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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『幕間』
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第39話『ライラ』

 それは『東国』城下町を出たあと、いくつかの町や村を抜けた先。町と町の間があまりにも長く、野宿をするしかないとなった夜。

 パチパチと鳴る焚火の音が心地良く、眠りを誘う……そんな時、眠りについたセリナに抱え込まれるように眠っていたライラがもぞりと動いた。


「どうした?」


 見張りのリオナルドに緊張が走る。が、ライラはリオナルドを一瞥してふらりと森の奥へと入っていく。


『トイレ』


 エンシェントスケールキャットってそんな習慣があるのか? と疑問を持つリオナルドを残したままで、ライラはどんどん奥に入っていく。

 こうすれば人間は追いかけてこない。村の大人に聞いた処世術だった。

 ふわりふわりと奥へ進んでいき……やがてライラは『それ』の前で立ち止まった。


『よぉ。ようやく来たな』


 今日一日中ずっと頭の中に呼びかけていたのはこんなヤツだったのか。と、うんざりした顔をしたままライラは『それ』を見た。


『風切蜥蜴』と書いてカゼキリトカゲと呼ばれる種族。

 体長は二メートルはある。その体は大きく太い二本の足が支え、地面に立っている。大きなぎょろりとした目と大きなしっぽ。触れば固そうな緑色の体はもう成人の体つきをしていた。


 カゼキリトカゲは風の眷属。ライラとは同じだったがために、セリナやリオナルドに気づかれずライラにだけ声をかけることができたのだ。


『なんの用?』


 ライラは不快感をあらわにしたままカゼキリトカゲに話しかける。ケケケ、と笑ったカゼキリトカゲは楽しそうだ。


『お前と一緒にいる人間。ずいぶん美味しそうな魔力を持っているじゃねぇか。なんで食べねぇんだ?』

『……オマエに話す気はないよ』

『まぁまぁ落ち着けって。見たところお前はまだ五百歳といったところか? これから魔力を取り入れてもっともっと大きくならないといけないはずだ。そうだろ?』

『そうだね。だから?』

『俺が手伝ってやるからよぉ……あいつら食おうぜ』


 カゼキリトカゲの長い舌が姿を現し、それと同時に口からよだれがだらりと落ちる。興奮しているのかよだれはどんどん流れて、気持ち悪いと思ったライラは少し距離を取る。


 他人の魔力を食べると上限が解放され、さらに強くなれる。他人の魔力を食べる理由はそれだけだ。生きるのに必要な行動ではない。ただ生活しているだけで自然の魔力を取り入れて成長できる。


 つまり、興味が全くない。


『ボクはセリナもリオナルドも食べる気はない。話がそれだけならボク帰るね』

『待てよ! お前それでも風の眷属か!? 誇りを忘れたのか!?』


 エンシェントスケールキャットとしての誇り――

『風の精霊』様を愛し、自然を慈しむ。害なすものには制裁を。全ては『精霊王』様の御心のままに――


 小さい頃から耳にタコができるくらいに聞いた言葉だ。

 そして、一部の同族は言う『人間は自然を壊す敵だ』と。このカゼキリトカゲもそれを言いたいのだろう。


『ここは『風の精霊』様の恩恵をあまり受けない場所。もうすぐそこに『氷の精霊』がいるからな。それを良いことに、人間は好き勝手しやがっている。そう思うだろう?』


 なにをしたのかを具体的に言わないせいで、ここに来たばかりのライラには人間がなにをしているのかがわからない。


『あの魔力を食ってやったらよぉ。もっともっと人間を食えるようになるぜ? なぁ、良い提案だろう?』


 ニチャア……と笑うカゼキリトカゲに、ライラは腕を組んで見下ろしたまま。


『一度だけ言うよ。あの二人に手を出したらボクが許さない』

『は……? お前、まさか、人間を守っているというのか? おかしいだろそんなの』

『おかしいとか、おかしくないとか、そんなの知らないよ……もうっ、ボク帰るねっ』


 長い道のりを越えてきてライラも疲れている。早くセリナに抱きしめられて眠りたいのだ。


『ふ、ふ、ふざけるなあああああああああああっ!』


 背を向けたライラにカゼキリトカゲが飛びかかる。それを宙を飛ぶことでなんとか避ける。

 戦闘慣れしているカゼキリトカゲ。ライラの動きは見えているようだ。次の攻撃で仕留めると、両手の先から出した長く鋭い爪が物語っている。


『お前も俺の糧になれ!』


 カゼキリトカゲはライラに向かって飛び――

 そのまま地面に叩きつけられた。


『……あ?』


 なにが起こったかわからないといった様子のカゼキリトカゲ。そして一瞬の間のあと――


『あああああああああああああああっ!』


 カゼキリトカゲの絶叫が響き渡った。

 よく見ると、カゼキリトカゲの体中に紫の毛、いや、鱗が刺さっている。一部はまるで地面に縫いつけるかのように貫通していた。


『こっ……の、ガキがっ! ちくしょうっ! こ、こんなの! こんなの許されねぇぞ!』

『そうなの?』

『同族を傷つけて! よりによって人間を守るなんて! こんなの! 『風の精霊』様が! 絶対に許さねぇ!』


 カゼキリトカゲの声は、そよ風のようにライラの耳に入って出ていく。

 それでもなにやらずっとわめいているカゼキリトカゲを見下ろしながら、ライラは目を閉じた。

 広がるのは闇。なにも見えない聞こえない届かない。真っ暗な闇。


 ――痛みを思い出した。体中を引き裂かれる痛み。自分ではどうしようもできない痛み。


 助けてと泣き叫んだ。だが、大人たちは目の前で命を落とした。

 逃げてと泣き叫んだ。だが、誰も逃げずに向かってきてくれて、死んでいった。

 もうヤダと泣き叫んだ。だが、その言葉は誰にも届かなかった。

 殺してと泣き叫んだ。だが、誰もそれをしてはくれなかった。


 永久のような時の中……意識だけが闇の中にあるせいで痛みがずっと襲ってくる。

 助けて、殺して、助けて、死にたい、助けて、もう終わらせて、死にたい、殺して、死にたい、死にたい、死にたい……


 その時間が終わる時が来た。唐突に、でも、それはとても温かかった。


 ゆっくりとゆっくりと解かれていく呪縛。激しい痛みの中、優しい温もりがだんだん大きくなっていき……そしてそれは全ての痛みを取ってくれた。


 嬉しかった。泣き叫びたかった。ありがとうと言いたかった。


 だがそのまま意識を失ってしまった。


 次に目を覚ました時……目の前にいたのは、起こったことを説明し、時には強引に抱きしめ、だが優しく接してくれる人間だった。でもわかる。あの時の温もりはこの人間ではない。

 温もりの正体はセリナだ。魔力でわかった。すぐに確信した。

 出会えて嬉しかった。本当に、本当に嬉しかったんだ。


 だからボクは……


『全ての精霊を敵に回してもいいのかっ!? 他の種族を敵に回していいのかっ!? お前……っ!』


 ライラは目を開けると、カゼキリトカゲのつばが汚らしく飛んでいた。緑の血を体中から流し、それでも叫ぶ姿は滑稽だ。


『『精霊王』様を裏切る気かああああああっ!?』

『関係ないね』


 月明かりの中でライラの緑の瞳が、たとえ竜巻の中でも消えない一筋の強い光のように輝く――

 それと同時に、追加されたライラのウロコがカゼキリトカゲの体を貫通し……

 その攻撃に、カゼキリトカゲは最期の絶叫だけを残して……やがて絶命した。


『セリナの敵はボクの敵さ。誰であろうと』


 もう動くことのないカゼキリトカゲへ言葉を投げかける。


『風の精霊』様? 『精霊王』様? そんなのどうでもいい。

 セリナがいてくれたら。セリナが笑ってくれたら。セリナが幸せなら。


 ボクは……セリナのそばにずっといたいんだ……


 くるりと向きを変え、来たときと同じくふらりと二人がいる場所へと戻っていく。

 確かにここは風が冷たいな、と思っていた。『風の精霊』様の力をあまり感じなくなっているのも確かだ。

『氷の精霊』が近くなっているというカゼキリトカゲの言うことを信じると、二人が向かっている『北国』とやらがもうすぐそこなのだろう。

 もしかしたら……そこからは『風の精霊』様の恩恵を受けられなくなるのかもしれないな。


 ――ま、いっか。


「トイレ、長かったな」

『まぁね』


 リオナルドへ簡単に返事をして、何事もなかったかのようにセリナの懐にもぞもぞと入る。


 ……あぁ……あたたかい……


 大好きな場所でまどろみ、それがすぐに睡魔に変わったその時……

 ライラの耳に、小さく優しい声が届いた。


「おかえりなさい……あまり無茶はダメですよ」


 はぁい。ママ。


 声に出したつもりの言葉は、ライラの意識とともに消えていった……

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