Act.78 幕間[駄目な大人の会合という名の飲み会]
――それはいつからだろうか。
何気無い日々の中で見え隠れする小さな姿。
可愛らしく、又は恐ろしく。
無垢で無邪気で、何も知らぬと言わんばかりのその姿はいつも自分の隣にあった。
見えぬ顔を、視えぬ正体を、彼は何時だってその目に映したいと乞い願う――。
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――それは静かな夜だった。
一刻前には熱狂的とも言える程に歓声が轟いていた屋敷は夜の静寂に支配され、草木も寝静まるほどの宵の時間。
屋敷の一室には三人の男達が晩酌に杯を片手に、幼馴染独特の気安さで相好を崩していた。
「しかし、ガウディお前何故黙っていた?」
金を纏う黄金の男――薄暗い中でも輝いているような眩ゆい金の髪と黄金の瞳を持つ男の名は【アーシェル・ジゼルヴァン】
ルイシエラ達が住まうこの国、ジゼルヴァン王国の頂点、国王その人だった。
アーシェルの詰るような口調に紅蓮を纏う男――ガウディは、己の主君にも関わらずハッと鼻で笑うように口元を歪める。
「お前に知らせたら直ぐにでも会いたいと騒ぐだろうが。公の場以外にルシィに会わせるなんてルシィが減るから嫌に決まっているだろう」
国王に対して不敬極まりないがガウディは気にせず酒で口を湿らしながら、馬鹿な事を吐いた。
ここに愛娘であり、話題のルイシエラが居たら「何が減るんだ」と突っ込むだろうが残念ながらルイシエラは既に就寝した後。
「確かに減るな」
「お前もか!エヴァンス!」
しかもまさかの同意に頷く銀を纏う男――銀髪に金の瞳を持つティリスヴァン公爵であるエヴァンス。
ツッコミ役がいないその場は酒が入っているのも相まって無法地帯になりかけていた。
三人はそれぞれが家を継ぐ前から交友があり、俗に言う幼馴染の間柄だった。
三者三様に立場はあるが、幼い頃に誓い、共に切磋琢磨して来た日々は彼らの中でも確かに思い出としてある。
部屋には三人しか居らず、側に控える使用人達も下がらせた室内で彼らは遠慮なく言葉を交わす。
「そもそもエヴァンス。お前の魔法も見破られるとは腕が落ちたのではないか?」
謎の結託感を見せる二人にアーシェルが悔し紛れの様に言うが、そんな言葉もエヴァンスには鼻で笑われた。
「ハッ、ルシィ嬢に見破れぬ魔法など有りはしない。元々、ガウディがお前をずっと視界に入れてたんだ。どちらにせよあの子ならば気付いていた」
己が持つ杯を見下ろしゆらりと揺らす。
アウスヴァン公爵家秘蔵のワインは程良く熟成され味も香りも秀逸だった。
エヴァンス好みのワインに舌鼓を打つ彼に待ったを掛けたのはアーシェル。
「いや待てお前、何故ルイシエラ嬢を愛称呼びしてる?」
「そんなの本人から許されたからに決まっているだろう」
「何だと!?俺は聞いてないぞエヴァンス!」
「騒ぐなガウディ。皆が起きたらどうする」
ガタンっと音を立てて椅子から立ち上がるガウディにエヴァンスが冷静に窘める。親ばかここに極まり、である。
自分が知らない間に仲が良くなっていた二人にガウディは苛立ちを顕にした。
幾らエヴァンスの息子であるレイディル繋がりで話す事があったとしても油断も隙もない。必要以上に関わるなと警告したにも関わらず……可愛い愛娘の愛称は自分と妻だけが呼べる“特別な呼び名”なのだ!
獣の唸り声のように低い声でガウディは今一度告げる。
「――ルシィに近付くな、喋るな、話しかけるな」
「おいおい、それはルシィ嬢の自由だろうが。過保護も過ぎれば嫌われるぞ」
「お前に言われたくは無い」
威圧する表情で告げられた言葉。しかしエヴァンスはそれをあっさりと流した。
エヴァンスは近くにあった酒瓶を傾け手酌で杯を満たす。
魔術師の最高峰であるティリスヴァン公爵はガウディとはまた違った意味で親バカな男だった。
「いやいや俺を無視するな」
口論とも言えないじゃれ付きの様な掛け合いに一人残されたアーシェルがツッコむ。
王であるのにも関わらずスルーされて寂しいのか二人の会話に割り込むが。
「フンッ」
「はぁ」
片や鼻で笑われ、片や深い溜め息を吐かれた。
「お前ら言っとくけど俺王だからね?国王様だからね?」
「はいはい」
「ちっ!」
「舌打ち!?お前今舌打ちしたな!」
どうでも良さそうな声と盛大な舌打ちに犯人を指差しカンっと大きな音を立てて杯を机に叩き付けるアーシェルに二人の幼馴染からは冷たい視線が向けられた。
「「静かにしろ」」
「くっ!お前らそういう時だけ結託してっ」
ちなみに三人の中では国王であるアーシェルが一番年下であり、次にエヴァンス、そして一番年上がガウディの順の年の差だ。
といってもそこまで離れている訳でも無く、些細な差だが三人集まると年下らしくイジられるのがアーシェルの常だった。
「文句を言うならば己の子をどうにかしてから言え」
「同じく」
ガウディとエヴァンスの言葉に国王は撃沈した。
七歳となったガウディの娘であるルイシエラ。
ルイシエラよりは先に誕生日を迎え、同じく七歳のエヴァンスの息子であるレイディル。
そして今年五歳になった己の子を思い描き、同じく祝福者として生まれたのにどうしてこうも違うのかと頭を抱えたくもなる。
というか既に机におでこを付けて頭を抱えているアーシェル。
「……エヴァンスは兎も角、お前までもう知っているのか……」
「俺の所には耳の良い奴らが多いからな。……大丈夫なのか?」
「いや……ヤバイかも……」
ルイシエラが生まれてから七年間、一切王宮に近付かなかったガウディですら知っている事に隠す事も限界か、と溜め息すらこぼれ落ちる。
アーシェルの息子はまるでルイシエラと対の様に左手の甲に女神ルーナの紋章が描かれ生まれてきた。
王族に祝福者が生まれたのは長い歴史を振り返ってみても初めての事。これでこの国の未来は安泰だと騒ぐ有象無象に利用価値の高さに策略を巡らせる狸共。
只でさえ国王に子が生まれた慶事にその存在を隠す事は出来なかった。
何とか祝福者である事は来たるべき日まで王宮内の限られた人数だけで留める様に直ぐ様命じた筈だが……人の口に戸は立てられない。
対処が後手に回り過ぎて、根回しも準備も不十分。
お陰で王宮は少し不安定な情勢になってしまった。
その所為で仕事に掛かりきりになり過ぎて気付けば……息子は貴族らしい貴族の思想を教え込まれ少々高慢で我儘な王子になってしまった。
今から教育し直したとしても……話をしてみたが既に植え付けられた考え方は変えられるようなものでは無かった。貴族として、その上に立つ王族として人に命じ、傅かれ、奉仕を受けるのが当然と言わんばかりの態度に息子だとしても最早匙を投げたい位だった。
その態度が一概に全て間違っていると言えないのが辛い。本当に。
そんな息抜きで旧友に会いに来たのだが……まさかこんな事態になるとは夢にも思わなかった。
――いやいや、しかし……得たものは大きかった。
ガウディの娘であるルイシエラが限られた相手とはいえあの招待客達の前で堂々と後継者として表明し、力も見せ付け赤獅子騎士団の者や諸侯達からも認められたのだから……。
お陰で多少は動きやすくなった。
現在ジゼルヴァン王国に所属する祝福者は四人。
アウスヴァン公爵家のルイシエラ、ティリスヴァン公爵家のレイディル、赤獅子騎士団出身のリカルド、そして息子の“アーベル”
その中でもやはりルイシエラが一番飛び抜けて祝福の力も性格も能力も優秀だ。
レイディルは情緒に不安があったがここ数年は見違えるようにしっかりと地に足が着いたように思える。
リカルドは悲惨な過去を乗り越え、騎士としてとても優秀だと聞く。
問題は……そう問題は……
「うぅ……」
机に突っ伏したまま頭を横に振ったりいきなり頷いたり、唸るなど奇行をし始めたアーシェルにガウディもエヴァンスも溜め息を吐く。
昔から自分の考えに没頭し悩みすぎるのがアーシェルの悪い癖だった。
今でこそ王として毅然とした態度で決断も早く、仕事に関しても文句の付け所の無い賢王として周辺諸国では名高い男ではあるが、如何せん親しい相手だと年下らしく甘ったれで優柔不断な所を見せる。
「……そんなにヤバイのか?」
「ああ。……どうしよう、どうすれば良いか……祝福がなぁ」
ガウディの言葉に嘆く様に呟く。
流石に三大公爵家と言えど王族の教育には手は出せない。
しかし只の王子としてならばまだやりようは幾らでもあった。幼いが視察や見学などでガウディの赤獅子騎士団に放り込むのも良し。見識を深める名目でティリスヴァン公爵家に一旦預けるのも良し。
だがそこに“祝福者”としての立場が邪魔をする。
「我々が関われるのは十歳になってからだからな」
「“秘する慣習”もまだ出来ん。それに俺達の子も同じ祝福者だからいつもと同じにも出来んしな」
「そこなんだよなぁー!」
嗚呼もう!と頭を抱えるアーシェル。
“秘する慣習”とは王族が齢十歳を迎えたのを機にティリスヴァン公爵家とアウスヴァン公爵家が交代で王族を教え導く慣習だ。この事は王国の重要機密として扱われひっそりと代々行われて来た。
ティリスヴァンとアウスヴァンが世代ごとに交代で側仕えとして教える役目と導く役目を担う。
アーシェルの場合は側仕えとして教える役目をガウディが、導く役目をエヴァンスが担った。
何を教え、何に導くのかは当代の役目を担った者のみに伝えられる。
アーシェルの息子の場合はルイシエラが導く役目を、レイディルが教える役目を担う事が既に決まっているが……祝福者という役割がどこまで関わってくるのかが不明な分、不安定要素があり過ぎて困る。
「……仕方が無い」
「ん?」
「エヴァンス?」
「流石にあれ以上馬鹿になっては困るからな」
「馬鹿って……俺の子なんだけど」
「あれが馬鹿といって何が悪い。この国の沽券に関わる問題だ」
馬鹿って……と悲しそうにする国王にズバッと切り込んだエヴァンスは片手に持ったワイングラスを机に置き腕を組んだ。
そもそもエヴァンスもガウディもそれぞれが国の柱である三大公爵家の当主であり、宰相として将軍としての地位もある。
仕事こそはきちんと行っていたが、二人がまだ王宮に詰めていれば免れた事態でもあるのだ。
しかしエヴァンスはレイディルに、ガウディはルイシエラに掛かりきりになり王宮を空けた事にも非はある。
最も信頼する二人がいない中、不安定な政情を立て直し、王宮内に留めただけでもアーシェルの手腕が見事だと言わざるおえない。
「我々もアーシェルには甘え過ぎていた。それは認めよう。だからこそ早いがレイディルを今度王宮に向かわせる」
「エヴァンス!」
本当か!と喜色満面の笑顔で顔を上げるアーシェルに「ただし」と手を上げる。
「ただし、お前も知っているようにレイディルは落ち着いたがまだ感情が高ぶると危険な部分もある。暴走こそはしないが、それだけは心に留め置いてくれ」
「勿論だ!恩に着るよ」
ガシっとエヴァンスの手を掴み振るアーシェルにガウディもまた肩を竦めながら手を上げ口を開いた。
「――分かった。俺も腹を括ろう」
「ガウディ!」
「元々ルイシエラには教育の点では既に学園でのものは終わってる」
「え、」
「それは本当か?ガウディ」
マジか、と絶句するアーシェルに驚愕を顕にするエヴァンス。
そんな二人の顔を見ながらガウディは深く頷く。
「ああ、鍛錬の方もそろそろ実践に入るかの相談をしていた所だ。まだ体調こそは健康とは言い難い部分もあるが、馬車の旅には耐えられるだろう」
実際、ルイシエラは幼い頃に比べ格段に健康に近付いてはいる。元々原因は分かっているのだ。
膨大な魔力に耐えられる身体の成長を待っている所であるし、余程下手な魔力行使をしない限りは体調は崩さない。
だが――
「これはお前達の胸に秘めていて欲しいが……さっきのパーティーでルイシエラが歌っただろう?」
「ああ、とても素晴らしい歌だったよ。こう心が洗われる様な……」
「見事な歌だった。精霊も呼び寄せる程だしな」
ガウディの言葉につい数刻前の光景が脳裏に描かれる。
堂々と人前で歌うルイシエラはとても凛々しく可憐な少女だった。
歌は妖精や精霊が好むものだ。
その音の強弱や旋律は彼らの言葉の響きに似ているらしく、美しい歌や音楽が奏でられると不思議な光景が見れるという言い伝えがある程。
「……あの後、会場から下がったルイシエラが熱を出した」
「何!?」
「それは大丈夫だったのか?」
心配そうな二人にガウディは眉間に皺を寄せ、険しい表情。
「話を聞いたら……あの場に、穢れた闇があったらしい」
「「!!」」
「ルイシエラは女神ルーナの愛し子。あの子は……女神の“浄化の歌”を歌える子だ」
「それはっ!」
「あの場のどこに?!」
“浄化の歌”
それはジゼルヴァン王国において、国王と三大公爵家のみに伝えられる伝説。
生死を司る女神ルーナがその昔、歌ったとされる今や歌詞も旋律も不明の代物。
しかし確かに女神が歌うその歌は穢れを祓い、癒やす力を持っているという。
「ルイシエラもどうして穢れた闇があったのかは分からないらしい。しかし確かにあの場には穢れた闇が存在し、それを祓う為にもあの子は余興として歌を歌ったと……」
ついでに張り切って精霊を呼び寄せて遊んだから無理しちゃった!とてへっと誤魔化すように笑った娘はとても可愛かったと言っておく。
――ルイシエラはあの時、正直歌う必要など無かった。
余興などせずに真っ直ぐお忍びで訪れていたアーシェルに問うだけで、事は済んだ。
元々、会場に居た赤獅子騎士団の者は騎士団内でも上位に位置する役職持ちでルイシエラが鍛錬している事を知っていた。
秘密裏に話し合いも済ませており、ルイシエラが次期団長となる事を支持するとの言葉も貰っていた。
アウスヴァン公爵家に仕える諸侯達も同じく、誕生日前に顔合わせをしておりその能力を認めていた。
だからこそ、あんなパフォーマンスはいらなかった。
「気を付けろ。誰が穢れた闇を持っていたかは知らないが、俺が気付けぬ程の薄さを纏う者がいた。そしてあの子は……穢れた闇を祓うには消耗が激しい」
アウスヴァン公爵家は浄化の火を持つ一族。
穢れを祓い、燃やし尽くす炎はアウスヴァンの血に脈々と受け継がれてきたが……ルイシエラの身体には余りにも負担が大きかった。
女神ルーナから齎された力、公爵家としての膨大な魔力、そしてルイシエラ自身の能力は穢れた闇を祓うという似た力ではあるが力のベクトルが異なり反発し合うのだ。
その為、反動が熱などの体調不良となって表れる。
険しくも娘を案じる父親の顔で告げるガウディにアーシェルもエヴァンスも真剣な表情で頷いた……。
それからも三人の話し合いは続く。
夜も深く、深く闇に静まり……暗闇は誰も知らぬ所で蠢いていた……。




