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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第40話『雪遊び』

 ――常に雪が降り積もっている寒冷地。

 その厳しさ故に物資をめぐる内乱が絶えない、どこよりも死の匂いがする冷たい国。それが『北国(きたこく)』。


 昔、読んだ本にそう書かれていた場所へセリナは来た。

 正確に言えば、今いる場所は『東国』と『北国』の境目。国境にある街だ。この街を越えれば、正式に『北国』の地を踏んだことになる。


 はーっと息を吐くと、冷たい空気に触れて可視化される。街にもちらほらと雪が降り積もっており、周りの人間たちの服装も『東国』とは違い、帽子や手袋を着用し、分厚い布になっている。


 のんきに歩く人々を見ていると、内乱があるようには思えない。

 だが、建物にはその傷跡が残っている。古いもののようだ。ならば、今は割と平和になったということか?


「いらっしゃいませぇ!」


 カランコロンと小気味良い鈴の音が、ドアを開けると大きく鳴った。


 セリナは自身を守る魔力が寒さも暑さも防いでくれているので平気なのだが、リオナルドが『見ているこっちが寒そうで心配になる。おごるから服を買いに行こう』というので、街の服屋に来ていた。


 おごってくれるならとセリナが選んだのは、魔力増強の効果がついた、複数の色をまるで子供がコケてぶちまけたかのようなデザインの上着!


 ……ではなく、リオナルドが選んだ白を基調としたロングコートをセリナ用に買うこととなった。

 モコモコとしていて、これ一着だけでとても暖かそうに見える。


 なんの付与もされていない、ただの布切れだと言おうとしたセリナだったが、試着したときのライラの『セリナ! 可愛い!』の一言に負けた。


 ちなみにリオナルドもコートを買っている。黒のコートに黒の手袋。こちらもなんの変哲もない、そこらの住民も着ているようなものだ。


 寒いのが苦手らしいリオナルドは、とりあえずとその店で一番暖かそうなものを選んだらしい。


 聞いたセリナは心の中で呆れつつも、自身にかけている防御魔法が付与された、小さな宝石がついたネックレスを、その場で作り渡した。寒さで動けなくなっては困る、そう心の中でリオナルドに告げながら。


『暖かくなった、ありがとう』と嬉しそうにするリオナルドが、少しだけ子供に見えた。


 そして、さぁ行くぞと意気込んだその時――


「……あぁ、すまない。少し待っていてもらえるか?」

「ええ。お構いなく」


 リオナルドがすまなそうにセリナたちから離れる。

 その姿をセリナたちはもう慣れた、と言わんばかりに見守っていた。


 『東国』城下町を出てから何度目だろう?

 こうしてリオナルドが連絡用の水晶に呼び出されるのは……


 リオナルドは騎士団副団長にして、第一騎士団団長だ。やることがたくさんある。

 その引継ぎを完璧にしてきたと思っていたようだが、どうやらそう思っていたのはリオナルドだけで、困った部下たちが確認の連絡をしょっちゅうしてきているのだ。


「えぇと、それはだな。確かDの棚に置いてある……そうだ。その書類を見て確認ができたら、あぁ、そうだ……」

「その引継ぎは完了しているはずだ。カイゼルが知っているはずだから聞いてくれ」

「あー……そうだな……そのままでも良かったような……あぁ、でも一応カスパルに確認しておいてくれないか?」

「今旅に出ているんだ。帰ったらじっくり聞くから……大丈夫だっ、落ち込むなっ。そのうち一緒に飲みに行こうっ」


 漏れ聞こえるリオナルドの声はこんな感じで、本当に、本当に大変そうだ。

 いつもお疲れ様です、と思わず口に出してしまいそうなほどに。


「……仕事って……大変だよね……」

『シゴト? なんだそれ?』


 遠い目をしながら思わず口にしてしまったセリナの言葉に、抱っこされたままのライラが反応する。

 そのライラにセリナはにこりと笑った。


「リオナルド様は頼りになるなぁってお話です」

『ふーん……でもセリナのアイボーはボクだけどな』

「ふふ、そうですね。頼りにしています」


 セリナの言葉に鼻息を荒くして喜ぶライラ。その時、ようやくリオナルドが戻ってきた。


「すまん。もう大丈夫だ」

「もういいのですか?」

「あぁ、もうたぶん……連絡は来ない、と、思う……また来たらすまない……」

「お気になさらないでください。お疲れ様です」

「……ありがとう……!」


 疲れた笑みを向けるリオナルドに、セリナはくすくすと笑ってしまった。


 お疲れ様と心底思っているが、それとは別に自分の潔白をこうして晴らしてくれるのだろうな、とも思った。

 そのために、今はリオナルドに対しては『親しみやすいセリナ』でいなければ。

 そう思いつつ、セリナは自分たちが入ってきた街の入り口とは反対側にある、大きな門のほうへ体を向けた。


「……さて。それでは今度こそ行きましょうか。『北国』へ」






 国境を越えるには身分証明書が必要になる。

 国と国を繋ぐ場所には必ず大きな壁がある街が存在し、自身が何者かを伝え脅威を国に持ち込まない、という意思を伝える必要があるのだ。


 それが身分証明書、というわけである。


 リオナルドはともかく、セリナは『死亡』しているので証明書など存在しない。

 それを見越してか、なんと『東国』国王の紹介状をリオナルドはもらってきていた。団長、アレクシスから頂いたと一言添えて。

 『北国』へは陸路と海路のどちらかから入出国できるが、海路は手続きが多く面倒くさい。なので紹介状だけで済む陸路を選んで進んできたのだった。


 こうなれば百人力。国境を越えることはたやすいだろう。


 以前セリナが『中央国』から『東国』の国境を越えるときは、自分の痕跡を消す意味もこめて、国境付近の川の奥底で流れに身を任せ泳ぎ、『東国』に一番近いところで顔を出し大きな壁を抜けて入ろうとした。

 だが見張りの騎士がおり、やむを得ず誰にも気づかれないように眠らせて入ったのだった。

 殺しても良かったのだが……騒ぎを大きくしたくなかったし、数分で目が覚めるようにしておいた。これで見張りも少しうたたねしてしまったと錯覚してくれる。


 結局、力技が一番早いと改めて思ったものだ。


 ひとまず今回はその手を使わなくて良さそうで安心した。さすがにこの寒い場所の川へ入るのは、いくら防御魔法があるからと言っても勘弁願いたい。


 リオナルドが門の前にいる見張りに紹介状を見せ、無事許可を得たセリナたち。


 世界を見てみたいと思っていた。

 そう思うと、この強制旅もなかなかに利用できて良いのかもしれない。


 そんなことを思いながら歩いていくセリナは、広がる光景に足を止めたのだった。


 見渡す限りの銀世界。門を境界線にし、そこからは雪が降り続けている。葉もなくそれでも地面に根づいている木々は少し寂しげだが、それでもしっかりとそこに立ち続けている。


「綺麗……」


 一歩、また一歩と足を進める。今まで感じたことのない感触が足の裏から感じられ、踏んだ時の音が独特で面白い。

 ふと横を見ると、雪が降り積もっている場所がある。そこへ向かい足を埋めてみると、足元が見えなくなるほどではないが、そこを初めて踏んだのはセリナだという雪の足跡が残った。


『わー! すげー! 白ーい!』


 ライラが叫びながら宙を舞う。そして未開の地面に体をダイブさせ、再び宙へ戻る。雪を豪快につけたままのライラは、今しがた自分が倒れこんだ地面を見つめて笑う。


『あはははっ! すげー! ボクの形だ!』


 それを見て、はっ! と、正気に戻ったセリナは思わずリオナルドを振り返った。

 リオナルドは『北国』が初めてではないらしく、セリナとライラの様子を微笑ましく見ている。

 はしゃぎすぎた……そう思ったセリナは、そっとリオナルドから顔をそらしたのだった。

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