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探偵王子  作者: なつる
第6章  約束の指輪
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「やあクレイグ」

 オラトリア宮殿の執務室に通されると、ローレンスはタキシードの上着だけを脱いだ格好で、重厚な執務机に座りノートパソコンに向かっていた。


「まだ仕事中だったか」

「いや、もう終わる」


 キーを打つ音が響く中、クレイグはソファで紅茶をすすりながら待つことにした。

 このところ、ローレンスも忙しいようだ。

 昨夜もチャリティ団体主催のレセプションに王子として挨拶し、今日はこれから外国要人を招いての王室晩餐会に出席するらしい。

 忙しい公務の合間を縫って客員准教授として研究を続け、いくつもの論文を書いているのだから、そのタフさには舌を巻く。

 ローレンスはキーを打つ手を止め、息をついた。言葉通り一仕事終えたようだ。


「待たせて申し訳ない」

 革張りの椅子から立ち上がり、ローレンスはクレイグの向かいに座った。すぐさま秘書が新しい紅茶を運んでくる。先日の事件で前の秘書が逮捕され、この宮殿も大騒ぎとなったらしいが、今は平穏を取り戻している。


「同窓会の件だったな」

「ああ。君には同窓生代表ということでスピーチしてもらいたいんだ。これが進行表」

 クレイグが差し出した紙を受け取り、読みながらローレンスは答えた。

「わかった。用意しておこう」

 事前に打診してあったので話は早い。


「……今日の用件はこれだけか?」

「いや、もう一つ──これは僕個人のお願いなんだが」

「何だ?」

「三月の結婚式で、君に僕のベストマンを頼みたいんだ」


 ベストマンとは新郎の付添い人であり、結婚式の立会人でもある。新郎の兄弟や親友に任されることの多い大役だ。

「僕には兄弟がいないからね。友人である君にお願いしたいんだが……どうかな?」


 ローレンスをベストマンに──というのは、実は父の案だった。クレイグはローレンスの多忙を理由に反対したのだが、父はどうしても王子と息子が仲が良いところを招待客に見せたいらしい。

「いや、忙しかったらいいんだ」

 クレイグは気を遣って言ったが、ローレンスは少し考え込んだだけですぐに答えた。

「三月か……今から日程調整しておけば大丈夫だろう。問題ない」

 ホッとしたようなしないような複雑な気持ちで、クレイグは曖昧な笑顔を見せた。


「殿下、そろそろお時間です」

 ちょうどその時、脇に控えていた秘書が声をかけてきた。ローレンスはこれからまた出かけるのだろう。よく面会時間が取れたものだ。

 タキシードのジャケットを着込む彼を見ながら、クレイグはふと思い出した。


「そうだ、これ」

 ポケットから小袋に入った指輪を取り出した。

「ジゼルから、君に渡してくれって」

「彼女に会ったのか」

「ここに来る前、アベルの墓参りに行ったら彼女がいたんだ」


 ジゼルの名前を出せば少しは感情を見せるかと思ったが、ローレンスは相変わらず冷たいくらいの無表情で感情の揺らぎは全く見せなかった。

「彼も残念だったな。確か記者発表では、犯人はもう捕まっていると言っていたが」

「そうらしいな。アベルも少しは浮かばれるだろう」

 指輪を渡すと、ローレンスは袋から取り出し、右手の薬指にはめた。

「ところでその指輪、君に返したってことはもう解決したってことか?」


 確かこの指輪は座談会の現場からなくなった後、殺人事件の被害者の服から見つかったはずだ。自分ならそんな縁起の悪いもの、気味悪くて身に着けたくないが、彼は気にしないらしい。


「……盗んだ犯人、わかったのか?」

 クレイグが聞くと、ローレンスの少しだけ見開かれた鳶色の瞳がこちらを向いた。

「ジゼルは何と?」

「別に……何も言ってなかったけど」

「ではそういうことなんだろう。それでいい。僕もこれ以上事を荒立てたくない」


 クレイグは驚いた。ローレンスは犯人を見つける気がないらしい。

「何故だ?」

 ローレンスは右手を広げ、指輪をじっと見つめた。


「高校時代、ジゼルが窃盗の容疑をかけられた時のことを覚えているか?」

「……ああ」

「そのとき、犯人の想いになど全く興味がないと言った僕に、彼女は言ったんだ──犯人にも『出来心』という言葉だけでは片付けられない何かがあったのだと。人は悩み揺れて、もがきながら生きているのだと。そして互いの『想い』を知るところから、人はわかりあっていくのだと……僕が人生で初めて感銘を受けた言葉だ」


 初めて聞いた。ジゼルの言葉が、この天才の心をこれほどまでに震わせていたとは。


「僕の指輪を盗んだ犯人も、何か思うところがあったのだろう。僕はその『思うところ』を知りたい。犯人が誰なのかより、そちらのほうが大事だというまでのことだ」


 ふと、ローレンスの瞳がこちらを向いた。その真っ直ぐさにクレイグは一瞬怯んだが、強気を装って言い返した。


「……犯人がわかってるみたいな言い方だな」

「そう聞こえるか?」


 ローレンスは片頬を歪ませて、皮肉っぽい笑みを見せていた。

 その笑みは犯人に情けをかけるというよりも、犯人をあざ笑うものに見えて──クレイグは初めてローレンスの素の感情に触れたような気がして、思わずゾッとなった。


「結婚式、楽しみにしてるよ」

 ローレンスはクレイグの肩をポンと叩くと、そのまま執務室を出て行った。

 彼の背中を見送る自分の顔が強張っていたことに、クレイグはまだ気付いていなかった。


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