第53話『氷の試練06』
「おーおー! すげぇなライラっ。惚れたぜっ」
『……男に惚れられても嬉しくないんだけど。ボクも男だし』
「わかってねぇな。男に惚れられる男は、真の『良い男』なんだぜ」
『ホントっ!? じゃあもっと惚れてくれていいよっ!』
「おうっ。結婚でもするか!?」
「……エルンスト様。ライラをたぶらかすのはやめてください」
「異種婚否定派か? 頭が固いねぇ、そこの元『聖女』様は」
「私はセリナだと何度も言っても理解できないお人に比べたら、私など柔らかすぎて壊れそうですよ」
「柔らかいのはその体だけにしとけってか。はっはっは!」
「まぁ、なんて品のないお言葉。お里が知れますわね」
「カビと膿だらけの『中央国』生まれにはわかんねぇわな、この魂の輝きはよぉっ」
「まぁまぁ」
壊れた氷像の欠片と降り積もる雪が幻想的に景色を彩る中、セリナたちは城下町へと急いでいた。
緊張は長続きしない――それを知っているエルンストの軽口に、いつもの笑みを浮かべながらセリナが付き合っている。セリナも戦場経験者故にその意図をくみ取っているのか、とリオナルドは感心しつつもなだめる役に回っていた。
そんな中で……リオナルドはセリナの変化に気づいた。
今のセリナから『人形』らしさが、本当に少しだけだが薄れている。
そういった『演技』にまた騙されているのか……? しかし眼鏡を通して見たリオナルドの『目』には、今まで見たことのないセリナが映っていた。『氷の洞窟』ではぐれてまた再会したときからの変化だ。
この変化はおそらく鋭い『目』を持つリオナルドにしかわからない。それくらいの小さな小さな変化……
あの試練でなにかがあったのは間違いないだろう。この騒動が終われば確認し、報告する必要があるな。
そう思いつつ、今はその思いを心の奥にしまいこんだ。
『あ! あそこ! すごい穴があるよ!』
そう叫んだライラが指をさした先――そこには城下町を取り囲む、大きく分厚い城壁に、五メートルはあろうかという大きな穴ができていた。
そこから瘴気をセリナは感じていた。魔物はここから侵入していったのだろう。
「ちっ!」
エルンストはそのままその穴を通り先を急ぐ。セリナは片手に巻きつけた魔力の糸を駆使して宙へ飛び、その大きな穴に持っていた浄化の粉を撒く。すると残っていた穴にこびりついていた瘴気が消えていく。
セリナはさらに城壁の上まで飛び上がり、念入りに撒いていく。これでもうここを通れる魔物はいないだろう。
「私たちも行きましょう」
「ああ」
地面に降り立ったセリナは、リオナルドをちらりと見てすぐに走り出す。ライラもすぐ後に続く。
そして再び訪れた城下町は……以前とは違う様相を呈していた。
街の建物や地面からわかる、魔物との戦闘の跡。赤く染まる雪。血の匂い。そこらに転がる武器。五体満足でいるほうが奇跡なくらいの……たくさんの軍人の死体……
あぁ、良く知る光景だ。
武器を手にしたままの腕がセリナの足元に転がっている。血が流れ出ている。この腕は持ち主につい先程までついていた証拠だ。
……となると、魔物はまだ王城へ向かったばかり?
そう思い王城のほうを見ると、宙を飛ぶ魔物が王城を襲撃している。なるほど。そちらには城下町の軍隊は対応できなかったか、すぐにやられたか……どちらにせよ、リオナルドが見たのはあの空から攻撃している魔物の姿か。
「王城が……! 早く行かなければっ!」
「待ってください、リオナルド様っ」
セリナはリオナルドを制し、目を凝らして王城をよく見る。すると、魔物が少しずつだが減っているのが分かった。王城の中にいる軍隊が戦って、制圧し始めているのだろう。
それならば、このまま瘴気の跡を追って王城に向かっているであろう魔物たちを倒せば良い。そこまで考え瘴気の跡の先を見て……そこにエルンストが立っているのが見えた。
こぶしを握り締めて震えている。顔は見えないが、きっと……守れなかったことを悔やんでいるのだろう……
――今、セリナにできること。
いつものように『聖女』の祈りを捧げる。
城下町の魔物をせん滅して、街の人間を守ること。
ケガ人を探し出して介抱すること。
王城に向かうこと。
そして……
人間が減ったと、胸中であざ笑いなにもしないこと。
そう。今まで通りに――
「リオナルド。お前がこの中で一番早い。城内の確認と援護を頼む」
「……わかりました」
エルンストがリオナルドに指示を出す。激情に呑まれながらも、冷静に状況を判断していたのはさすがというべきか。
「ライラ、リオナルド様についていってください。貴方がいれば私も状況を把握できます」
『わかったっ! ボクがんばるねっ!』
走り出したリオナルドに続き、セリナにしっぽをブンッ!と、大きく振って応えたライラもそのあとを追っていく。
そしてセリナは『聖女』の祈りをしようと手を組み……やめた。
今は一刻も早く魔物を倒すのが先だ。祈りはそのあとにでもできる。
「エルンスト様。微力ながらお手伝いさせてください。城下町の魔物をせん滅します」
「……行くぞ。ついてこい」
「はい」
エルンストが駆けだし、それにセリナは続いた。
軍人たちがこっちだと誘導するかのように床に寝転んでいる。その体に積もり始めた雪は、それを覆い隠そうとしているのに、それでも彼らの声なき言葉はセリナたちを先へ進ませる。
そして、その先にいたのは――魔物の集団。
『彫刻魔』と書いてガーゴイルという種族だ。一メートルくらいの大きさの体は硬い石でできており、背中にある石の翼で宙を飛び鋭い爪で攻撃してくる。本来は好みの建物に取りつき、その建物を脅かすものを排除するという種族なのだが、目の前にいるのは瘴気に侵されて魔物になったガーゴイル。
――つまり、敵だ。
「オラアアアアアッ!」
エルンストが集団の中に飛び込み、ガーゴイルに魔力を込めたこぶしで殴る。
大きな音とともに飛ばされたガーゴイルの口が咥えていた、人間の足が違う方向へと飛んでいく。
『キシャアアアアアアアッ!』
エルンストに向けて叫ぶガーゴイルの群れ。
やや遠くのほうで軍人の死体を踏み荒らし、キバや爪でちぎって遊んでいたガーゴイルたちもその叫びでエルンストに気づく。
そして一斉にエルンストに襲い掛かる。
「エルンスト様! こちらは私が!」
セリナが太くした一本の魔力の糸を、地続きでガーゴイルたちに刺していく。刺されたガーゴイルたちは変哲もない魔力の糸を見て鼻で笑い、取り外そうと糸に手を伸ばす。
その瞬間――魔力の糸を通して、セリナの膨大な魔力がガーゴイルに注ぎ込まれた。
『グギャッ!』
『ガッ!』
『ギャアアアッ!』
体が膨らみ一気に四散するガーゴイルたちの体。それと同時に、エルンストのこぶしが他のガーゴイルの体を遠くへ飛ばしていた。
ライラのときの応用。あのときはライラが瘴気によって体を大きくさせられていたが、今回は逆。魔力を注いで体を大きくさせ、中から爆発させた。
セリナほどの魔力を持っていないとできない芸当だし、注ぎ込むため魔力を結構持っていかれるが、一体ずつにしか使えないし、莫大な魔力を消費する『血変』などの魔法を使うよりも、よっぽど効率が良い。
そのままセリナが宙を舞い、エルンストが駆ける。ガーゴイルたちは次々に地へと墜ちていき……
「――!?――」
同時に後ろへと飛ぶセリナとエルンスト。
残っているガーゴイルたちが『ギャーギャー』と叫び、それの周りへと向かっていく。
そう……四メートルはあろうかという巨大なガーゴイルを、二人は同時に見上げた。
「こいつを倒せばおしまい、ってことでいいか?」
エルンストが汗を拭うこともせず、コキッ、とこぶしを鳴らして不敵に笑った。




