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探偵王子  作者: なつる
第7章  君はともだち
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 ローレンスの様子がおかしいことに、ジゼルは少なからず衝撃を受けていた。

 あの男をそこまで悩ませ、悲しませるものとは一体何なのだろうか。


 アベルの事件についての考察あたりからどうもおかしかった。いや、もっと言えば、彼が指輪を盗んだ犯人を突き止めようとしないことがそもそもおかしいのだ。

 ジゼルは自分の右手薬指にはめられたカレッジリングをじっと眺めた。

 事件の発端となった指輪。自分とローレンスを再び繋いだのもこのカレッジリングだ。


 やはり、すべての始まりはローレンスがなくしたあの指輪にあるのではないだろうか。


 翌日、ジゼルは座談会に参加しながら聞き込みができていなかったジャスミン・マードックに連絡をとった。まだツアー中らしいが、電話口の彼女は陽気な口調で答えてくれた。


『ローレンスの指輪の件なら話は聞いてるわよ。もちろん、あたしは盗ってないけど』

「座談会のとき、その……何か気になったことなかった?」

 ジゼルは慎重に言葉を選びながら聞いた。

『そうねぇ……そうそう、休憩のとき、アベルとクレイグがタバコ吸うって言って出てって、あたしとアンジーが化粧直しにトイレに行ったのよね』


 リーラの事務所で他のメンバーに聞いたときも、その四人が休憩中に席をはずしたことは認めている。


『で、あたしが一足先にトイレ出たら、クレイグが先に戻ってくるところだったのよ』

「クレイグが一人で?」

『そう。その後アベルが戻ってきて……妙にニヤニヤしてたのを覚えてるわ。で、あたし聞いたのよ。「何かいいことあったの?」って』

「で、アベルはなんて答えたの?」

『「いいもの見つけた」って。でもそれが何かは教えてくれなかったのよね』

「いいもの……」


 その言葉から連想されるもの。ジゼルの頭にはローレンスの指輪が思い浮かんでいる。


『ね、ジゼル。こう言っちゃなんだけどさ……アベルがローレンスの指輪盗んだんじゃないの?』


 ジャスミンも同じ答えだったようだ。

 ジゼルは答えを濁しながらジャスミンに礼を言い、電話を切った。指輪に関してアベルが怪しい動きをしていたというのは確かなようだ。


 さらにジゼルは仕事の合間を縫って分署を飛び出し、グラヴィア王立区内にあるマイルズ・ボーフォートのアパート前にやってきた。

 彼の殺人事件については捜査は既に終わり、家宅捜索もすんでいる。令状はなく、部屋の中に入ることは不可能なので、アパートの周りを歩くことぐらいしかできない。

 今日は珍しくいい天気で、陽が当たればポカポカするくらいの陽気だ。


 アパートの周りをぐるっと一周したが、何も見つからなかった。散々捜査した後なので、当たり前と言えば当たり前だ。仕方なく、ジゼルはそこからマイルズが利用していたという最寄り駅までの道を歩いた。


 住宅街を抜け、繁華街に出る。

 道の脇にはところどころ露天商が店を出し、食料品や服、おもちゃなど様々なものを売っていた。そういえば前に聞き込みに来たときもこんな風景だった。

 通りにあふれる人ごみにまぎれながら、石畳の道をぼんやりと歩いていると、地面に広げられた様々なアクセサリーに目を奪われた。

 布地の上に安物の指輪やイヤリング、ネックレスを並べ、売っている店だ。こんな店、この間はあっただろうか?


 年老いた店主は折りたたみの椅子に座り、知り合いと思しき男とのおしゃべりに興じていた。ジゼルがしゃがみこみ、品物を物色しているというのに、商売っ気があまりないらしい。

 ジゼルは銀の指輪を一つ手に取り、しげしげと眺めた。大ぶりの石がはめ込まれたカレッジリングである。どこかの大学のものらしい。


「いらっしゃい」

 話が一息ついたのか、店主はようやくジゼルに声をかけた。

「指輪をおさがしかい?」

「うん、まあね」


 ジゼルは自分のカレッジリングを外し、店主に見せた。

「これと同じ指輪、売った記憶はない?」

 店主は指輪を受け取ると、ためつすがめつ眺め、そして口を開いた。


「……ブライス校のか。ああ、売ったよ。滅多にでる代物じゃないからよく覚えてるよ」

 こともなげに言うので、ジゼルは驚いて立ち上がった。


「こ、こ、この男じゃなかった?」

 胸ポケットから取り出したマイルズの写真を押し付けるように見せる。

「あー、こんな感じの男だったかなぁ。なんか暗そうな男だったね。こんな風に並べてたら足を止めてさ。普通は値切るものだけど、その男は言い値のまま買って行ったよ」


 そう言って店主は指輪を返してくれたが、受け取ったジゼルは茫然自失の状態だった。

 何てことだ……手がかりはこんな道端にわかりやすく転がっていたのだ。


「なんでわからなかったかなぁ……この辺の聞き込みもやったはずなのに」

 頭を抱えながら一人ぼやくと、店主が思いがけずその疑問に答えてくれた。


「わしゃ、この間まで入院しとったからな」

「え、そうなの?」

「一ヶ月ほど入院して、昨日からまたここで店開き始めたんだよ」


 一ヶ月……最初の事件の少し前だ。マイルズはここで指輪を手に入れて、その後しばらくして殺された。

 ジゼルたち警察が聞き込みに来たときには、この店は休業中だったというわけだ。


「って、あんた誰だい?」

 店主は今になっていぶかしむ目をジゼルに向けてきた。

「警察だよ」

 ポリスバッヂを出すと、店主はやっかいなものに関わってしまったといわんばかりに顔をしかめた。

 だがここで怯んでなどいられない。ジゼルは質問を続けた。


「この指輪、どこから仕入れた?」

「それは……」


 下手なことを答えたら逮捕されるとでも思っているのだろうか。言葉を濁す店主に凄もうとしたその時、店主の横にいた男が思いがけず口を開いた。


「オレが拾ってきたんだ。金になりそうなものは、ここで売ってもらってんだよ」


 垢にまみれた顔にボサボサの頭と髭、薄汚れた服、穴の開いた靴という風体。見るからにホームレスである。


「え? あんたが? どこから?」

 ホームレスの男は臆することなくジゼルに答えた。

「ビジネスマンかなあ。仕立てのいいコート着た男だったよ。道っぺりに座っとったら、前を通りかかった男がオレの前にその指輪ポイッて投げてったんだ」

「落としたんじゃなくて?」


 ホームレスは首を横に振った。

「いいや、あれは違うな。落としたと思って呼び止めようとしたんだけど、その男、オレを見下ろして笑ってたんだ」

「顔見た?」

「逆光だったからなあ。ハッキリとは見えなかった」


 逆光で真っ暗な顔の中で、ニヤリと笑った口元だけが見える。蔑むような笑みだ。そんなヴィジョンが脳裏に浮かんで、ジゼルは背中に薄ら寒いものが走った。

 男はホームレスに指輪を恵んだ。いや、指輪を捨てた。それもホームレスの前に、蔑むべき人種の前に捨てることで、男は指輪を汚したのだ。

 ジゼルの想像通りだとしたら、指輪に対して、もっと言えばローレンスに対しての強い恨みを感じさせる行為だ。


「場所は?」

 ジゼルの問いにホームレスは答えようとしたが、その口を店主の手が塞いだ。

 店主は無言のまま、反対の手を商品に向けて差し出した。

 これ以上の情報がほしかったら、何か買って行けということなのだろう。ギブアンドテイク、ジゼルは自分の財布を取り出して札をつかみ、近くにあったシルバーのイヤリングと一緒に店主に差し出した。

 店主は満足したのか、ホームレスの口を塞いでいた手を離した。


「……アンティック通りだったなぁ」

「アンティック通りね。ありがと!」


 買ったイヤリングをつかみ、ジゼルは走り出した。

 今更その場所に行っても、件の男がいるわけではない。だが有力な情報をつかんだ今、少しでも手がかりを求めてその場所に行ってみたかったのだ。


 十分ほど車を走らせ、アンティック通りについた。

 このあたりはビジネス街で、近代的なビルが立ち並ぶ、王立区の中でも特異な場所だ。アンティック通りはそんなビルの谷間に位置する小さな通りである。

 一方通行の片側に車を止め降りる。石畳の道は都会の喧騒から切り離されたように静かだった。そんなところがホームレスには居心地がいいと感じるのかもしれない。

 指輪を拾った彼のように、今日も数人のホームレスが疲れきった表情でビルとビルの隙間に佇んでいた。

 そんなホームレスなど目に入らないかのように、ビジネスマンと思しき男性が歩いている。彼が歩いてきた方向を見やると、一際高く大きなビルが見えた。ジゼルは何となく、そのビルに向かって歩き出していた。


 しばらく歩くとアンティック通りが終わり、別の道に出た。様々な人が行き交う道を、大きなビルを目指して左に進む。

 五分くらいは歩いただろうか。目標としていたビルの前にたどり着いた。その正面に立ち、上を見上げたジゼルは思わず息を呑んだ。


 ビルの壁面には、特徴的な字体で「セヴァリー」の文字が大きく掲げられていたのだ。


 その瞬間──ジゼルの目の前が真っ暗になった。




『お前の指輪だってわかっていれば、それなりの価値もあったかもしれないけど、イニシャルじゃわかりづらいしな』


 リーラの事務所で、ローレンスと共に座談会メンバーに聞き込みをした時。


 クレイグは確かにそう言った。

 彼は何故、ローレンスの指輪に彫られていた名前が「イニシャル」だと知っていたのだろう。

 学校側から贈られるカレッジリングは外側が皆同じデザインで、内側に個人名がフルネームで刻印される。何も知らなかったら、普通はフルネームと考えるはずだ。ジゼルも、名前を削られる前に取られた写真で初めて知ったくらいだ。

 だがクレイグはイニシャルだと知っていた。以前に見たことがあるのかもしれないが、全く同じデザインのローレンスの指輪をわざわざ見せてもらったりするだろうか。


 ならば、クレイグは何故知っていたのか──彼自身が盗み出し、その手で名前を削ったからではないだろうか。

 ジゼルは頭を振るった。これはあくまで推論、いや妄想だ。アンティック通りのそばにセヴァリー社の本社があったからといって、クレイグが犯人である証拠には全くならない。


 だが、あのセリフはローレンスも聞いていた。彼はあの時から既にクレイグを疑っていたのかもしれない。だからこそ、犯人を追及しないのではないだろうか。


「くっそ……」


 どうしてもクレイグが犯人だとは信じたくない。物証もないし、何より彼が犯行に至る動機に心当たりがない。美しい恋人との結婚式を控え、大事な時期にある彼がそんなことをするだろうか。


 しかしながら──そうやって否定すればするほど、警察官としてのカンはクレイグが怪しいと警告している。

 ブライス校の教室で、クレイグが指輪を盗み出すシーンを思い浮かべてしまい、ジゼルは慌ててそれを打ち消そうとした。


「あ……」


 アベルだ。自分が今思い浮かべたシーンは、もしかしてアベルも見た光景なのではないだろうか。

 ジャスミンは「クレイグが先に戻ってきて、その後からアベルが来た」と言っていた。

 仮にクレイグが盗んだのだとして、彼が指輪を盗み出すところをアベルが見ていたのだとしたら? アベルがそれをネタにクレイグを強請っていたとしたら?


 脅迫に耐えかねたクレイグが、アベルを……


 ジゼルは一気に青ざめた。自分の逞しすぎる想像力を呪いたい気分だ。

 絶望でよろめきそうになったが、歯を食いしばって踏ん張った。自分は警察官だ。辛くても悲しくても、真実を解き明かす義務がある。


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