてだろう? 心が穏やかになっている。


 ……最期なんてこんなものなのかもしれないな、とセリナはまたくすりと笑った。


 過去に数えきれないくらい試みた。でも『私』が必要とされていたあの時、それは許されなかった。

 自然と回復してしまうようになった体。でも、それすらも越える薬を常に持っている。理論上は可能なはずだ。


「……綺麗だな」


 窓の外に目を向けた。雪と氷、そして街の灯りが彩る銀世界は、初めて見た時と変わらない感動をセリナに与えてくれる。


 ……もう、これでじゅうぶんだ。


 セリナは時空の倉に手を入れ、求めているものを探す。ここには大切な物しかしまっていない。


 大量の浄化の粉にそこから派生させて作った魔道具。魔力回復用の魔法瓶に、魔力増強のアクセサリーもあった。

 それから『東国』で拝借した野宿用のセットに、冒険者カード。老人用衣装やお忍び貴族令嬢服もちゃんと取ってある。捨てるのはもったいなかったし、記念だと思ったから。


 そして……幼い頃からつけていた日記と、読んでいた書物。


『中央国』から追放されたときに比べたら、ずいぶん荷物が増えたな。


 あぁ、楽しかった。


 その時――


「えっ!?」


 誰かが、セリナの手を握ったような気がして、慌てて時空の倉から手を引っ込める。


「誰……?」


 問いかけても、それに応える者はいない。セリナは孤独だ、一人だ。だからそんな者などいないだろう。

 あぁもう、何度この問答を繰り返すのだ。


 だが……


 時空の倉にもう一度、恐る恐る手を潜り込ませた。もしかしたら、また誰かが握ってくれるかもしれない。そう思ってしまったのだ。


 だからそんな者などいないと言って――


「……あ……」


 セリナは時空の倉から取り出す。握ってきたその温かいなにかを確かめたくて。それがなにものなのか知りたくて。


 そうしてセリナが握っていたもの。

 それは誰かの手ではなく……使い古されて少し錆びた短剣だった……


『わたしがあなたを一人にさせない』


 頭の中で幼く愛らしい声が響く。

 窓際に気配を感じて見る。窓の外には月明かりを背に、茶色の髪の黒いボロボロの服を着た少女が宙に立っている。そんな気がした。

 少女はセリナをじっと見つめると、その無表情な顔から『本物』の笑顔に変えて……そして消えていった。


 セリナは……その場に立ちつくしたまま動けなかった。

 全身が震える。そのせいで短剣を落としそうになり、それを拒むように両手でつかみ必死に力を込めた。


「ずるいよ……」


 セリナがぽつりと呟く。視界が潤み始め、穏やかだった心が脈打つ。

 だが、先程までとは違って心地良くも感じていた。

 胸に両手を、短剣を引き寄せた時、セリナの足が限界を迎えその場に座り込む。体の震えが止まらない。心臓が痛い。苦しい。

 短剣を、まるで小さな子を抱きしめるように体で包み込む。そうすると、誰かがセリナを抱きしめ返してくれる、小さくとも優しい温もりに包まれた……そんな気がした。


「諦めようとしていたのに……立ち上がらせようとしないでよ……!」


 そういえばセリナのことを嫌いだと『彼女』は言っていた。だからか? と皮肉めいたことを思い、まばたきをすると目から雫がこぼれ落ちた。


『涙を見せるな』。遠い昔、言われた言葉。それを守ってきた。見せないことが強さになると教えられたから。


 でも……もう無理だ。

 泣いたら見られてしまう。だって、もう一人じゃないから。


 セリナには大切な『友達』がいるから――


「う、うう、うあああああああっ!」


 溢れる涙とともに声も漏れた。止められなかった。

 それを聞いてライラが目を覚ます。それと同時に部屋のドアが開き、リオナルドとエルンストが入ってきた。


「どうした!? ってお前、なに持ってんだ! それでなにをする気だ!」


 エルンストが怒りの声とともにセリナに向かってくる。それをリオナルドが止めた。

 それと同時にライラがセリナのほうへ向かう。


『セリナどうしたの!? お腹痛いの!? 果物食べすぎた!?』


 ライラはセリナの周りをおろおろと回る。だが、セリナはそれに答えられず涙を流すことしかできない。

 そうして泣き続けるセリナをリオナルドは見守っていた。なにも言わず、ただ少しだけ微笑んで。

 そんなリオナルドを見てエルンストはなにかを察したのか、腕組んで同じく見守った。


 そう。『みんな』で見守った。

 セリナが泣き止むまで。ずっと、セリナのそばで……

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