第24話『じゆうなのえる』
「……グリューン子爵。無駄な抵抗はやめてご同行願います」
剣を収め軽く微笑むリオナルドから、隠す気もない圧がかかったヴァレスが少しよろめく。だが、なんとかソファから離れ、相変わらず私たちを指さして汚く叫ぶ。
「お、お、お前たちは、ワシがグリューン家だと知って、や、やめろ!」
ゆっくり近づくリオナルド。それから逃げようとしてとうとう尻もちをつく。
そんな情けない状況で、ヴァレスは私を見て叫んだ。
「お! お前が! おとなしく言うことを聞けばっ! ワシの言うことは絶対だぞ! わかっているのか!」
ヴァレスは私に人差し指を向け、ぶんぶんと振る。
「お前も!」
その指がノエルに向く。
「お前も!」
今度はリオナルドに向く。
「お前も!」
後ずさりしながら叫ぶ声が不愉快だ。リオナルドが動くよりも早くその心臓を取り出してしまおうか。
だがそうしたら今度は私がおたずね者になる、その考えが切れてしまいそうな理性を繋ぎ止めた。
あぁ……めんどうだな……さっさと終わってくれないかな……
今までは、すぐに殺せば終わりだった。人間も魔物も、なにもかもみんな。
殺さないことがこんなに辛いものだったとは。知らないことが本当に多い。世界は広い。
「拘束します。おとなしくしていたら危害は加えません」
リオナルドの口調が珍しく淡々としている。そして手慣れた手つきでヴァレスの手を後ろに回し、懐から出した縄で拘束し始める。
何度もこういった場面に立ち会っているのだろう。こういう相手にはこのやりかたが正解といった動きだ。
ヴァレスは当然床であがくが、リオナルドがそれを許さない。
「いい加減にしろ貴様ああああああっ!」
それはこっちのセリフだ、と言いたくなるのをこらえつつ、リオナルドに無理やり起こされ歩かされるヴァレスから急に煙が湧き出る。
――これは……っ!?
黒い煙に部屋が包まれる、と同時にクラリとめまいのようなものが襲ってきた。
この感覚……魔力の多さに反応して作用する魔道具か……?
だがこれくらいならどうとでもなる。大丈夫だ。
すぐに自分にまとわりついている防御魔法の強化をする。しっかりと足を広げて立ち、辺りを見回すが煙のせいで見えない。ならばと気配でヴァレスの位置を確認する。
「離せええええええっ!」
ヴァレスの怒号が煙の中から聞こえる――そのまま逃げるつもりかっ!
私はヴァレスを拘束するために魔力の糸を出す。この煙のせいか魔力が思った以上に流れ、糸がまるで太い縄のようになり、普段はただの糸と変わらない魔力の糸が切れ味を持ち始める。
だが、そんなものはどうでもいい。むしろ少しは痛い目に遭っても問題ないだろう。
そう思った私はヴァレスがいるであろう場所に解き放つ。
そんな私の耳に届いたのは……聞いたことのある可愛らしい声だった――
「……ダメッ!」
「なっ……!?」
ノエルの短剣を避けることに意識を向けてしまったことによる注意散漫と、狂ってしまった魔力の糸の切れ味と精度。
それらが原因となり、魔力の糸を通じて何度も感じたことのある感触が伝わってくる。
全てを理解するには遅すぎる……
一瞬の出来事……
「……ノエルっ!」
リオナルドが叫ぶ。
霧散した煙が露わにしたもの……それは……
壁に手を当て、その先にできた道へと向かおうとするヴァレスの前で、両手を横に伸ばし盾になっている……
私の魔力の糸で背中から貫かれているノエルの姿だった――
「……は、は、ははははは! さすがはリアナ様がくれた魔道具だ!」
リアナ……?
聞きなれた名前に思わず反応する。
そんな私をよそに、ヴァレスは血を吐き床に崩れたノエルを見下ろす。
「出来損ないだと思ったが最後に使えたか十三! ようし! そのままそいつらを殺せ! 時間稼ぎをしろ! いいなっ!」
言いながら逃げようとするヴァレスに私は再び魔力の糸を向け拘束する。今度は正確に。
そしてその次の瞬間には、リオナルドがヴァレスの近くに行き動けないように床に這わせ、私は仰向けに倒れたノエルのところへと向かっていた。
「……ふっ……ふっ……」
背中から胸に向かってできた穴から血が流れ出てくる。このままでは……!
だが、私はこういう場面に何度も立ち会ってきた。これくらいの傷だって治してきた。大丈夫だ。
まだヴァレスが使った魔道具のせいで、魔力操作の精度は落ちている。多少のめまいもある。でも冷静にやれば大丈夫だ。
冷静に。丁寧に。正確に。大丈夫。大丈夫。
「ごめんなさい……今治します……っ!」
そう言って傷口に手を当て――
「……やめて」
それを止めたのは……ノエルだった……
「……言ったでしょ……セリナ……嫌いなの……」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう。離してください」
私は自分の手首を握るノエルの手を離そうとする。力の入っていない小さな手だ。すぐに振りほどける。
なのに……私の手は、ノエルの言葉で止まってしまっていた。
「は……はっ……じめて……会ったとき……セリナ……の、こと、嫌いって……思った……だって……」
ごふっ、とノエルの口から血が溢れ、体の止められない血によって床に赤い染みが増えていく。
「わたしと……おんなじ……だから……」
「………………っ」
――来る日も来る日も訪れる痛みと悲しみの日々。終わりが見えない苦しみ。
なにをしていても、どこにいても、誰といてもなくならない孤独感。
私がかつてノエルに共感してしまっていたのは、私も奴隷と同じ扱いを受けてきたからだった……
そう。それはわかっていた。だからここまでした。だからこんな屋敷潰そうとした。だからノエルは自由になればいいと思った。
だから……
ノエルの笑顔が……嬉しかった……?
「変われないよ……なにも……カイホウもされない……なにも……かも……」
ノエルがゆっくりと目を閉じる。その大きくて綺麗な黄色の瞳から一筋の光。
「ジュウニも……リオナルドも……光ってるの……ピカピカ……だから、わたしも、そう、なりたい……」
私の手首を握る小さな手に力が少しだけこもった。弱い、弱弱しい力が。
「ご主人様を、た、すけた、の……あの、ね、わ、わたしの意志だった……この傷は……自由の、あかし……」
ノエルは今までと違ってはっきりとした口調で私に言った。
「わたしは変わった。あなたとは違う」
ノエルの手を避けようとした私の手に思わず力がこもった。
「……なにが言いたいの?」
「せ……りな、と……オトモダチに、なって、あげる……」
「……え?」
「だからっ……セリナ、もう一人……じゃないの……わたしが、そばに、いるの」
「なにを言って……」
「へへっ……わか、てる、よ……苦しい、の……でも、わたし、が、ひと、り、にさせっ、ない……」
「ノエ、ル……?」
「うん……のえるだよ……わた、しはのえる……どれ、いなんか、じゃ、ない……じゆうな、のえる……じゆ、うにいき、る、の、える……」
本人はしっかり話しているつもりなのだろうが、こちらには言葉の意味が伝わりにくくなってきている。
独白のように、だが懸命につぶやいていたノエルがゆっくりと少しだけ目を開いた。そして私に向かって微笑む。
昼に三人で買い物をしていた……
あの時の……
あの無邪気な笑顔を……
私に……
向けて……
「じゆうだよ……じゆ、に……なれ、んだよ……ね、ねぇ、せ、せ、せりな……わた、は……じ、ゆう、に、な、なれた……よね……?」
ノエルの手が私の手首から離れ……私の手をぎゅっと握る。
再び閉じた目からは涙が流れ出て、それが月明かりに照らされて美しかった。
ノエルの幸せそうな笑顔が……ノエルの『本物』の笑顔が……とても……
とても綺麗だった……
「おか……さん……と……て……つない……だ……うれ……く……な……た……から……こ……どは……せり……を……うれし……させ……て……あ……げ………………」
そうして――
力を失う手。なくなる笑顔。荒い息によって上下しなくなった体。青白い顔。
億劫そうだが、それでも気持ちを、思いを伝えようと頑張って動いていた口が……
……動かなくなった……
こてん、と首をかしげる。でもそれはノエルの意思でもいつものクセでもない。
ただ……首が重力に従っただけ。
これが……
十三と呼ばれ奴隷として扱われた、ノエルという少女の最期だった――




