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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
6/13

06

「あぁ、急にすまない。嬉しそうな顔がどうしても気になってしまって」


声をかけてきた男。歳は二十代後半あたりだろうか?透き通るような黒い髪に端正に整った顔、優し気な銀の瞳。かなりの長身なのに、圧や恐怖を感じさせない柔らかな物腰。


「いやですわ、美味しかったのでつい……でも、お恥ずかしい。顔に出てしまっていたのですね」


口に手を当てて恥ずかしそうな顔をする。顔に出ていたなんて私もまだまだだな、と心の中で反省。


「ははっ。この国の生まれとしては嬉しい限りだよ。この街へ来たのは今日が初めて?」

「ええ」

「やはりそうだったか。それならばこうして声をかけたのも何かの縁。私にぜひ案内をさせてほしい」

「まぁ。そんなこと、初対面の殿方にさせるなんてことできませんわ」

「いや、その振る舞いといい、相当な家柄のお嬢さんだろう?なのにお供もつけず一人で……不安だろう……いや、事情は聞かない。どこかのご令嬢なのだろう?なのにその古く安い生地の服。それを見ればお忍びだとわかる」

「………………」

「このあともし何かが起こって、それに君が巻き込まれてしまっていたら、自分を責めてしまいそうだ。せひ、案内させてほしい」


下を向き伏し目がちに考える。

少しの沈黙。

やがて私は顔を上げて男に少し不安げに微笑んで見せる。


「実は……貴方の言うとおり不安がありましたの……それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

「決まりだ。ちょっと待っててほしい。その器を片付けてこよう」

「ええっ。私が使ったものですから私がちゃんと――」

「すぐそこだしこれくらいやらせてほしい。この国の男は女性に優しくあれ、が心情なんだ」


くすっ、と笑い、私はそれならばとお礼を言ったのち食べ終わった器や串を渡す。

そして男は私に背を向け、いそいそとゴミ箱へ向かう。


――事情を聞かないのはお互いさま、だなんで思わないでね。


あなたは聞かなくても、私はあなたの詮索をしてはいけないなんてことはないのだから。

わかっているのよ?

服の上からでもわかる鍛えられた体にたくさんの血を吸ってきたであろう剣。無駄のない足の運びと、私を怪しい人物だと見定め観察する瞳。いつでも牙を向いてきそうな闘志。

『東国』の騎士あたりだろうか?その中でもかなりの手練れと見た。

しかし、この国に来ていきなり目をつけられるとは……もっと町娘のふるまいを徹底していたらよかったか?しかし、骨の髄まで叩き込まれたふるまいをやめるのは困難だ。これならドレスを着て貴族を装っていた方がマシだっただろうか?いや、ドレスを着た状態のあからさまな『貴族』がお供をともわないのは違和感がある。

……いやいい。気にしても仕方がない。今は知られてしまったことを嘆くより、この男から情報を引き出す方が大事だ。


「そうだ。名乗るのが遅れたね。私はリオナルド。君は?」

「セリナです。よろしくお願いします、リオナルド様」

「なんて美しい名前だ。こちらこそよろしく、セリナ嬢」

「うふふ、私のことはセリナ、とお呼びください」

「あぁそうだな。わかったよ、セリナ。さぁ行こうか」


私はお忍びでやってきた貴族のお嬢様。理由は……無難に他の国の市井(しせい)の様子が見たくなったから、ということにしよう。

無難……いや、無難か?まぁいいか。その設定で。そう自分に言い聞かせる。なにせ目の前のリオナルドが勝手にそう勘違いしてくれたから。

ずいぶんと私に都合の良い事情をくれたものだ。ぜひそのまま使わせてもらう。

にこ、とお互いに微笑む。そしてリオナルドが差し出した手にそっと自分の手を乗せた――






「あぁ、こんなに楽しい時間を過ごしたのは久しぶりだ。礼を言うよ、セリナ」


観光地巡りをしたあと、休憩とリオナルドが勧めたカフェにてそう一言。

私はその言葉に少し照れて、視線をそらすように目を伏せながら口を手で隠す。


「そんな……私こそ素敵な時間で楽しかったです。ありがとうございます、リオナルド様」

「はは、そう言ってくれると案内を申し出たかいがあったよ」


観光地巡りは本当に、本当に楽しかった。

名物の『東国』創設者の銅像、そこから続く街並みとは全く違う城へと続く、川にかかった豪勢な橋、そしてその奥の立派なお城、見たことがないアクセサリーや食べ物、他の小物など。

一人で回っていたのなら、誰にも気をつかうことなどなくもっと楽しめたのだろうな、などと思うが口にはしない。

しかし……目の前のリオナルドの柔らかい笑顔。この美貌でこんな笑顔をされたら普通の女性なら恋に落ちてもおかしくはないだろう。

だから、私も少し頬を赤らめてその雰囲気を出す。正面から目を合わせられない。そんな純真な女を演じてみる。

……だが、リオナルドの目はそんな私を観察している。私の一挙手一投足、全てが見られているのがわかる。私がそうしているのと同じようにこの男も見てきているのだ。リオナルドの銀の瞳は、私の全てを解き明かそうと鋭く光っている。

この男、決して油断はできない。完璧に令嬢を装わなければと強く思う。


「しかし、セリナは実に魅力的だ。今とても君のことが知りたい……」

「えっ……」


ドキ、と胸が高鳴る()()。この時瞳を潤ませるのを忘れてはいけない。

――私のことが知りたい、ねぇ。何を知りたいのかしら?でもおあいにく様。それを表に出すような訓練はしていない。

私の内心をよそに、リオナルドは言葉を紡ぐ。


「実はね、セリナのようなご令嬢はこの国にたくさん来るんだ。他には見られない珍しいものが多いからかな。そんなご令嬢を安全に保護する。それが私たちの仕事でもある」


こてん、とかわいらしく顔をかしげる。本当に何もわからないと言った風に。

それに『仕事』というけども、私にはリオナルドが何の職業なのかは教えてくれない。観光している時に一度聞いたがはぐらかされた。それでじゅうぶんだ。

リオナルドは私を警戒している、という答えのね。


「……リオナルド様?何のお話ですか?」

「今までもこういうことはよくあってね。逃げ出したご令嬢を両親の元へ送り届けたり、迷子になった子供を魔物から助けたり、そのご令嬢自体が実は要人を狙う暗殺者だったり……まぁ色々やった」

「……そう、なのですか」

「だから、こう言うと失礼かもしれない。でも、初めて見たときから何かあると気になってしまって、セリナに声をかけたんだ。まぁ経験からくるカンだな」


自分でもそのカンを信じているのかいないのか、リオナルドは苦笑しながら少し肩をすくめて見せた。


「そして……ここまで完璧()()()ご令嬢の演技をした者に出会ったのは初めてだ。最初に感じた違和感に間違いはなかったようだ」

「………………」


にこり、とリオナルドが笑う。今までと変わらず、柔らかい笑顔で。


「セリナ。こういうことをするのは初めてかい?完璧すぎるのもまた違和感があるということを学んでおくといい。特に君の仕草は貴族らしすぎるし淑女らしすぎる」

「……リオナルド様……」


私はリオナルドをまっすぐ見つめる。さきほどと変わらないまま、世間に疎い純真な女が困ったような、そんな態度で。

本当は心の中でも驚き、困っていた。まさかたったの数時間でバレるなど思ってもいなかった。それほどまでに警戒し、振舞っていた。だが、むしろそれが間違っていた?そんなバカな。そんなことがあるわけがない。

……私は今までも、そして今も完璧に演じてきた。世界中の誰よりも。なのにその完璧が否定された。本物の令嬢はこういうものだろう?という概念が覆される。

自分の観察力のなさに思わず心の中で舌打ちをする。

そう、観察などいくらでもする機会はあった。いくらでも見てきたのだから。そんな考えとともに紅茶の匂いが私の鼻をかすめた。そしてそれは、こんな時だというのに、私の頭の中に過去の記憶を引きずり出した――


それは……私も招待されたにも関わらず、そこに座ることも許されず、リアナの横にも立てず、部屋のすみで影のように過ごすお茶会。侍女のようにリアナにお茶を淹れるよう頼まれたときにそこにいた女に言われた一言。


『……やっぱり『偽物』ね。本物とは輝きも美しさも全然違うわ』


笑う者、苦々しい顔をする者、同意する者。そんな女たちの中でリアナは言った。


『そんな『偽物』だなんて……お姉様は私の大切な『ただの奴隷(おねえさま)』よ?』


心の中の私が首を大きく横に振ってその記憶を振り払う。

いつまでも消えない忌々しい『偽物』という言葉が、こんな時でも私を苦しめる。

でも、私はこんなところで立ち止まれないんだ。自由のために……

私は、早くなった心臓が自分の焦りと少しの恐怖を肯定しているのを感じながらも、演技することは決して忘れないようにしつつ、リオナルドをしっかりと見た。


「私の事情は……聞かないでくださるのではなかったのですか……?」

「君がただのご令嬢ならね。でも……例えばそうだな。その紅茶カップ」


リオナルドがその銀の瞳で、私の目の前に置かれたカップを指す。


「それを取ってみても音一つ鳴らない。他にも。話す人によって好ましい姿勢に変える。笑い方、しぐさ一つ一つが洗練されている。そんな王宮から出たこともなさそうなご令嬢に見合わない、軽やかすぎる身のこなしに、何時間どこを歩いても汗一つかかない、息も切れない熟練の戦士のような動き」


リオナルドの目が鋭くなる。


「他にもあるが、一つ一つは本当に小さな違和感だ。それも私以外なら気づかないくらいの。だが、一度気づいてみれば、やっていることは普通の令嬢にはできない芸当。それを全て自然……というよりは意識して演じて、いや、機械的にこなし、しかも私をずっと値踏みしてくる。そうなると私だってしたくなる」


こちらが観察していることまでバレているなんて。この男、私が思った以上に手ごわい。分析不足だ。くやしさがこみ上げる。


「……そんなこと……私は……」

「セリナのことが気になるんだ。私の興味本位でね。これは本当だ。だが私の仕事の関係でね、君が危険因子かどうかも確認しなければいけない」

「私はっ……!危害を加えるためにこの国に来たわけではありませんっ!」


声を荒げた。これはまごうことなき私の本音だ。態度は変えられなくとも、こうやって一欠片の本音を言えば少しの信用くらいは得られるはずだ。

……だが、リオナルドの態度は何も変わらない。


「ならば、なにをしにこの国へ?」

「そ、それはっ……!」


リオナルドから目をそらし考え込む。なにか事情があるが話せない。そんな令嬢のようなそぶり。さっきとは違う意味で瞳を潤ませる。少しだけ震えるのも忘れずに。


そして本当に考え次の言葉を探す。どう答えたらリオナルドをかわせるか、そんな言葉を。


そんな私を見てリオナルドはふぅ、と小さくため息をついた。


「本当にセリナはすごいな。こんなにも攻めているのに『完璧』がまったく崩れない。でも……そうだな……じゃあ、少し話を変えてみようか」

「え……?」

「気を悪くしないでほしい。ただ、人を見る目には少し自信があってね。当たっていたら褒めてほしいだけなんだ」


そう言うとリオナルドは運ばれてきた紅茶を一口飲み、かちゃりカチャリとお皿に置くと、ゆっくりと、話し始めた。


「セリナ、君は幼いころから様々な訓練を受けているようだね。その崩れない姿勢。ここまでくるとむしろ崩すのが苦手と見える。その若さでそこまで染みこんでいるとなると、何十年と訓練をしないとそうはならないはずだ。そして、身のこなし。君は気をつけていたつもりのようだけど、私への警戒心が無意識に出てしまっていて、まったくスキを見せない状態になっている。それから人とのコミュニケーション。苦手、というより慣れていなさそうだ。だから完璧を目指してしまう。そこまでの訓練を受けている者が戦闘の訓練を受けていないわけがない。だからそうだな……得意なのは魔法かな?見たところ武器を仕込んでいる様子はなさそうだ。だが、その体の細さ、筋肉量で武闘家や騎士、剣士……などには見えない。しかし、強い魔法使いでも杖などを媒介にしないとたいした攻撃はできない。なのに丸腰でいられるのは町娘風の令嬢に扮していたい、というより誰にも負けないという自信の表れか。相当な魔力を持っていると思われる」


私はリオナルドの言葉に耳を傾けながら紅茶を一口。さすがオススメするだけあってとても美味しい紅茶だ。紅茶の風味と甘み、そして苦みが私を支配する。


「魔力量が多い者といえば……そうそう、つい最近悲しいニュースがあった……二か月前のことだ。『中央国』で偉大な人物が一人、命を落としている。知っているかい?」


「……噂程度ですが……」


リオナルドから笑顔は消えない。だが、瞳はまっすぐこちらを向けて私の一挙一動を観察している。

紅茶を置いた私はまっすぐにリオナルドを見た。

それはいつもの私。『完璧』を止め、怯えも何も見せない。誰にも好かれるよう計算された穏やかな『偽物』の笑みで。


「何をしにこの国に来たんだい?セリナ。いや――」


空気が凍る。


「『偽物の聖女』セリナ・ハイロンド」

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