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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第41話『モツ鍋』

北の厳しい寒さが流通を困難にしている理由の一つ。その困難な状況故に飢えたものが、それを持つ者を襲うのは当然だという。

そんな『北国』で商人などはどうやって荷物を運んでいるか――自分が強くなるか、強い者を雇えばいい。


つまり、冒険者の出番だ。


次の街までは結構な距離があるとわかったセリナたちは、まずギルドに寄り依頼を受けた。

そう、護衛の依頼である。

報酬は依頼書に書かれた金額と、その荷馬車で次の街まで運んでもらうこと。

セリナはこの銀世界を歩いても良かったのだが、ここは厳しい『北国』だから体力を温存するにこしたことはない、とはリオナルドの言葉。


セリナはさっそく、荷馬車の白い布の部分、馬車を引っ張る馬、商人を含めた全員に粉をパッパッとかけた。

紗膜の粉(しゃまくのこな)。浄化の粉から作られる魔道具で、これを撒かれた物体は他のものには認識されにくくなる。

あくまで『されにくい』ということ。粉を適切に撒かないと一部が見えてしまうこと。風に流されやすく、例えば他者にかかってしまうことで、戦闘時などではかえってアダになる、効果時間が短いなどのデメリットもあるが、今は効果が切れる前にかけたら良いし、これで十分だろう。

いつだったか、食堂にライラだけ残した時に使った魔道具もこれ。結構お手軽な代物なのだ。


……まぁ、浄化の粉が異常に値段が張る。というのが一番のデメリットかもしれないが。


だが今に限って言えば手持ちに余裕もあるし、セリナは安い宝石から浄化の粉を自作できる。さらにリオナルド(おさいふ)もあるということで、これを使うことにしたのだった。


地面を覆う雪の下には分厚い氷があり、それが車輪に良く引っ掛かり、ガタンゴトンと荷馬車を揺らす。

荷物とともに運ばれる三人。その中でリオナルドは縮こまりながらハーッと白い息を出していた。


「荷馬車はあったかいなぁ」


防御の付与を施したネックレスをセリナがあげたので、リオナルドはもう寒さをそんなに感じていないはずだ。

即席で作ったのであまり機能していないか、もしくは、この光景を見ただけで『寒い』とリオナルドの脳に刻まれているのだろうか。


……もしかして、荷馬車に乗りたかったのは寒さをしのぐためだけでは?


ライラを抱きしめ少しでも暖を取ろうとしているリオナルドを、セリナは笑顔ながらも冷たい瞳で見つめ、すぐに目を離すと後方部の白い布を少しめくり景色を見た。


綺麗な銀世界に降る小さな雪の塊がひらひらと落ちていくその姿は、一枚の絵のようだ。

吐く息も、近くの道も、遠くに見える山も白い。


「綺麗だろう?」


嬉しそうなリオナルドの声が聞こえたので一度そちらに向いたあと、またセリナは景色を見た。


「えぇ、本当に……」


本の中でしか知らなかった雪景色。

それを今この目で見ていると、昔の私が知ったらどんな反応するかしら?

セリナは目を閉じる。すると目の奥、黒い空間の中に幼い頃の自分が立っている気がした。

『聖女』の修行服である黒い服をボロボロのまま着て、まだ感情があったころの自分。


羨ましいと泣くかしら?

それとも、憎らしくて殺したくなるくらいに恨むかしら?


ふ、と鼻で笑い、誰にも見えないように自嘲する。そして目を開けて、昔の自分を消した。


どうでもいい……

どうでもいいことなのだ、今も、昔も……


――私などどうでもいい――


ガタンッ!と荷馬車が大きく揺れる。が、何事もなかったように商人は馬を操作して道を進む。

これくらい当たり前ということか。


「次の街では……そうだな。まずはゆっくりしよう。城下町までまだいくつかの街を越えなくてはならないし、二人も色々見て回りたいだろう?」

「そんな……私はすぐに向かっても問題ありませんよ」

「まぁまぁそう言わずに。ここの、『北国』の名物料理を堪能してからでも遅くはないだろう?」

『りょうり……おいしいものっ!?』


リオナルドの言葉に、セリナではなくライラが反応する。

さっきまでリオナルドをうっとうしそうにしていたのに、今は三本のしっぽがピンッと立っている。


「この寒い中食べるモツ鍋が絶品なんだよ。色々な味があるが……どれも一度は味わってほしいなぁ」


モツ……それはもしかして内臓のことか?

それはセリナも食したことがあった。かつて戦場で一人、食べ物に困ったときに狩った獣の内臓を、とりあえず焚火で焼いて食べた。それは今でも思い出したくないくらいには美味しいと言えるものではなかった。

それが……美味しい……?

どのような調理方法で、どのような食べかたをするのか見当もつかないが、かつてリオナルドに案内された時に飲んだ紅茶は美味しかった。その舌は信用に値する。


……しかし……

カニの脳味噌を食べたり、獣の内臓を食べたり……そんなものばかりなのか?四方の国の名物は。


「それは楽しみですね。ではぜひそうしましょう」


セリナはリオナルドに、心の中とは裏腹の言葉を告げる。

カニ味噌が美味しかった。ナマモノも美味しかった。この世界にはまだまだ知らない美味しいものがある。何事も挑戦できる。それが自由だ。


「モツだけじゃないぜ、名物はっ。鳥の骨からとった出汁で作った鍋もあるし、酒もうまい!」


商人の男がセリナたちの話を聞いていたのか、荷馬車を走らせながらも話に入ってくる。


「そうか。お酒もあったな」

「そうさ!この寒い『北国』で飲む熱い酒は染み渡る美味しさだぜっ。いやぁっ、飲みたくなってきちまうな!」

「ははは。安全運転を頼むよ」

「多少の酒なんか問題あるもんかっ!北の人間はたくましいんだぜ!」


豪快に笑う商人の男を見て、リオナルドと目を合わせたセリナは苦笑した。

たくましい、ね。確かにこの極寒の地で生きるには、たくましさを持ち合わせていないといけないのかもしれない。


そうして和やかに進む道中。

魔道具の効果のおかげで、襲撃にも遭わず平和な道のりとなった。

街についたセリナたちは、荷馬車から降りて商人の男から報酬をもらい、別れを告げるとさっそく街の散策に行こうと足を進み始め――


「お前たち!まだまだ声が小さいぞ!さぁもう一度!いち!にち!いち!ぜん!」

「いちっ!にちっ!いちっ!ぜんっ!」


上半身裸で叫ぶ、筋肉質な男たちの集団を見て足を止めたのだった……

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