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ジゼルたちが周辺の聞き込みをした結果、アベルの目撃証言は出てこなかったが、容疑者ニールのものは比較的すぐに出てきた。
近くの繁華街でうろついているところを複数の人間が見ていたのだ。金を持っていそうな人物を物色していたのかもしれない。
凶器のナイフからも、ニールの指紋しか出なかった。自身は頑強に否認しているが、彼の犯行であることはもはや疑う余地がない。
彼が借金を抱えていたこともまた動機の一つとして、犯行を印象付けるものとなった。
世の中、人を動かすのは結局金なのかと、ジゼルはイヤな気分になっていた。
金といえば、アベルが持っていた大金についても調べたが、出所はよくわからなかった。
だがブライス校の教師の給与にしては明らかに多すぎるし、彼が副収入を得ていたとか、金がらみのトラブルがあったという話も聞かない。
結局それ以上の情報は得られず、聞き込みは終了となってしまった。
至極単純な強盗殺人ということで、鑑識による証拠品の精査が終わり次第起訴ということになりそうだ。ルーファスに頼んだ件はまだもう少しかかるらしい。
アベルの遺体は遺族の元に返され、すぐに葬儀が行われたようだ。
葬儀が終わった翌日、非番だったジゼルはアベルが埋葬された墓地に立ち寄った。
重苦しい気持ちを表したような鉛色の低い空の下、墓地の枯れ木を揺さぶる風は、手にしていた花束をも散らしてしまいそうだ。
真新しい花がいくつも並べられたアベルの墓の前で、ジゼルは自らの花を手向け、そして祈りを捧げた。
高校時代は名前を知っている程度で、正直彼のことはあまり記憶にない。特別目立つような存在でもなく、先日の座談会メンバーへの聞き込みの場に彼がいたのは、ジゼルにとっては少々意外だった。
メンバーに選ばれたのは、母校へ戻って教鞭をとっていたからだろう。
息をついてポケットに手を突っ込むと、何かが入っている感触があった。
「あ……」
ローレンスの指輪だ。返そうと思いつつ、ずっとこのジャンパーのポケットに入れっぱなしなのだ。
この指輪について、アベルに話を聞きたいと思った矢先の事件だった。
死んでしまった今となっては、彼が何を知っていたのか、それを聞き出す術はもうない。徒労感が重くのしかかる中、ジゼルは重い足を踏み出した。
「ジゼル」
自らを呼び止める声に、ジゼルはギクリとして振り返った。
「──クレイグ」
墓地の向こうからクレイグがやってくるのが見えて、ジゼルはホッと肩の力を抜いた。上質のコートの襟を立てて、彼もまた花束を手にしている。
「君も来てたのか」
「まあね」
クレイグも花を置き、祈りを捧げた。
目を閉じた彼の横顔を見ていると、高校時代、女子からの人気ではローレンスと双璧をなしていたことを思い出す。
彼のことがずっと好きだったリーラが告白し、付き合い始めたのが確か三年生の時。知性と美貌を兼ね備えたリーラと、温厚で人当たりのいいクレイグはお似合いのカップルと言われたものだ。
ローレンスの教育に手を焼くジゼルの手助けをしてくれたのも、この二人だった。
ジゼルはクレイグと連れ立って、墓地を出た。
「アベル、殺されたんだって?」
通りを歩きながら、クレイグは声をひそめて聞いてきた。旧友がそんなことになって、彼も不安になっているのだろう。
「ああ……知り合いの死体ってのはホント見たくないモノだね」
「犯人は?」
「あたしが捕まえたよ。強盗殺人」
そう言うと、クレイグは少しだけホッとしたように頬を緩めた。
「そうか……君も大変だったな」
細かい気遣いを見せてくれるクレイグには元気付けられることばかりだ。彼の優しさに何度救われただろうか。
ジゼルはふと考えた。彼になら話を聞けるかもしれない。
「あのさ……アベルのことで何か気づいたことない?」
少しだけ見上げたクレイグは驚いたように目を丸くしていた。
「気づいたこと?」
「いや、その、金がらみのトラブル抱えてたとか、あと……指輪のこととか」
「指輪? ローレンスの?」
ジゼルはうなずいて見せた。クレイグは少し考え込んでいたが、すぐに顔を上げた。
「特に何もなかったと思うけど。なんだったらみんなに聞いてみようか?」
クレイグが携帯電話を取り出したので、ジゼルは慌てて首を横に振った。
「いや……そこまでしなくていいよ。ちょっと気になってただけだから。ゴメン、ヘンなこと聞いちゃって」
「僕は構わないよ。それが君の仕事だもんな」
不快な質問をしても嫌な顔一つしないどころか、こちらの仕事にまで理解を示してくれるとは。この優しさをどこぞの王子様に分けたいくらいだ。こんないい相手に恵まれて、リーラが少しうらやましくなる。
「クレイグはこれから仕事?」
「いや、ローレンスのところに行くんだ」
ジゼルはギョッとなった。確かにここからならオラトリア宮殿まで歩いていける距離だ。
「記念同窓会で彼にスピーチを頼んでいてね。その打ち合わせだよ。君も行くかい?」
「いやいやいや、遠慮しとくよ」
ジゼルは苦笑いを浮かべた。
「そんなこと言って、この間の事件じゃローレンスと一緒にご活躍だったそうじゃないか」
「それは捜査上の成り行きっていうか、またあいつに振り回されたんだよ。まったく、ヒドイ目にあったよ」
「そのわりには何だかうれしそうな顔してるけど」
ジゼルはハッとして頬を押さえた。
そんなはずはない──と、足を止めうろたえる姿を、クレイグにじっと見つめられていることにも気付かなかった。
「──君はまだ、あいつのことが好きなのか」
クレイグの悟ったような物言いにカチンときて、ジゼルは声を荒らげた。
「あんたまでそういうこと言うわけ?」
「……ローレンスは、君を捨てたんだろ」
彼の顔からは微笑が消えていた。
怖いくらい真面目な顔で、怒りにも似た炎が瞳の中で揺らいでいるようにも見える。
「だからそんなんじゃないって……」
「卒業間際のあの仕打ち、忘れたわけじゃないだろ? あんなに仲良かったのに、あんなに君に助けられていたのに……ローレンスは君を見捨てたんだ! そんなヤツのこと……」
語気を強めて吐き捨てるように言ったクレイグを、ジゼルは息を呑んで見つめていた。
彼とリーラは、ジゼルとローレンスを高校時代からずっと見てきている。特に彼はローレンスの同性の友人として、同じ大学に進んだ親友として、ジゼルと同じくらいローレンスのことを理解しているものだと思っていた。
何故彼が急にそんなことを言い出したのか、ジゼルは戸惑い──そして静かに息をついた。
「違う……違うよクレイグ。あんた……ローレンスのこと、何にもわかってないよ」
クレイグは我に返ったように、とっさに目を逸らした。自分でもおかしなことを口走ってしまったと思ったに違いない。
冷たい風が、互いの間を通り抜ける。
長い髪をかき乱し、気まずい雰囲気を吹き飛ばしたその風に救われて、ジゼルはポケットの中の指輪を取り出した。
「そうだ。これ、ローレンスに渡しといて」
怪訝な顔で見つめるクレイグに、ジゼルは畳み掛けるように続けた。
「あいつの指輪。よろしく頼むよ。じゃあまた」
クレイグの手をとって指輪の入った袋を握らせると、ジゼルは手を振りつつダッシュでその場を後にした。
その背中が見えなくなるまで、クレイグはその場に立ち尽くしていた。
あれから八年──このカレッジリングを卒業生全員が受け取ったあの日から、もう八年も経った。
彼女はもう、初めて会った時のことはきっと忘れているだろう。クレイグは手の中の指輪をじっと見つめて、そして白い息を吐いた。




