第37話『つまらない』
――どうしてこうなった――
自室でアルベルトは頭を抱えていた。
『中央国』国王、つまり、自分の父親に毎日怒られる日々。理由は、勝手にセリナを追放したことだ。
追放するということはもう決まっていた。それを宣言し、セリナのあのすました顔を泣き顔に変え、妹であるリアナへのひどい仕打ちを反省させ、そして追い出すつもりだった。
それが、セリナはなにも動じなかった。リアナがあれだけ優しく言葉をかけても、だ。
それに腹立って今すぐ出ていけと言っても悪くはないだろう?
『中央国』ステルダート王家、第二王太子のアルベルトはずっとそう考えていた。だが、それが間違いだと怒られ続ける。そうして自分の意見は通らない。
セリナを追放してからもう半年以上が経とうというのに……
セリナは死んだ――
そう聞いたから、あんなに盛大に葬儀をしたんじゃないのか?あいつは生きているのか?どういうことなんだ?
いなくなってもこんなに腹を立たせるとは、本当に忌々しい『偽物』め。
イライラが止まらない。ならばと使用人に八つ当たりし、それを解消しようと思ったその時――
アルベルトの背中に大きなクッションが投げられた。
「つまらない」
愛らしく凛とした声が部屋に響く。
クッションを投げたであろう本人は、部屋にある大きなソファに座って、可愛いその顔を不満そうに歪ませている。
「つまらないつまらないつまらない!」
彼女の周りにいる侍女たちが慌てだす。
いつものこととはいえ、彼女がこうなると心配するし、困惑もする。
「リアナ、どうしたんだい?」
『本物の聖女』リアナはアルベルトの優しい声を聞いても、その不服そうな顔を変えることはなかった。
「つまらない!そう言っているのです!アルベルト様!」
「そうはいってもな……新しいおもちゃが欲しいのかい?」
不服そうな顔から、疑問形の顔へと顔を変える。仕草がとても愛らしい。
淡い赤の大きな瞳がまっすぐこちらを見ていると思うと、ゾクゾクするような高揚感が体を駆け巡った。
「新しいおもちゃ……くれるのですか?」
「あぁもちろんだ。なにが良い?なんでも言ってごらん」
アルベルトの言葉に、リアナがどうしようかなと呟きながらゆらりゆらりと動く。大きな犬のぬいぐるみを持って悩む姿からは、リアナがとても『聖女』には見えない。だが、ここにいるのはアルベルトとその護衛、あとはリアナつきの騎士と侍女だけ。
だからこれでいいのだ。
「……お姉様」
「え?」
思わずアルベルトが言う。だがリアナはその可愛らしい顔をキラキラに光らせてアルベルトを見て言う。
「お姉様に会いたい!お姉様はどこ?お姉様を呼んでっ!」
「リアナ……セリナは追放したじゃないか。忘れたのかい?」
「そんなの関係ないっ。私がお姉様に会いたいの。ねぇすぐに呼んで。貴方でもいいわ」
そう言って指名された近くの護衛騎士。そいつにアルベルトは若干の嫉妬を覚えた。
「セリナは今逃亡中です。今なお『東国』にいるようです。少し前、グリューン子爵に連れてくるよう命令しましたが、失敗した模様で……おそらくグリューン子爵は相応の裁きを受けると思われます」
「……死ぬのか、そいつは?」
「はい、アルベルト様。そういった刑の批判が多い『東国』ですが、おそらく……」
「ふーん……それで?というか誰それ?」
きょとんと首をかしげるリアナに、騎士は丁寧に答える。
「リアナ様が直々に『お願い』した『東国』の貴族です」
「知らなぁーい。それよりもその子、お姉様を捕まえられなかったの?面白くないおもちゃだわ」
「おっしゃるとおりです」
また『つまらない』と言い、ソファに横になるリアナ。先程の不満顔が復活している。侍女たちは再び慌て始め、なにか策はないかと考え始める。
やがて……一人の侍女がおずおずとリアナに声をかける。
「つまらないのならば『聖女』としてのお役目を果たすのはいかがでしょうか?」
「ん?」
リアナがわけがわからないといった表情になり、侍女が慌てて説明をする。
「魔法陣がほとんど機能していない……そう聞き及んでおります。ぜひ『聖女』リアナ様の奇跡を私たちにお与えくださいませ……」
「嫌よ。それはお姉様の役目でしょ?それに、魔法使いも呼んでなんとかしてるらしいじゃない。上手くいっていないのはお姉様とそいつらのせい。私は悪くないんだからなにもしなくていい」
「リアナ様……」
「それとも」
リアナが起き上がり、侍女をしっかりと見る。その大きな瞳は涙で潤んでいた。
「私のせいだと……言いたいの……?」
「そんな!めっそうもございません!悪いのはセリナです!」
その発言に満足したのか、リアナはにこりと笑う。無邪気で愛らしいリアナの笑顔は人々を和ませる。
和んだ空気の中、リアナは紅茶を一口。リアナが一番好きな紅茶は、いつもリアナが好きな温度に保たれている。
「お姉様は『東国』かぁ。また行ってこようかな……」
はぁ、とため息をつきながら言うリアナの言葉に、アルベルトは心配の声を上げようとして……やめる。
リアナはどうやらどこにでも行ける伝手を持っているらしい。
まぁ、リアナに『お願い』されたら叶えないものなどこの世界にはいない。少なくとも見たことがないし、聞いたこともない。
それにそんな奴がいれば、すぐにでも始末しに行く。そうしてリアナに喜んでもらうのだ。
それはそれとして、だ。
自由に世界を動き回るリアナが、どんなに大丈夫だと言っても心配ものは心配になる。だが、リアナは『聖女』だしなんでもできる。自分以上に。その『心配』は不要なのだ。
そういえば……昔、『聖女』が勝手に出歩くなど言語道断。なにかがあってからでは遅いと言った『聖女』の講師役――白いヒゲを生やした老騎士がいたが、国王によって人知れず極刑に処されたと聞いた。
当然だと当時の幼いアルベルトも思った。
「お姉様に会いたいなぁ。こんなに会いたいのに……お姉様は相変わらずいじわるなのね……」
はぁ、と悲しげにため息をつくリアナを見て、アルベルトの中でセリナへの怒りがわいていく。
過去、どれだけいじめられていても、つらい思いをさせられても、こんなにも姉を健気に愛し続ける妹。こんなにいじらしい存在が他にあるか。
自分がかつてセリナの婚約者だったという事実も虫唾が走る。
アルベルトのこぶしに力が入り、この愛らしい今の婚約者の願いを叶えたいと思った。
「セリナ……必ず捕まえてやるぞ……たとえ地獄で焼かれていてもだ……!」
アルベルトが小さく発した言葉は、リアナに夢中になっている者たちには聞こえなかった。
ましてやセリナに届くことなどない。
そう……
決して届かない……
今、たくさんの人に見送られ『東国』を出発し次の街へ向かう道中、まるで指揮棒のように自分が食べたリンゴの芯を振り回し、好きに歌を歌うライラへ楽しそうに拍手しているセリナに、届くことはなかった――




