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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
34/76

第34話『狂気の人形』

「お話とはなんでしょうか?リオナルド様」


セリナのいる宿屋に戻ってきて、穏やかな夕食を二人で済ませたあと部屋に戻ってきた私は、セリナをイスに座らせ、その向かいに私も座った。

いつもと変わらないセリナの微笑み。どこか妖艶で、でも愛らしく、見た目の美しさを引き出すその立ち振る舞いとよく似合っていて、誰が見ても癒される……まるで『聖女』と言わんばかりの姿だ。


だが……私には……

団長が治してくれた今の私の『目』には、それだけではないなにか黒い魔力のようなものが、かすかだが内包しているように見えていた。

それをきちんと伝えるにはあまりにも抽象的で、証拠などなにもない。だが、心臓が早くなり、本能が逃げろと叫んでいた。

これは……緊張?いや、違う。

――恐怖だ。


「少しだけ話がしたくなったんだ。セリナと」


心の内を知られないようにとにこりと笑う。これは私の得意技だ。自分の整った顔を利用した笑み。人に与える印象で表情を変え、さらに魔道具で顔も変えれば誰にも気づかれない。

こうして私は任務にいつも赴く。団長に言われて取った冒険者の資格だが、それも自分の、いや、第一騎士団に与えられた『治安・偵察』という任務に役立った。

第一騎士団団長となってからは、もはや顔を変えるのは日常の出来事だ。


「まぁっ。私もリオナルド様とのお話は楽しいので、とても嬉しいです」


そんな私に対してセリナもにこりと笑った。

いつものセリナだ。なにも変わらない、私が知っているセリナだ。

そのはずだ……


「セリナについていく『東国』の人間は、私に選ばれたよ。お荷物にならないようにするから、よろしく頼む」

「そうだったのですね。リオナルド様とご一緒だなんてこんなに心強いことはありませんわ」


嬉しそうに手を胸の前で合わせるセリナ。無邪気な微笑みやその行動は普段の美しい笑みと違い、とても可愛らしい。


「しかし……セリナには申し訳ないことをしたね」

「……?なんのことでしょう?」

「自由を求めて旅をしたかっただろう?我が国のことで不自由を強いてしまうことになった。本当に申し訳ない」


セリナに頭を下げる。これは本当の私の気持ちだ。

ちゃんと聞いたわけではないが、セリナに壮絶な過去があるのは分かった。そんな彼女が求めたのは自由な旅。それに我々の都合を押しつけてしまっている。

それに同意してくれたセリナには、感謝と謝罪の気持ちしかない。


「そんな……もう決まったことですし……知らない体験をさせていただいているので、感謝を申し上げたいくらいですわ」


困った顔をしながらセリナは言う。私は顔を上げてセリナをしっかりと見つめた。


「本当に……?」

「え?」


驚いた顔を見せるセリナ。だが私は笑みを崩さない。いつもの調子を崩さない。

惑わされない。


「その気持ちは『本物』なのか聞いているんだ。セリナ、君は……」


わけがわからないと言った表情をしている。そんなセリナに私は変わらないまま問いかける。


「何者だ?」


――しばしの沈黙。

セリナは眉をひそめ、なんの話だ?と言わんばかりに私の言葉を待つ。

本当に自分でもわかっていないのか?そう思いもしたが、それこそが罠なのかもしれないと、自分を奮い立たせる。

そして私は、思っていることをセリナにぶつけてみようと決めた。


「初めて会った時、君は美味しいものを食べて舌鼓を打っていたね。だが、本当に今まで食べたことがないのかい?過去が壮絶だったと印象づけたかっただけなのではないのかい?」

「リオナルド……様?」

「エンシェントスケールキャットをクインに奪われたときもだ。やけにあっさりと受け渡したな。そのあと私に言及してきたとはいえ、直前まで心配していた者の行動ではないように思える」

「私はっ……!」

「そして……ノエルのことだ……」

「……あれは……っ!」

「君はあの事件でノエルを失い、とても悲しんでいた。とてもつらい思いをしたはずだ。なのに次の日には何事もなかったかのようにしていた。あれほどの思いを吐露したのなら、次の日に引きずっていてもおかしくない。だが……そうじゃなかった」

「………………」


有無を言わせない私の言葉に、セリナの動きが止まる。

手を足に置き、美しい座りかたで、その顔には優しい微笑みを携えたまま。

そう――

私が今の今まで指摘したときに慌てていたセリナなど、どこにもいなかったと言わんばかりに。

とても唐突に。


「思い出そうとしたらまだまだあるはずだ。一つ一つは些細な違和感だ。だが惑わされないように見てみれば、君の行動には不可解なことがある。だから……改めて聞く」


私も顔から笑みを消した。この『目』でしっかり観察できるよう集中してセリナを見る。

惑わされるな。だが、見落とすな。


「君は、何者だ?」


再び沈黙――

両者とも動かない時間が続く。

冷たい汗がこめかみあたりから伝う。部屋の空気が重い。ここ数日寝泊りしていた部屋とは思えない。


やがて……


「ふふ……うふふふふ……」


静寂がセリナの笑い声によって破られた。

口のあたりに手を当てて笑う。これはセリナのクセで何度も見てきた。

そして、セリナはゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「なるほどなるほど。そうですか、普通の人間はそういう風に感情を引きずるんですね。勉強になります」


普段と変わらない話し声と姿。だが、私は警戒度を人知れず上げた。

私の直感や経験が、そうしろと告げていた。


「まだまだ未熟ですね私も。自分ではもっとできると思っていました。ですが、こんなに簡単にバレてしまうとは……いえ、私ではなく、リオナルド様がすごいのでしょうか?ふふふっ」


問いかけられるも私に答える気はない。セリナも私の言葉など待っていないと言わんばかりに話を続ける。


「それで……リオナルド様は私の正体?が知りたいのですか?では逆に聞きましょう。どれが『本物』の私だと思いますか?例えば……」


セリナがにっこりと無邪気に笑う。それはまるで好物を食べていたセリナのような無邪気さ。


「こうやって、楽しそうにする姿ですか?」


次にセリナは両手を握って憤ったような顔をする。それはまるで、剣を両手でつかんでその手にけがをした時のような苦しみの仕草。


「こうやって、怒る姿かな?」


のどが渇く。汗が流れてくるが拭く余裕がない。

今度はセリナは両手を合わせて、傾けた顔を支えるように頬に添える。まるでそのまま眠りにつこうかと言わんばかりの形。


「こうやって、穏やかにしている姿だろうか?」


次々へと変わるセリナ。あまりにも唐突に切り替わる人格。消える感情。表情も仕草も言葉遣いも、なにもかもが別人のようだ。

いつからだ?一体いつから騙して、いや、騙されていたんだ?

それとも……彼女にそんな意思はなく、私たちが勝手に彼女を定義つけていたとでもいうのか?

だが、こうして見ていると、彼女はまるで狂った――


「狂った人形のような私がお望みですか?」


セリナが私のほうへ両手を伸ばす。腕に、体に糸が巻きついているかのように一部をぶらんと下げて。

そして急に立ち上がる。思わず戦闘態勢を取ろうとした私のことなど知らないと、セリナはその顔をうなだれさせる。そして、かくん、かくんと、糸に操られる人形のように頭の角度を変える。

部屋をゆっくりと歩きだす足もおぼつかない。手はゆっくり大きく上がって下がり、それに合わない体の動きが気味の悪さを醸し出し、ゾク……ッと血の気が引いた。


そんな私を気にせずセリナは動く。

まるで手足に球体がついた操り人形が黒い魔力によって操られ、この部屋で人形劇を開催しているかのようだった。

踊りましょう。舞いましょう。さぁ、ワンツースリー。

その中でも変わらないいつもの笑み。なにも描かれていない顔にへばりついているかのようだ。


「セリナ……君は……」


『演技』が終わったのか、セリナは踊りをやめてゆっくり歩きだし、先程まで座っていたイスに大きな音を立てて座った。

頭はうなだれ、手足は糸が切れたかのように垂れ下がっている。


「私が『何者か』なんて、そんなものリオナルド様が決めてよ。決めなさい。その通りに私はなれる。なりますよ。いくらでも。いくらでも……」


またかくん、と頭が上を向く。顔にくっついたままの肩くらいの綺麗な濃い紫色の髪から、美しく濁る青の瞳が覗いている。顔が角度を変え、はらりと落ちた髪の中から現れたのは……やはり変わらない笑顔。


「私を好きに評価して、好きに形どって、好きに好きになって、好きに嫌いになって……貴方の望むままの好きな私にして」


――その瞬間、私は団長から聞いた話をなぜか思い出していた。

()()団長が苦悩した過去の話。とても壮絶で私では想像もつかない現実。それでも団長が今こうしているのは、早いうちに入団した騎士団のおかげだと感謝していた。

『私がこうして『私』でいるのは、この国のせいでもありこの国のおかげでもあるの。だから私はここにいるんだよ』。そんな言葉と共に。


だが……セリナは……追放されるまでずっとその苦しみを味わい続けていた……

誰も助けてはくれない。誰も応えてはくれない。誰も教えてはくれない。


誰も……本当のセリナを知らない……

セリナは周りに、世界に『偽物』にされてしまったんだ――


誰かに望まれる形に姿を変え、与えられたものを受け入れ、そうして自分を守ってきたんだ。

そうしないと彼女はこの世界では生きていけなかった。

想像を絶するものだっただろう。いっそ命を絶ってしまいたいと思っただろう。だが、死ぬことも許されなかった。彼女がいなければ『聖女』としての機能が失われる。魔法陣が機能しなくなる。

『本物の聖女』のような役割を行っていたのに、それを認められない『偽物の聖女』。


これが……彼女の正体なのか……


気づかれないように歯ぎしりをする。

なにも知らなかった自分。ここまでになってしまったセリナ。

そのセリナを前にしてもなにもできない自分。

――腹が立つ。


そう思う者はいなかったのか?彼女の周りに誰もいなかったのか?ずっと孤独だったのか?

そういう演技なのか?


それともこれは『本物』なのか?

『偽物』なのか?


わからない……

だが……そのせいで……セリナは……


「どうしたの?リオナルド様」


――狂っている――

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