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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
33/153

第33話『本物と偽物』

「やぁやぁ、お疲れさまだよリオ」

「団長」


 私は本日の会議室の出来事を報告するために、あの『緑の神殿』に行った団長、クインとともに報告書を書いた。

 それが終わり、今しがた王にも報告を終えてセリナの元へと行こうとしたところ、団長に声をかけられたのだった。

『リオ』とは愛称だ。『リオナルド』と呼ばれることの方が多い中、愛称で呼んでくる数少ない人物の一人が団長だった。

 団長が手招きして迎え入れてくれた先は、先程までいた会議室。中に入ると誰もいない。ホワイトボードもなければ、風で荒れた形跡もない。

 いつもの会議室がそこにあった。


 ふと見ると……

 団長は『緑の神殿』でつけていた眼鏡をしていた。団長の性格からして意図的なこともあるが、もしかしたらいつも書類作業時にかけている眼鏡と間違えている可能性もある。

 指摘するとポカポカと殴ってくるので、あまり気軽に言うことができない。そのうち外すだろうとなにも言わないことに決めた。

 団長は私をまじまじと見つめる。ふむふむと言いながら。これは私が、というより、副団長と呼ばれている者が任務を終えたあとにする団長のいつもの行動だ。


「……リオはいくつになったんだっけ?」

「二十七です」

「若いなぁ。いいね、若いって」


 無邪気に笑いかける団長に『まだまだ若いじゃないですか』と言いたいが、その手の言葉を彼女が嫌っているのは知っている。なので、苦笑だけしてなにも言わなかった。

 団長は、いつも通り私の体をぺたぺたと触りながら会話を続ける。これも任務終わりにするいつもの行動だ。


「セリナ嬢に同行するのはリオでいい?」

「え? あ、はい」

「うんうん。リオが適任だと思ったんだ。セリナ嬢を一番理解できそうだし」


 それは私の『目』の能力に関係あるのか……団長の言葉はつかみにくいが、今まで間違うことはほとんどない。


「リオにもね、私は良い旅になると思うんだ。まだ君にはたくさんのものを見て、たくさん学んでほしいからね」


 にこりと愛らしく笑う団長が手を伸ばす。あぁ、いつものように頭を撫でたいのか、と腰を曲げると予想通り、団長は私の頭をポンポンと軽く叩く。

 それだけのはずだった――


「………………っ!?」


 めまいにも似た感覚。視界が一瞬真っ白になった。まるでその時だけ止まっていたかのように、心臓が一拍遅れて鳴り出す。遅れていた一瞬を取り戻すかのように早く。

 そして――

 目の前が……世界が明るく見えるようになった。今まで使っていなかった『視界』が開けたような……そんな気がした。


「警戒しているリオにこれほどのことをしているとはね。やっぱりすごいね。さすが『聖女』の力を持つ者だ」


 団長が優しく微笑み、私の両頬を手で包み込む。母を思わせるその瞳に思わず安心してしまう。


 しかしなんのことだ? 今なにをされた?

 団長が私になにかをしたことだけはわかる。だがなにを……?

『聖女』の力と団長は言った。ということは、私はいつの間にかセリナになにかをされていた……?


 そう思っていると、団長は私から手を離し、まるでダンスを踊るかのようにくるくると舞いだした。


「少し話をするよ。聞いたことのある話だけど聞いてね」


 団長の話には意味がある。何度聞いた話でも、以前とは全く違う意味になる。

 私はコクリとうなずくと、団長は満足そうに笑った。


「本当は男に生まれていればよかったのにと言われ、男のように育てられた。その『教育』は私の体の成長を止めてしまったんだよ」


 団長の過去の話だ――

 貴族、騎士の家に産まれた一人の子供。それが女だとわかった時、屋敷の者全員がそれを拒否し、男になるようにと過酷な『教育』をしたのだという。

 詳しくは話さないが、団長の何歳になっても伸びない身長、増えない体重、白くなったまま伸びるようになってしまった髪が、壮絶さを物語っている。


「そうして無事に騎士団に入った。でも騎士団は私を歓迎しなかった。この見た目だからね。わかるよ」


 団長が騎士団に入った時は、今よりももっと偏見に満ち溢れる場所だったという。

 その偏見が今はなくなったのは……団長のおかげだ。


「でもね、私は今楽しいんだ。リオも」


 ダンスを止めて私をしっかりと真正面で見る。逆光なのに少しだけ団長の笑顔がまぶしく感じた。


「みんなも、誰もかれもそう。同じだと世界を知ったからだよ。出会えてよかった。騎士になれてよかった。幸せ者なんだよ、私は。だからね……」


 団長が私のところへやってきて、胸に手を当てる。笑みは崩さないまま目を閉じて……まるでなにかを祈るかのようだ。


「世界は広い。リオにもそれを知る時が来たよ。でもリオなら大丈夫。私はそう思ったんだよ。だからね」


 目を開けて私を見上げる。それは私の『目』をしっかりと見ていた。なにもかも見透かしていると言っているような、そんな目で。


「……だからこそ。忘れちゃいけない、騙されちゃいけないよ。もう気づいているはずだ。今までの話をゆっくりでいい、思い出して。説明がつかない場面や、言動、行動。たくさんあったよね」


 今までのことを……思い出す……?

 今まで見てきた、感じてきたもの……不思議だと、おかしいと感じたこと……?


「少しずつ、少しずつ。だけど、侵食するように、同情を誘うように、引き込むように……そうやって彼女は入ってくる」


 なんの話だ? わからない。だが、心の中にモヤモヤしたものが広がる。

 違和感……違和感とは……?

『彼女』へ感じた違和感……それは――


「見極めるんだよ。なにが『本物』か」


 団長は言葉を続ける。


「なにが『偽物』か……」


 にせ……もの……? 偽物の『彼女』がどこかにいる……?

 いや、もういたのか。今まで見てきた話のどこかに……


「大丈夫。君ならできる。わかっているはずだ。だから、ね」


 団長が言葉を続ける。その言葉は今までで一番力強く感じた。


「この旅を通して知るんだよ。『本物』と『偽物』の違いを、ね」

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