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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
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第05話『イカとタコとカニ』

世界はとある邪神の暴走によって混沌と化していた。瘴気と呼ばれる暴走した力の影響を受けて、生まれ落ちた種族は理性を無くし暴れまわる世界。

そんな世界を変えようと小さな力が一つ。人間の中から生まれた。

その光は五つの光を引き寄せ、その結果光たちは他の小さな光を集めやがて大きな大きな光になり、その力で暴走した邪神を討ち取り、世界は少しずつ浄化されていった。

その後、六つの光のうち『勇者』と『聖女』と呼ばれたものは一つの国を作り、国を他の種族から守るための魔法陣を作り上げた。そんな二人を見た残りの四つの光たちは、その『勇者』と『聖女』の国を中心にした東西南北に国を作り、誓い合った。自分たちは『勇者』と『聖女』を必ず守ろう、と。

こうして、人間による五つの国ができたのだった……


――そんな歴史を思い出していたのは、私がいた『聖女』が必ず産まれる『中央国(ちゅうおうこく)』とは違う雰囲気を出している『東国(ひがしこく)』王都の城下町にやっと着いたところだからだ。

……あの時の偽装が上手くいったのか、あれから追っ手が来る様子はない。

長かった髪をばっさりと肩のあたりまで切り、匂いで足取りを追えないように川を泳いで渡り、簡易転送魔法で飛び、途中の町で服を村娘らしいものに着替え、何度も乗り物を乗り換えてやってきた。そこまでする必要はもしかしたらなかったかもしれないが、やはりここは念には念を入れて。


……さて。私が半年かけて『東国』に来たのには理由がある。いつだったか戦場に駆り出されたときに『東国』出身の人間がこぼした一言を思い出したからだ。


『こんな携帯食ではなく、うちの国の城下町にある生の新鮮な海鮮物を食べてぇよ』と。


私の国では海鮮物は基本焼いたりして食べるものだ。生は豪華な食事でも出たことがない。だから、その時思ったのだ。


ぜひ城下町に行って食べてみたい……と。


生モノは食べると毒、という風に教えられてきた。だが、この命は別になにも惜しくはない。ならば未知なる美味しそうな物を食べて、たとえそこで死ぬことになっても良し。


そう。これぞ自由の一歩。


国境を越えて『東国』に入った時からチラホラと見た名物の生モノ。だがその誘惑に耐えて、かつて誰かが美味しいと言っていたこの城下町に来たのだ。


この選択もできるのも自由の証!


そう思ってやっと着いた『東国』の王城がある城下町。そこは磯の匂いがずっとしていて、街の雰囲気もまったく違っていた。

『中央国』は気品があふれる者たちがいるような街なみで、清楚な『聖女』がいると言っているような雰囲気だった。服も正装のようなものを着ている者が多い。

対して『東国』は活気と熱気があって、その道のプロ、職人があふれていそうなそんな雰囲気。服はもっとラフで動きやすそうなものばかり。

どちらが良いとか悪いとか、そういうものがあるわけではないが、この国の空気は今まで感じたことがなくて気持ちがワクワクした。

他の国も違うのかな、行きたいな、そんなことを考えながら歩いていると街に並ぶ店たちが目に入る。

食べ物、アクセサリー、占い師、武器屋、防具屋などなど、ちゃんとした店を構えているわけではなく、テントのようなもので簡易的なものを作ってそこに商品を置いて販売し、これは良いぞ、あれは良いぞ、と次々に声を張りあげる。それにつられて見に行く人たち。本当に面白い。


「そこのお嬢さん!これ一ついかがだい?」


少し年がいった男が私に声をかける。見るとそこには美味しそうな食べ物が焼かれていた。

どれも見たことがないものだ。まぁ、私が見たことのある食事など限られているのだけど。


「……美味しそうですね。それはなんですか?」

「おや知らないのかい?これはこの国名物の『カニ味噌和え』だ!カニの身と脳みそは最高だぜ!」


カニ……あぁ、あの足が何本も生えているアレか……アレって美味しいのかしら?というか脳なのかこれ……よく食べようってなるな。いや、そういう偏見は良くない。

少し考えている私を見て、すぐ隣に店を構えていた男と同じくらいの年齢で、ふくよかな女が声をかけてきた。


「お嬢さん、もしかしてこの国は初めてかい?」

「……え?えぇ、そうです」


私の言葉に女はしわが深くなるほどのとびきりの笑顔を向ける。男はというと、横入されたのにも関わらずさっきの笑顔を絶やさない。それに私は驚いた。

会話の途中で入ってくるのはあまり良くない……というのは『東国』にはないものなのか?


「そうかいそうかいっ。なら……こいつも食べていかなきゃソンってもんだよ!特にうちのは絶品だからさ!」


男よりも大きな声で差し出されたのは、なにやら透明に近い白いもの。それは器用に串に刺さり簡易のお皿に盛られ、とても綺麗でキラキラと光っているように見える。


「えぇと……これは?」

「これはイカよっ。生のイカの刺身!……あぁそうだ、ついでにこいつも持っていきな!タコの刺身っ。また違っててすごく美味しいからさっ!」

「え?あ、はい。ありがとうございます」

「おうおうサービスするねぇ。でもお嬢さん美人で可愛らしいからなーっ」

「そうそうこれくらいしなきゃバチが当たるってものよ!」


男と女が私に手渡してくるものはどれも見たことがないもの。ニコニコと笑いながら勢いよく渡してくるものだから、ついつい受け取ってしまう。

イカ……タコ……カニ……どれも足が何本も生えているやつだ……この国では足が多ければ多いほど好まれるのだろうか?そんな『中央国』と『東国』の文化の違いをふと感じる。


いやでもそんなのはどうでもいい!


いらないと言われたお代を払い、丁寧に男と女にお辞儀したあと、私は少し歩き近くにあったイスに腰をかける。

噴水のある気持ちの良い場所で、他にも座っている人がチラホラいる。私のようになにかを食べようとしていたり、ただ休憩しようとしていたり……

中には大きめの布を敷いて地べたに座ってなにかを食べている者たちもいる。そしてそこにはおこぼれをちょうだいしようとする鳥たち。

『中央国』では決してみられない光景だ。改めて違う国に来たんだと実感する。

そして私の手には念願の生モノ……我慢して焦がれた生モノ……!

見た目に嫌悪感は全くない。匂いも磯の香りがして嫌な臭いではない。だが、本体を思い浮かべると少し躊躇はしてしまう。


だが、これを待っていた。これを求めていた。


お楽しみは先に食べたい。カニよりタコよりイカが先だ。このキラキラしたものが刺さった串を持ち……そして……ゆっくりと口に運ぶ……


「………………」


なかなかの歯ごたえがある。味は特に感じない……ハズレか……?

いやっ!これは……っ!


「……美味しい……っ!」


噛めば噛むほど磯の香りと味がしてくる。なにに例えたらよいのかわからない。コリコリとした食感と甘さがあり、塩味を感じる。こんなものは初めてだ。

えぇ、なにこれ、えっ、おいしっ。

じっくり、じっくりと味わって口の中からなくなった頃には、脳内のイカの姿が神々しく感じられた。

そしてそのイカは串にまだ刺さっている。なんという贅沢……!

いやしかし、イカだけで満足するわけにはいかない。タコもあるし、特に名物と言われていたカニ!イカを超える感動が待っているのか、それとも――

ごくり、とのどが鳴る。

白い小さな器に盛られたカニの脳みそと身をもらったスプーンですくい……一口……


「………………っ!」


濃い!この味の濃さはなに!?さっきとは全く違う!大豆で作られた味噌とはまったく違う味で、旨味と塩気が絶妙にマッチしている!

中に入っていたカニの身はイカと違いホロホロと解けていくようになくなっていく。

すっごくおいしっ!さすが名物!

まったく違う味、食感……足の多さは似ているのにこれほどの違いがあるとは……っ!


「美味しいぃ……っ!」


噛みしめるように食べ終え、手をつけていない最後、タコの串を手に取る。

もう私の頭の中には嫌悪感などなく、楽しみで心臓が高鳴っていた。

そして……一気に一つを一口……


「………………あぁぁ……」


食感はイカに似ている。だが向こうはコリコリとした食感で、こちらはプリプリしているといったほうが良いか。噛み切りやすさもこちらが上だ。

はぁぁぁぁ……なんて美味しいの……

最高すぎる。手足の多い生き物バンザイ。ぜひ調理方法を教えてもらいたい。そしていつでも自分で食べられるようになりたい。世の中にはもっと、もっとたくさん手足の多い生き物はいるのだから。

……あら、もしかしたら魔物も食べられたりするのかしら?そこもあとで聞いてみましょうか。

そう思って空を見上げる。良い天気だ。風が気持ち良い。人々の声がこんなに心地良く聞こえる日が来るなんて思わなかった。磯の香りも違う国に来たと実感させてくれるスパイスになっている。

こんな日に最高の食べ物に出会えるなんてこんな贅沢な日、産まれて初めてだ。


これが自由……


追放されたあの日から四か月後の出来事。私は表向きには『追放されたのち、死んだ』ことになっていた。

仰々しい豪勢なお葬式を国で行ったらしいが、その棺の中には誰が入っているのやら。そして、あの国で『セリナの死』を本気で悲しむ者はいるのだろうか?

……なんて。そんなこと考えながらこんな美味しいものを食べるなんてもったいないわ。

ゆっくりと味わって、じっくりと堪能して。全て食べ終わりふぅ、と一息ついた時、ふいに横から声がかかった。


「ずいぶんと美味しそうに食べるんだね。もしかして君は他の国の者かい?」


――これが、リオナルドとの初めての出会いだった……

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