155話『過去を未来へ』
「おいっ、なにがあった?」
「言っていた偽物の管理人と話をしました」
「おいっ!」
「相手が全員の時を止める魔法を使用し、言いたくても言えない状況でした。すみません。ですが、面白いお土産を置いていきました。これです」
セリナは急いで水晶のほうへ向かい、その道すがらにいるエルンストに白い箱を見せる。
なんだ?と疑問符を浮かべているエルンストにさらに中身を取り出して見せると、反応したのはアルネスだった。
「ちょ……っ! っと待ってください! 色々混乱していて、時を止める魔法? いや、それよりもそれ、もしかしてタバコですかっ……!?」
「そうです」
「セリナそれは……!」
「違法指定されてるものじゃねぇか。面白くねぇな」
騎士と軍人のリオナルドとエルンストが苦い顔をする。実物は見たことがなくとも、知識としては知っているようだ。
そんな中、セリナは水晶の前に止まり見上げて少し大きな声で話す。
「お願いします。タバコについて詳しく書かれた本をここにください。それから神力についての本も」
「……使う気か?ちょっとそれは看過できねぇぞ」
エルンストから強い圧を感じる。ここが『北国』ではなくとも、使用を許す気はないらしい。
水晶が淡く光り続けているのを確認したセリナは振り返り、エルンストをまっすぐ見る。
「タバコの使用方法で制限されているのは吸う、これですよね? ならば、成分を調べて研究することは問題ないはずです」
「んなガキの理屈が通るとでも?」
「通してもらいます。それがこの世界の未来のためになるのだから」
ぴくっ、とエルンストの眉が少し上がる。
そんなエルンストの横で声をかけたのはリオナルドだ。
「どういう使い方をしようとしているのかはわからないが、そもそもそれは人体に多大な影響を及ぼすから禁止になっているんだ。それは知っているだろう?」
「毒も使い方によっては薬です」
「それは屁理屈だ」
「屁理屈じゃあありません。現に私は命を削る神力を使ってここにいます」
「それは……っ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
リオナルドとの対決を止めたのはアルネスだ。
「セリナ様、落ち着いてくださいっ! 神力を使って命を削っている。さらに削るような行為、違法じゃなくても見逃せるわけないじゃないですかっ」
「そのための知識、そのための研究ですよ。アルネスならわかってくれるはずです」
「でも……!」
『ボクはセリナのやることを信じるよっ!』
「ありがとうございます、ライラ」
肩に乗っかってきたライラに一度優しく頬ずりすると、セリナは仲間全員の目の前ではっきりと言った。
「神力は魔力も瘴気も含んだ力。それを精霊や古代種は使っている。ならばこの力は元々種族全員に備わっていたのでは? そう仮説を立てました。今は種族同士の交わりを経て、命を削る瘴気を無くし魔力だけ持つ種族として進化した。ありえない話ではないと思います」
そう思ったセリナの根拠は一つ。
なにもかも完璧に真似る偽管理人が『クラリス』を神力を持つ人間として存在させたからだ。
「タバコの成分には、体内での神力の暴走を強制的に抑え込む作用があるはずです。それを抽出し、現代の薬学で毒素だけを取り除ければ、命を削らず神力を使えるようになる。私はこれに賭けます」
セリナはリオナルドを見る。怒りというよりも心配そうな顔をしているリオナルドを。
「私の体のためです」
「………………」
今度はアルネスを見た。先ほどまで『聖女』システムを見て、すぐにこの話で混乱しているアルネスを。
「手伝ってくれますか? アルネスの知識があればきっと、良い方法が見つかると思うんです」
「そりゃ……使いこなせるようになるならそれが一番ですけど……」
そして、最後。セリナはエルンストを見た。腕を組んでセリナを見る目は、最初出会った時のエルンストを思い出させる。
『目の前の者全てを守る』という信念を曲げず、それをあざ笑う者は決して許さない。それが『北国』軍のエルンスト大佐だ。
「信じてくれますか? 私のやることを……」
「………………」
沈黙。お互い目をそらさず、だが、睨むわけでもない時間が続く。
本当はまだ胸の奥が傷む。
『聖女』システム、『クラリス』とのやりとり、揺さぶられた過去……
でも、立ち止まりたくない気持ちが勝った。仲間と一緒に進んでいきたいというワガママも添えて。
だから……
長い沈黙。
それを破ったのは――
『……ねぇねぇ。ボクお腹すいちゃった。トイレも行きたい。アルネス、トイレどこぉ?』
「えぇ……? エンシェントスケールキャットってトイレでちゃんとするの?」
『セリナに教えてもらったぁっ。漏れるぅーっ!』
「ああ、なるほど。ほら、こっちだよっ」
ライラとアルネスのやりとりに緊張の糸が解け……ふっ、とエルンストが笑う。セリナに背を向けて大きく伸びをしながら。
「あぁー……っ! 体がなまってるなぁ。やっぱ読み物ってのはこれだから嫌なんだ。ちょっと遠くで鍛錬するか。おい、リオナルド。つきあえ」
一瞬キョトンとしたリオナルドだったが、すぐにくすりと笑ってうなずく。
そのとき、ようやくセリナの前に白い本が四冊届いた。触れると本たちは重力を思い出し、縦に綺麗に並んで落ちてくる。セリナは重さに負けて少し膝を落としながらも、それをちゃんと受け取る。
セリナが顔を上げると、二人はもうこの部屋から本棚の部屋に向かおうとしていた。
「……ありがとうございます、エルンスト様」
「命を削る行為、現代で違法と呼ばれる行為、これを破れば終わりだ。いいな」
「はい」
セリナの力強い返事を背中で受けたエルンストはそのままリオナルドとともにいなくなる。
そのたくましく優しい二人の背中をセリナは見送った。
はぁ、と小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
神力を使いこなせ――『クラリス』はそう言った。それをセリナは、自分の信念のためにやり遂げてみせる。
そのための今までの知識だ。今までの経験だ。
過去を重いもののままで終わらせるな。使いこなし、未来へつなげ。
「お待たせしましたセリナ様っ! エルさんとは和解できたんですか?」
ライラをトイレに案内し終えたアルネスがセリナに駆け寄ってくる。
にこりと笑い本をしっかり持って歩こうとすると、アルネスが全ての本をひょいと持って行ってしまった。
「向こうに机とイスがありますし、使われていない本と筆ペンも借りちゃいましょうか」
「ふふ、そうですね。頼りにしています、アルネス」
そうしてセリナの神力の研究と挑戦が始まったのだった。
「タバコに使われているのは、セイタイムという葉のようですね。ここに書かれています。魔法陣内部では絶滅していますし、僕の知る限りでは流通もしていません」
「……そういえばこの形、世界図書館の周りで見ました。もしここに辿りつくものが現れたら……」
「そこまでの実力の持ち主が、今更セイタイムを金に換えるのは少し考えにくいですが……一応向こうの二人に共有しておいたほうが良さそうですね。エルさーんっ! リオさーんっ!」
「うるせぇっ! こっちは鍛錬中だっ!」
「聞こえているから大丈夫だっ! 続けてくれていいっ!」
「……本棚の間を縫って、よくあんなに素早く動けるなぁ……」
「葉を枯らして吸うのは即効性がありますが、体内の巡りが早すぎる。これで禁止になったようですが、当時は魔力、いえ、神力を使いこなすのに有効とされていたようです」
「では、葉から抽出して薄めて使うのは?」
「効率が悪すぎます。それに大量の葉を必要とします」
「ならば他のものと調合するのはどうでしょう?」
「それはアリかもしれませんね。浄化の粉で少し瘴気を抑えつつ、蒼精の雫で中和しますか?」
『そうすると美味しくなる?』
「うーん……まずいんじゃないかなぁ、たぶん」
『えぇー!』
「あぁ、それなら神力の果物も配合してみましょうか?」
「あ、それはアリかも……」
「ここで魔力が使えたらもっと正確にできるのになぁっ! もどかしいっ!」
「研究に失敗はつきものです。頑張りましょう」
「おい魔力バカどもっ、俺の作ったメシを食えっ!」
「良い匂いをさせてくださりありがとうございますっ、筋肉バカ様っ!」
「その元気をこれでもっと出すんだな! 元『聖女』様がよっ!」
「セリナですっ!」
「あははっ! もう、僕まで元気出てきたよっ」
「今日で一週間か。大丈夫か? セリナ、アルネス」
「うん……机に突っ伏してたって元気さ……」
「それよりもお二人のほうがすごいですね。毎日毎日何時間も動かれて……」
「元々鍛えてるし、エルンストとはよく合同訓練の時に一緒に鍛錬していたから」
「……リオナルド様も筋肉バカと呼んでもいいですか?」
「わかりやすい八つ当たりをするな。ほら、お茶を淹れたから一息つこう。それに私はそこまで言われるほどまだ筋肉が充実していない。まだ未熟だ」
「……リオさん……そうじゃない……」
「そういえば、お前今いくつだ?」
「いきなり女性の年齢聞くなんて、筋肉バカは紳士の心がないのですね」
「うるせぇっ! そうじゃなくてよ、俺たちずっと二十五年前ってお前が産まれた年の地獄のことを言ってるけど、実際はもう……」
「女性の年齢を聞くのは野暮ですよ? モテない人にはわかりませんか?」
『めんどくさいから二十五年前でいいんじゃないの?』
「……まぁいいか」
「……しまった」
「どうしました、セリナ様?」
「重大なものを忘れてしまいました」
「えっ」
「足の長い生き物です。それがあれば、もっと頭の回転が早くなって出来上がっていた可能性が――」
「……外で狩ってこいなんて言うなよ? ただでさえ食料減ってきてるんだから、イライラさせんな」
『お腹空いたぁ。まだセリナたちのやつできないのぉ?』
「仕方ありません。ライラには隠し持っていた果物を」
「全員によこせよ!」
長いとも短いとも思える時間が流れた。
セリナは全員が見守る中、出来上がった液体をひと舐めする。
そして……
「いきますっ!」
両手を前に差し出して、体内に湧き上がってきた力を解き放つ。
周りが白い空間かと錯覚するような光に目を閉じる。今までの中で一番の威力が出た。
「どうですか? セリナ様」
「ふぅ……今までで一番簡単にコントロール出来ています……神力を使った後特有のだるさも感じられません」
「つまり?」
『成功ってことっ!?』
ライラがクルクルと大きく宙を回る。それを見たアルネスが『あはは』と笑う。
リオナルドもその光景を見て嬉しそうだ。
「ここに来て半年か……! ようやくだな!」
「うん! ひとまずは成功だねっ! でも、もっと調整できる。ここから出て魔力を取り戻してからその最後の詰めをやるよっ」
ワイワイと騒ぐ一同。その中で紫の水晶が小さく『私の体で実験をするのをやめてくださいと何度も……』とエラーのような言葉を発したのは、誰の耳にも入っていなかった。




