第23話『潜入』
地下から『ご主人様』ヴァレスの部屋までの往復しかしたことがないらしいノエルから聞いた道順を頼りに、私たちは誰にもバレないように進んでいく。
地下はずいぶんと頑丈な造りの南京錠がいくつもついていたが、それも『中央国』の魔法陣の構造と比べればなんてことはない。すぐに魔力の糸を駆使して壊し外へ出る。
そこからは人と出会わないように進む。それだけの簡単な話だった。
『簡単』と言ってみたものの、少数とはいえ三人もいれば見つかるリスクは高い。が、全員が気配を感じれば天井にくっついてみたり、気配を消してみたり、今来た客人のように装ってみたりとなんでもアリだ。
一応。姿を消す魔道具など、そういうものがないわけではない。が、魔力はなるべく温存しておきたいのと、みな隠れるのが得意なのだからそもそも必要ない。
それにそのために昼間ノエルに服を買ったのだ。が、ノエルは今までの服を着ている。
彼女いわく『これは仕事だから』とのこと。全てが終わればこの服を捨てようとリオナルドと話していた。
もう好きにしたらいい、と服を買った意味を考えながら折れた夕方が、少し遠い記憶のように感じた。
ちなみに私は昼に選んだ服を着ている。もちろんさっきのように装えるからだ。前に来ていた服のほうが魔力増強してくれていたので、そっちのほうが良かったという気持ちもあったが仕方がない。全てリオナルドのおごりだしね。
そうしてノエルの案内に従い進んでいくと、一つの部屋の前にたどり着いた。
「ここが……そう」
部屋の外に護衛はいない。そして部屋の中からはたくさんの気配を感じる。『ご主人様』を含めて八人といったところか。
ノエルが帰らなかったことに警戒して自分の周りだけ固めたのか。屋敷に仕える者たちにはなにも知らせず。
確かにそのほうが自然だし騙せるかもしれない。が、私たちがその者たちを問答無用で殺していくかもしれないという可能性は考えなかったのか。いや、そんなことはどうでも良いのか。だからこの部屋だけ不自然なのだ。
自分さえよければ他はどうでも良い性格らしい。
とても、とても貴族らしい考えですこと。
……さて。部屋に入って暴れるのもいいがそれは横の男が許さないだろう。なので、リオナルドがうなずくのを確認したあと私は懐からあるものを取り出す。
白霞の粉――相手を眠らせる粉だ。浄化の粉から作られるもので、上級者にしか作れず、劣化も早い。粉の量によって眠らせられる範囲が決まり、使用者の実力次第ではその効果に巻き込まれるなどのリスクがある。
それを手のひらに少しだけ乗せ扉の隙間から、ふーっと息を吐いて入れる。もちろん魔力をこめた息だ。護衛たちだけを的確にとらえて眠らせていく。
そして動く気配が一つになり、なにやら怒号が聞こえだした部屋の大きなドアを両手で開く。
なにもないと騙して奇襲したかったのか、単におバカさんなのか知らないが、ドアにはカギもなにもない。
そして豪華な調度品、倒れる武装した者たちの奥、これまた豪華なソファの前で立ち尽くす、一人の男を確認した。
歳は五十代だろうか。深緑の服に身を包み、やや小太りな体とご立派なヒゲをつけた顔が驚愕と恐怖で震えている。
聞いていた通りだ。ノエルの『ご主人様』ことヴァレスに、私は慇懃無礼なほどの完璧な『礼』をする。
いつものように、まるで『聖女』のような笑顔を携えて。
「初めまして、ヴァレス・フォン・グリューン子爵様。私にご用があるとのことで参りました」
「き、さまっ……『偽物の聖女』っ……セ、リナ……ハイロンド……っ!」
私はもうただの『セリナ』なのだが……などと訂正する気も余計な会話もする気もない。というより、横の男がそれをさせてくれなさそうだ。
リオナルドは一歩前に出て、私に劣らない作り物の笑顔でヴァレスを見る。
「グリューン子爵。貴方には奴隷売買の疑惑がかけられています。ひとまずご同行願います」
「な……んだと!ワシにそんなことできると思っているのか!グリューン家だぞ!」
「王家直属『東国』騎士団の名において、貴方を拘束する権利を持っています。おとなしくご同行を」
「うるさい!なぜワシが!……おい!そこにいるのは十三じゃないか!」
ヴァレスの汚い叫び声に、私の隣にいるノエルがビクッと体を震わす。
ヴァレスはそのまま私とリオナルドを指さして叫び続ける。
「早くこいつらをなんとかしろ!……おい聞いているのか!動け!命令だっ!」
ノエルは震えながら私を見て、そのままゆっくりと手を上げ――
自分の胸に当て、服ごとぎゅっと握りしめる。
……昼間に買った、ウサギのネックレスを。
そして震えながらも、はっきりとした口調でノエルは言った。
「……嫌、です……!」
「なんだと貴様ぁぁあああああっ!」
ヴァレスの声が耳障りだ。さっさと終わりたい。
そう思う私の笑顔が少し崩れたとき――その気配は現れた。
「…………っ!?」
とっさにその場から離れる私たち。その直後に聞こえるヒュッ!という風切り音。
体勢を整えながらヴァレスのほうを見ると、そこには一人の男が立っていた。
全身黒のローブで覆われた長身の男。その手には抜身の剣がある。
「そっ、そうだ!お前がいた!は、は、早くなんとかしろ!高い金を払っているんだからなっ!」
「……だそうだ。これも俺の……傭兵の仕事なのでね。死んでくれ」
なるほど雇われた傭兵か。だがそんなことはどうでも良いと心の中でため息をつきつつ、私はにっこりと笑みを向けた。
なぜなら――
「お断りします」
私が言葉を発すると同時に……予想した通り。
リオナルドによって昏倒し、地面に倒れている男の姿があった。




