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果報

 今日は市街地の中心より僅かに外れた屋敷へ赴く。

 当主は既に亡く、夫人と二人の娘のいる中流貴族。その程度の情報しか頭には入っていなかった。


 気の強そうな目尻が見開かれ――王子よりも先に俺を見た女に、心が沸き立った。

 見つけた。


 めかし込んだ騒がしい娘と夫人の少し後ろで怯えるように、しかし表面には決して出さずに女は俺を見ていた。

 彼女の意など関係なく、俺の家を持ち出して求婚すれば断らないだろうと決意したのだが、彼女の様子に疑問を抱く。

 懸想しているだろう王子には、礼の際目を向けただけで後は俺にのみ意識、警戒を向けていたのだから。

 あの涙は失恋によるものだと決めつけていたが、実はそうではないのでは。と、そこで思い至った。希望的観測である事は否めないが、どうにも彼女から王子への恋慕が見えない。

 何にせよ彼女の真意を確かめる必要がある。


 家は割れ、俺の迷いもない。もう二度と、いや、四度目はない。

 絶対に逃がさない。

 彼女を見つけた瞬間の自分の感情にようやくはっきりとした名がついたのだ。


 長女、何故か夫人と、順番に靴を履いてみせた。

 彼女は自ら動かずに背を夫人が押して前に出そうとしている。娘の玉の輿を狙っているのがありありと見え若干顔をしかめる。

 幸いしたのは背を押された彼女もどこかうんざりとしていた事か。

 彼女が靴の持ち主ではない事は俺が誰より知っている。万が一も考え彼女に靴を履かせたくはなかったが、俺の態度に何かを察した王子は意地の悪い顔で俺を苛めた。


「あら、小さいですわ……残念」

 そう微塵も残念そうではない顔で王子に笑んでみせた彼女に、王子も目を見張る。しずしずと足を戻し最初の位置に下がった彼女。

 その様子に、俺は確信した。

 あの涙は王子を想ってのものではないと。内情は判らないが訳ありなのだろう。


 ここにもいなかったと落胆する王子だが、彼女から目線を外さない俺に呟いた。

「……彼女か?」

「ええ」

 この『シンデレラ』探し。

 王子の配慮で、裏では俺が捜す相手をも見つけるための行脚だったのだ。


 じっと具に見ていると、どこか焦るように目線を泳がせた彼女。何かを探しているような様子に内心首を傾げるが、それどころではない変化が王子に、いや王子の持っている靴に起こりだした。

 屋敷を去ろうとしていた俺たちを引きとめるように、まるで持ち主と引きあうように。

 輝きを纏った靴に導かれ王子は夫人に詰め寄った。

 この家の娘は二人だと聞いていたが、夫人が唇を引き結び悔しさを隠そうともしない様子に王子は気付いたのだ。

 まだ出てきていない娘がいるのでは、と。


 王子の冷気を受け、案の定使用人たちは何かを晒すようにその壁を割った。

 その先にいたのは薄汚れた華奢な娘。どうみても使用人――しかも不遇の身の上である事が一目瞭然であった。

 しかし王子は和らいだのだ。凍てつくような視線も、尊大な態度も。全て収めて娘の前にゆっくりと歩み寄り。

 俺には信じられない事であるが、あの召使いの娘が『シンデレラ』であると王子は確信したのだ。


 二人に全ての注目が行く中、俺は求めていた彼女を見た。

 また、あの目だ。

 悲哀を滲ませ、しかし真っ直ぐに確かな目で見ていたのは(かしず)いた王子ではなく――。


 成程、そういう……事か。


 あつらえたように娘の足を納めた靴。始終喜色を見せなかった娘は気後れしているようで、恐れているようでもあった。


 そこからは怒涛だった。

 王子の求婚、驚愕と歓喜に目を見開いた娘、変化する姿。

 まるで王子の口付けで魔法がかかったような、逆に解かれたような光景に誰もが息を呑む。だがそれは違うと、俺はふらついたその背に手を添えた。

 ほぼ確信に近い予想だが、今俺を見上げ目を見開く彼女が魔法をかけたのではないか。

 あの、娘に。


「どうされた? 顔色が悪いようだ……魔力の使い過ぎか?」

 そうカマをかけたら面白い程に反応を返す彼女に、ざわりと腰から背中に何かが這った。自身の口元が緩んでいくのが分かる。ああ。どこまで愚かで愛おしいのだ、この女は。

 こちらを盗み見ていた王子に向かって、俺の腕の中の女は縮こまり精いっぱいに首を振って何かを否定しているようだ。

 蒼白だった顔はすっかり血の気が上がって、この状況を、俺の腕の中にいる事を意識しているとしか思えない様相に、ふつふつと血液が巡る。


 思いが通じ合った王子たちの様子を見計らって、俺は彼女と共に前に進み出た。

 美しく変化した、いや、これが本来の姿だろう娘が、彼女をお姉様。と呟いた事に姉妹であると分かった。

 それよりも喜ぶべきは、アメリ、という愛称が知れた事か。

 名を尋ねるものの彼女は俺を上目使いで睨む。頬を紅潮させ口を引き結びながらの抵抗に、湧き上がる加虐心を顔に出してしまう。

 そんな俺を苦笑して見ている王子と、肩を抱かれ展開についていけていない娘。同じく使用人たち。俺はそれらを尻目に母親である夫人へ、アメリの名を問いかける。

 どさくさ紛れの俺の求婚にアメリは驚愕し、まるで品の無い賛辞を放つ母親には眩暈がしたようで少しふらついた。

 震えて俯くアメリは母親の非常識に羞恥を覚えているようで安堵した。アメリーヌ、という名も知れた。しかし。


「アメリ!」

 ふらつくどころか完全に意識を失った彼女の名を咄嗟に呼び、支えた。

 苦痛に眉を寄せるような蒼白顔。目を伏せる彼女を案じると同時に不安にもなり、こんな状態の彼女を誰にも見せてたまるかと横抱きにして夫人に詰め寄った。

「寝台のある空いている部屋を借りたい」

 戸惑って俺とアメリを交互に見るしかしない夫人を見限って、使用人たちに案内させる。


 客間を宛がわれ、使用人の介助もあり無事彼女を寝かせ掛布を覆う。

「お姉様!」

 悲痛な声は王子が見初めた娘の物だった。サンドリヨンといったか。

 僅かに開いた扉の向こうには顎で合図する王子がいた。

「アメリを頼む」

 俺はそう娘に言い残し、使用人と共に退室した。


 屋敷に捜査が入り、全ての人間に事情聴取が行われ明らかになった真実に、王子は静かに憤った。

「女主人と二人の姉、使用人たち、全てが罪人となるな。デュート、お前には悪いが罪は罪だ」

 二人だけの客間は張りつめた空気に満ちていた。俺は深く息を吐いた。


 アメリが妹をいびり倒した?

 俺の一挙一動にびくついて小動物のような顔を見せるあの女が? 妹のために、倒れるまで魔力を使ったあの女が?

 そしてこれも予想だが、妹を着飾らせ王子と引き合わせたのもアメリだ。

 そんな女が?


「そうか。致し方ないだろうな。彼女に確かな罪があるのなら、な」

「彼女自身が例え何もしていなくとも……知らぬふりは罪だ」

 今の王子に水をぶっかけるのは俺の役目だ。

 真正面から対峙した俺に王子は眉を(ひそ)めた。

「怒りで目が曇って冷静な判断が出来ていない自覚はおありか? 王子。まだ彼女自身の聴取をしていない内から決めつけてしまうとは」

 それに。知らぬふりが罪だと?

「貴方からそのような愚鈍な言葉を聞きたくはなかったですよ。彼女は次女であり、そして気の弱い性分だ。あの母と姉に進言するか表立って妹を庇う事が知れれば……彼女自身の身は誰が守ってくれるのです? 王子ですか? それとも、好いた娘の身代わりになればよかったのに。と彼女に言ってみますか?」

 膝の上で握り込んだ拳を見下ろす王子。俺自身も私情を挟んでいるのは重々承知だ。

「貴方のような地位も力もない者たちに……随分酷な事を要求している自覚はありますか。貴方がただの恋する一人の男であるならそれもいいですがね」


 貴方は王子だ。そう決定的な言葉を突き刺した。


「特に使用人たちは、下手をすれば職を失くし路頭に迷う。もちろん喜々として加担していた者には擁護の余地は微塵もありませんが」

 王子はゆっくりと両手を顔程まで上げた。

「お前には口で勝てる気がしないな……ああ、確かに冷静さを欠いた思考をした。しかし、もし彼女が罪を認めたらどうする?」

「罪を認めたら……彼女は無罪だな。更に俺との婚姻を引き合いに出して罪を軽減するとでも言ってみればいい。彼女がどういう反応をするか」

 俺の言いたい事を察した王子はそれでも腑に落ちない表情をするから、俺は荒々しく息を吐いた。

「俺は三度も彼女に逃げられてるんだぞ……俺にはふさわしくないだとか言ってまた逃げるに違いない……今度こそ絶対に逃がしてたまるか……」

 うつろに呟いた俺に王子は可哀相なものを見る目を向けた。


 目を覚ましたアメリが、開口一番に母親の態度を詫びた事に王子も肩の力が抜けたようだ。

 サンドリヨン嬢はアメリの後ろで口元を手で覆い、はっとしたように、慌てて姉に続いて頭を下げた。

 この通りにしなければ不敬だ。そう無言で叱られたような妹に、王子も俺も二人の関係性を何となく察した。


 その後は俺のほぼほぼ予想通りの反応を返す彼女に、もう笑いしかでない。

 しかし気難しい顔を張り付ける。王子も演技でもって彼女を問い詰めていくが、ひとり不安気だったのはサンドリヨン嬢のみ。


 罰せられると思った姉を擁護する、妹の怒涛の訴えに俺たちは圧倒された。

 喜ぶどころか縮こまり羞恥に顔を染めて震えるアメリ。俺以外にそんな姿を見せる事に舌打ちしたくなったが堪えた。今のところは。


 妹とのやりとりの後、どこかぼんやりとし出した彼女は、一体何が見えていたのだろうか。今は、そのうつろな目には何を映しているのだろうか。

 気が抜けたような、憑き物が落ちたような、いや、肩の荷が下りた、と言った風のアメリ。

 幼い頃から妹が王子に見初められるのでは、と母に代わり嫌われる事を厭わず、影で淑女教育を施し、知識を付けさせたその信念と忍耐と愛情。

 とんでもない女だ。


「俺の目も満更ではないな」

 そう手を取ると。

「随分悪趣味ですこと」

 鼻で笑うように不遜な笑みで見下ろすが、どこか切な気に瞳を揺らしていて。

「増々欲しくなった」

 そう正直に言ってやれば、さっと頬を染めるものだから俺に気持ちが全くない訳ではない。と希望を抱くのだ。

 危惧していた男の影などもないようで、しかしアメリは俺を拒む。

「だって……わたしをいじめて喜ぶでしょう? 意地悪言ってわたしがあたふたしてるのが楽しいのでしょう?」

 いちいち相槌を打つ俺の反応に悔しそうにしながらも頬を染めていく様子に、ほくそ笑んだ。


 手に入れた。

 もう逃がすつもりはない。覚悟しておけ。



 その後は裁判を執り行い、アメリはもちろん無罪どころか未来の妃を育てたとして絶賛された。個別の取り調べ、そして裁判の際、母や姉との態度の色濃い対比もそれを助長させたようだ。

 判決が下され、家族が辺境地に隔離と聞いた彼女は、遠くを見て悲哀を滲ませ呟いた。

「……のんびりとした老後が送れそうで羨ましいわ」

 あまり悲しんでいないようだ。


 そして俺は、右大臣として裁判を傍聴していた父を捕まえこう伝えた。

「こんな時だが……紹介したい女性がいる」

 妙な感嘆詞を吐いて、亡霊でも見るような目を息子に向けるのはどういう事だ。

 空いている日を指定され。

「絶っ対に屋敷に招くように! 絶対だぞ! 連れて来いよ!?」

 と、くどいほどに釘を刺して去って行った。

――と思ったら振り返ってまた念を押されて、俺はどれだけこの件に関して信用がないのだと我ながら呆れた。


 それから。

 王城で働く俺は、同じく現在王城で保護されているアメリと毎日会った。彼女は俺との結婚にはすでに観念したようであり、日々絆されてきているようだ。

 俺と会って話をする時はしっかりと受け答えしているが、ひとりになると気が抜けたように茫然とする事が多いらしいと、妹で王子の婚約者となったサンドリヨン様から聞いた。


「何か憂いがあるなら今の内に聞いておくが」

 二人きりだ。

 そんな俺の気遣いにじっと目線を合わせたアメリは困ったように笑った。

「思いもよらない結末になったと……少し心が着いて行かないだけよ。デュート様との……け、結婚に不安とか不満があるわけじゃないの」

 頬を染めながら目線を伏せたそんな彼女の顔を上げ、ゆっくりと見せつけるように口付けを落とした。


 照れながら震えるように俺の腕を握る彼女を至近距離で見下ろし、結婚するまで――いや。

 せめて家の者たちに紹介するまで、俺は辛抱できるだろうかと、心を強く持った。

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