第134話『アルネス』
『西国』中心部を離れたからといって、広大な『西国』自体をすぐ抜けられるわけではない。
山道を行き、山の天気が変わりそうならふもとの町で一泊、キャンプができそうな場所で野宿などして、少しずつ進んでいく。
「ゴーレムがまだ見えらぁ。いつになったらアレなんとかするんだ?」
エルンストが遠くを見ながら言うのを聞いて、アルネスは苦笑した。
結構歩いたと思ったけど、ゴーレムくんとゴーレムちゃんが見えるせいで全然離れた気がしない。
「うーん、わからないや。精霊様の気の向くままにとしか」
「それならいっそ、名物にして集客したほうが潤いそうです。しかし、国中でゴーレムグッズが流行りだすと思うと……」
「確かにそれはちょっと……」
セリナの一言になるほどと思うアルネスだったが、リオナルドを始め、他の人は引いているようだ。
『野菜料理が減るのなら、ボクは反対だなぁ』
「ふふ、そうですよね。思い出したら食べたくなりました。野菜ジュースでも飲んで休憩にしませんか?」
「あぁ、そうするか」
セリナの提案の『含み』に気づいたエルンストが、休めそうな場所を見つけ同意する。
誰かが通るのを邪魔しない広さの道で、全員が腰を下ろし、セリナが真っ先にライラに飲み物を渡して飲ませた。
子供とはいえ、ドラゴンが最初に脱落するメンバーなんて、この人たちだけなのでは?
そう思い、アルネスは笑ってしまった。
「今の場所はだいたいここらへんだと思う。今日はこのふもとにある町で一泊しようと思うけど、どうだろうか?」
リオナルドが地図を取り出して、全員に見えるように指で示す。
全員の体力を鑑みた良い提案だ、とアルネスはうなずいた。
「この町は広そうだし、冒険者ギルドもあるかもしれない。荷物運びの依頼があるかどうか見てもいいと思う」
あくまで依頼、あくまで賃金稼ぎ。
本命は馬車で運んでもらうこと。
『あるといいなぁっ。ボク、馬車の揺れって嫌いじゃないよっ』
「いいよなぁ、ついつい眠くなるんだよ。アルネスはどうだ?」
「僕も眠くなるよ。心地良く揺れるよね」
『ねーっ!』
エルンストに誘導されアルネスも会話に参加。
受け入れられているんだ、という気持ちになれて心が温かくなる。
楽しいな……
まだ『西国』を抜けてすらいないのにそう思う。
アルネスが里を離れるのは初めてではない。その時は姉、テリアが一緒だった。
テリアとの旅が楽しくなかったわけではない。ただ、テリアが洗脳魔法にかかってからは……正直つらかった。
だから、なんの憂いもない旅は久しぶりだ。晴れやかな気分になっている。
「……そういえば。聞きたかったのですが、アルネスは体を自由にできると聞きました。どれくらい自由がきくのですか?」
セリナが聞いてくる。口調は普通だが興味津々といった感じだ。
「今は脂肪を増やして女性のような体型に見せているだけで、他は本来と変わりません。気合を入れたら骨格から身長、体型、声まで変えられますよ」
「そうなんですか……」
セリナは口に手を当て、アルネスを見る。
ジロジロと見るのは失礼だと思ったのか、セリナの視線はアルネスから外れ、バナナを食べているライラに向いた。
アルネスはくすりと笑い、手を広げてみせた。
「たくさん見ていいですよ。あ、セリナ様なら触ってもらっても大丈夫です」
「えっ……」
「ダメだからな、セリナ」
アルネスの提案に、ときめいたかのような顔をするセリナに、笑顔で注意するリオナルド。
『あははっ』とアルネスが笑ったとき、少し蒸し暑いが心地良い風が、アルネスのポニーテールを揺らした。
セリナにも、もちろんアルネスにもそんな気持ちはないのに、アルネスが男だからと警戒するリオナルドの反応が面白い。
でも違う意味で、アルネスにとってセリナは特別な存在ではある。贖罪も、恩もある。
贖罪とは姉のテリアのこと。
テリアはなにも知らなかった。それでも鈍い姉ではない。言ってはいけないことをあえて言って、セリナを怒らせた。
かつての旅で、セリナについて調べたいと『中央国』に行ったのは、アルネスの提案。
そうして『中央国』に滞在すること数日。テリアの態度がおかしいと思った時にはもう遅かった。
人族を嫌うテリアが『本物の聖女』リアナに対しては、崇拝していると言っていいほど心酔していた。
アルネスが解除の魔法を試しても無駄だった。
他の方法がないかと調べていけばいくほど違和感がすごかった。
『中央国』に滞在したこと、そして『西国』を出たことで気づいた。
『洗脳』という言葉が、確信に変わった。
テリアを『大地の精霊』様の泉に入れたら戻るかもしれないと、帰ってきた『西国』で出会ったセリナ。
一目見てわかった。
セリナ自身も洗脳魔法にかかっていると。それ以上に、自身の魔力で抑え込んでいることも。
凄いと思った。
洗脳魔法を解くために調べている最中、聞こえてきたセリナの過去は壮絶だった。
ちゃんと調べたわけじゃない。それなのに、話一つ一つに吐きそうになった。
なのにセリナは、ちゃんと自分の足で立っている。
さらに自分にはできなかった、テリアの洗脳魔法を解いてしまったのだ。
だが、自身のものは解けないという。そこまで根深いものを抑え込んでいる……
セリナの役に立ちたい、そう思った。
「姉さん。僕はセリナ様の手助けがしたいんだ」
「どうしてよぉ。あんな女……一人でなんでもできるじゃない」
テリアと二人だけの夜。
セリナに心身ともに傷つけられたテリアは、明らかに怯えていた。
「そうじゃない。セリナ様だって一人の女性なんだ」
「あの女は『大地の精霊』様の試練だってクリアした。契約もした。他の精霊様だって引き連れてる。できないことなんてないでしょう?」
だから、行くのはやめて。
テリアがそう目で訴えているのを、アルネスは首を横に振って断った。
「どうしてよぉ……っ!」
テリアがアルネスのことを本当に大切に思ってくれているのはわかっている。
昔、魔物との戦いで両親を亡くし、姉弟二人だけの家族になった。その上、アルネスは今後『大地の精霊』様のそばにいなくてはいけない。
小人族は皆、おじさんとおばちゃんを、巫女を小さい頃から見てきたのだ。
それがどういうことなのか、テリアもアルネスもわかっている。
だから、アルネスはテリアにこう言った。
「全部僕のワガママだよ」
戦場があれば真っ先に駆けつけ前線で戦う。ケガをした者がいれば助ける。
巫女としてのキツイ修行も怠らないし、どんなことがあっても誰かのためを優先する。
そんなアルネスの……数少ないワガママ。
「ずるい……」
「うん、ごめんね」
テリアの顔が下を向く。
アルネスは、そんなテリアの背中を何度も何度もさすった。
「大好きだよ、姉さん」
「……っ!私だって、アルネスが一番よっ……!」
テリアの眼鏡に、水滴がポタポタと溜まっていく。
「ありがとう……」
そうしてテリアは、アルネスが旅に出ることに同意してくれた。
溢れるくらいの愛をくれる姉。僕らは小人族。愛を謡う『大地の精霊』様の眷属らしくていいじゃないか。
「アルネスーっ!おーいっ!聞こえてっかぁ!?」
エルンストの言葉にハッ!となり、顔を慌てて上げる。
そのまま見上げると、エルンストが野菜ジュースを持って近くに立っていた。
「悪ぃな。これ飲んどけ」
「……うん。ありがとうエルさんっ」
どうやら疲れて眠ってしまっていたアルネスに、エルンストが気を利かせてくれたらしい。
「ふーっ……」
冷たくて美味しい故郷の味にホッとする。
見ると、リオナルドは立ち上がって軽いストレッチをし、セリナはライラのマッサージをしていた。
……役に立ちたいって言っておきながら、情けないな。
苦笑しているとセリナと目が合った。
にこりと笑うセリナを見て、アルネスはあることに気づく。
「……ははっ」
敵わないなぁ。
アルネスは野菜ジュースをもう一度飲んだ。
そして、セリナがこっそり入れたであろう『癒しの魔法』を、初めて堪能したのだった。




