第38話『カニ味噌と野菜の炒め物と三つの果物のジュース』
ライラの歌声にセリナは楽しそうに耳を傾けている。
ドラゴン言語だったためリオナルドには理解できなかったが、存外歌が上手いライラ。その歌声に耳を傾けるだけで足取りが軽くなった。
そして歌い終わったあと、どうしても気になったリオナルドはセリナに歌詞を聞く。どうやら、自分の種族をたたえ、『風の精霊』をたたえ、最後に『がんばるぞ!おーっ!』と元気よく締める、子供が良く歌いそうな元気な歌のようだ。
「歌が上手いなライラ」
『へへんっ、そうだろー。ねぇセリナ。セリナはどう思った?』
「とても素晴らしかったです。何度聞いても飽きなさそうですわ」
その言葉にぱぁっ、とライラの顔が明るくなり……
セリナの言うとおりに、何度も同じ歌を歌うライラが誕生してしまった。
一応、敵の追手がいる旅なんだけどなぁ……
リオナルドはそう思ったが、楽しそうなセリナとライラに水を差すほうがはばかれる。そう考えそのままライラの歌声に耳を傾けた。
やがて、セリナが歌を覚え一緒に歌い始める。ドラゴン言語は人間の口で発音するのが難しい。だがさすがセリナと言える完璧な発音。そして……それ以上に見事な歌声。『聖女の癒しの歌声』と言っても過言ではない。
同じ歌でうんざりしていたリオナルドも、これには思わず目を閉じて聞き入ってしまった。
……そのおかげで二人から少々遅れてしまったが。
やがて歌い終わったセリナが大きく背伸びをする。そしてそのまま空を見上げた。
左右を森に囲まれた街道。綺麗に整備されている道を木漏れ日が照らし、風が気持ち良い強さで通り抜けている。
他の冒険者や商人も通る道。この道は『東国』と『北国』を経由する道としてよく使われている。
万が一追手が来た時のことも考えて、人が通らない道を進もうか。そんな提案も出た。
だが、それを拒否したのは団長、アレクシスだった。
『よっぽどのことがない限り、このメンバーで失敗することなんてないと思うよ』
『旅の始まりだよ。こそこそとするなんてナンセンスだよ』
その言葉に納得したセリナとリオナルドは、この街道を歩くことを決めた。
「ふぅー」
セリナの目に、綺麗な青空が映った。雲がゆっくりと流れていく。どこを見ても穏やかだ。
「どうしたセリナ?疲れたか?」
リオナルドが心配そうに声をかける。
歩き出して数時間。普通の女性なら足が疲れを訴えだす時間なのかもしれない。それにリオナルドが想定しているよりも速いペースで進んでいることを、建てられた看板を見てセリナは気づいた。
夕方までに次の町につけばいい。疲れたのなら野宿もいい。自分たちのペースで進んでいこう。そう言っていたが、このペースだと昼頃には着きそうだ。
セリナはリオナルドににこりと微笑む。
「大丈夫です。今日の予定の町までもう少しでしょう?いけますよ」
「そうか……だが無理はするなよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
歌いながら歩いていたからか、思った以上に誰も疲れていなかった。むしろ楽しくて、あっという間の時間だった。
「でも私……」
セリナがにこりと笑いながら言葉を紡ぐ。
「私、早く町に着きたいんです。次に行く予定の町は
、より海に近い町。そう言ってましたよね?そこの名物『カニ味噌と野菜の炒め物』がずっと気になって仕方なくて……!」
目を閉じて想像を膨らませるセリナに、ライラが大きな声で続いた。
『ボクも気になる!三つの果物?のジュース!楽しみ!』
「楽しみですねー」
『ねーっ!』
笑顔を見せあうセリナとライラを見て、リオナルドが苦笑する。
「そうだな。このペースだと予定よりも早く着きそうだし……たっぷり堪能しようか」
リオナルドの言葉に、セリナは大きくうなずき、ライラは三本のしっぽを大きく振りながら宙を舞った。




