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探偵王子  作者: なつる
第5章  王子は名探偵 
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「君はセキュリティ改修責任者の立場を利用して文書を偽造、工事業者に扮した仲間を宮殿へと手引きし、さらにはシステムをハッキングして地下道への扉を開けた──そうだな?」


 ローレンスの言葉に、ハリーは力なくうなずくのみだった。ジゼルの目にも、ハリーが陥落したように見える。


「きっかけは、僕たちが拉致されたあの地下室に落ちていた宮殿の地図だった。あの地図は工事業者向けだったにもかかわらず、本来なら記載されるはずのない出入り口までもが記されていたんだよ。そして爆弾が偽物だったと証明されて、僕は気付いたんだ。これらの事件は単なるイントロダクションに過ぎないということに」


 にわかに下が騒がしくなってきた。ジゼルが呼んだ警備員がこちらに向かっているようだ。その間にもローレンスの長い講釈は続く。


「僕たちが拉致された時、君が真っ先に助けに来てくれた。君は携帯電話のGPS機能を使い、僕の位置を探り出したと言ったが……よく考えてもみたまえ。あの場所は地下で電波の届かない場所だ。GPS機能はもちろん使えないし、基地局から大まかな僕の位置を割り出したと言うには少々無理がある。あの場所は閑散とした倉庫街、基地局の間隔はおよそ半径二キロといったところだ。その全ての建物を調べたにしては、君が助けに来るのが早すぎたのだよ。では何故それほどまで早かったのか──それは君があの部屋の存在を知っていたから、そして何よりも拉致の実行犯と君が仲間であるということに他ならないのではないか」


 そのためにローレンスの携帯電話をわざと残して行ったのだ。あの時は爆弾騒ぎで混乱していたのでなんとも思わなかったが、冷静に考えてみれば事件現場から少し離れた廃倉庫で、降り口ですら見つけるのが困難なあの地下室を三十分やそこらで見つけたというのはあまりにもできすぎた話である。

 ハリーはガックリとうなだれていた。


「私は……彼らに脅されていたんです……」

「確かに君は、先物取引に失敗した穴埋めに金が欲しかったが、僕の秘書として信用情報に傷をつけるわけには行かず、彼らの会社のようなところに行き着くしかなかったのだろう。だがあまりの暴利に返せるはずもなく、執拗な取立てに追われていたのは事実だ。そんな中で、ロイヤルバンクから金を盗むなどという大胆な計画に加担させられたとしても不思議ではない」


 ハリーの言う「彼ら」とは、電源設備の修理業者に扮した銀行強盗の実行犯──おそらくは彼が金を借りたという貸金業者のことだろう。金貸しが銀行強盗とは何ともシュールだが、今頃全員が地下道の中で逮捕されているはずである。


「わかっています……たとえ脅迫されてたとはいえ、彼らを手引きした罪は消えませんね」

 悲痛な面持ちのハリーに、ローレンスは低く唸るように言い放った。


「……君の罪は、一つではないだろう?」

 ハリーの顔が強張る。ローレンスを見る目が何か恐ろしいものでも見ているかのようだ。

「君が犯したもっとも重い罪は──殺人だ」


 ハリーはビクリと身体を震わせた。

「マイルズ・ボーフォートを殺したのは、君だろう?」

「私は違う!」


 ハリーの否定に耳を貸さないとでもいった風に、ローレンスは腕組みをして話を続けた。


「そもそも、マイルズ・ボーフォートは何故爆弾製作に関わったのか。僕の最大の疑問はそこだった。民間企業の一技術者である彼と、君たちとの接点が全く浮かばなかったのだが……答えは意外にも彼女が持ってきてくれたよ」


 意外とは余計なお世話だ、と思いながらも、ジゼルは促されるままに口を開いた。


「被害者マイルズが入れ込んでいたという女性、ティルラ・バーキン。彼女の両親は離婚していて、彼女は母方の姓を名乗っていた。彼女の父親はヒュー・エイデン──あなたの父親ですよね。ハリーさん」


 ジゼルが言うと、ハリーは苦りきってそっぽを向いた。肯定の証だ。


「つまり君はティルラ・バーキンの兄だった。そして君は離れて育った妹と今でも交流があるのだろう。君は彼女からマイルズの話を聞き、彼が爆弾に必要な回路製作のノウハウを持っていることを知った。ティルラとの仲を取り持つと持ち掛けてマイルズをこの計画に引きずり込んだのはハリー、君だったのだよ」


 ローレンスは眼鏡を持ち上げ、眼光鋭くハリーを見つめた。


「だがいつまで経っても事を運んでくれない君に、マイルズは業を煮やしたのだろう。洗いざらいを警察にぶちまけるとでも言ったに違いない。それで君は焦った。元々妹が迷惑気味に思っていた男との仲を取りもつ気など、さらさらなかったのだからな。それどころか用が済んだら彼を始末しようとさえ思っていた。そこで君はティルラのことで話があるといってマイルズを呼び出し、甘言を弄して酒を飲ませ、前後不覚となった彼を──川に突き落とした」


「そ、それはすべて殿下の推測でしょう そんなもので殺人犯だと決め付けられてしまっては困ります!」

 ハリーは顔面蒼白で怒鳴ったが、それを遮ったのはジゼルだった。


「彼が最後に目撃されたバーで、彼と一緒に飲んでいた男──ハリーさん、あなたですね。あなたの写真を目撃者に見せたら、すぐにわかったそうですよ」

「そもそも君たちの計画は、マイルズを仲間に引き入れたところから破綻をきたしていたのだよ。ロイヤルバンクの地下金庫の壁に穴を開けるための爆弾をマイルズに作らせたのはいいものの、彼がごね始めたことから、君は僕の外遊に同行する予定を直前にキャンセルしなければならなくなり、強盗計画も延期せざるを得なかった。さらにはマイルズが僕の指輪を持っていたことで、警察がやってきて事件が僕の知るところとなってしまった──君たちの最大の失敗は、僕の興味を大いに惹いてしまったことだ。爆弾騒ぎで宮殿から追い出したまではよかったが……僕を甘く見すぎたな」


 大した自信だよ──と、ジゼルは内心で呆れた。だがローレンスの卓越した観察眼、推理力がなければ、殺人事件どころか銀行強盗の計画にも気付かなかったかもしれない。悔しいが、そこは認めることにしよう。


「ハリー・エイデン。あなたを公文書偽造罪の罪で逮捕します。オラトリア宮殿への不法侵入及びロイヤルバンク強盗未遂に加担した罪、さらにはマイルズ・ボーフォート殺害の容疑についても署の方でお話を聞かせていただきます」

 集まっていた警備員がハリーを取り囲む。ジゼルが手錠をかけようと、うなだれている彼の手を取ったその時だった。


 ハリーは突然その手を振り払った。

「あっ」


 あわてて駆け寄った警備員にハリーはつかみかかり、膝蹴りを入れた。苦悶の表情で身体をくの字に折る警備員の腰から素早く拳銃を奪ったかと思うと、まるでワルツでも踊るかのような流れる動作でローレンスを後ろから拘束した。


「動くな。こいつの頭が吹っ飛ぶぞ」


 ハリーは銃口をローレンスのこめかみにピタリと当てていた。先ほどまでのおどおどとした彼はどこへいったのか、今は冷酷無比な目でこちらを威嚇している。ジゼルは拳銃を構えたまま、動きを止めるしかなかった。


「銃を捨てろ」

 漂う殺気に、彼が軍人であることを痛感せざるを得ない。数々の修羅場を潜り抜けてきたジゼルといえども、これほどまでの男を相手にするのは初めてだった。


「……お前こそ銃を捨てろよ。こんなことしても逃げられるわけないぞ」

「逃げられるところまで、こいつを引きずっていくまでさ。こいつを人質にしてる限り、お前らは手を出せないだろ? 一般人なら多少傷つけてでも制圧するだろうが、こいつはこの国の王子、かすり傷一つつけただけで大問題だ」


 ハリーはローレンスのこめかみに、銃口を強く押し当てた。ローレンスの顔が痛みに歪む。


「本当なら今すぐこいつをぶっ殺したいところだけどな。オレはな、こいつに散々振り回されて苦労してきたんだ。何が王子だ、何が天才だ。オレに言わせりゃこいつはちょっと頭のいいだけの変人で変態で、ワガママ放題のクソ野郎なんだよ!」


 ハリーの言い草に、ジゼルはあっけに取られながらも、何故か共感してしまった。


「あー……お前の言うことは良くわかる。うんうん、あたしもそう思うよ。あたしは高校時代にあんたと同じ思いしてきたからな。こいつがクソ野郎だってのには大賛成だ」

「二人とも全くひどい言い草だな」

「お前は黙っとけ」


 ローレンスがすました顔で口を挟んできたので、ジゼルはぴしゃりと言った。これだけの軽口を叩けるなら、ローレンスはまだ大丈夫そうだ。

 ハリーは少し意外そうだったが、不敵な笑みを浮かべてジゼルに言った。


「ジゼルといったか。君とは非常に話が合いそうだが……では何故君はこいつを守ろうとする? 警察官としての責務からか?」


 ハリーに問われて──ジゼルは改めて自問した。

「──大事な、大事な友達だから」


 その答えはハリーではなく、ローレンスをじっと見つめて答えた。

「こいつが王子だからとか、あたしが警察官だからとか、それだけじゃない。こんなクソ野郎でも、あたしの高校時代の大事な友達なんだ。苦しいことも悲しいことも、楽しかったこともうれしかったことも……こいつと、いやこいつだけじゃない。みんなで分け合ってきた大事な仲間なんだよ。あたしは友達を、仲間を失いたくない。こいつを守る理由はそれだけだ」

「ふん……情に訴えたつもりか? オレがそんなもんにほだされるとでも思ったか」

 ハリーは吐き捨てるように言った。


「さて、とりあえずは逃走用の車と現金でも用意してもらおうか」

「そんなもの、すぐに用意できないことぐらいわかるだろ」

「なら用意できるまで何時間でもこのままで待たせてもらう。オレは構わんよ」

 その時、ローレンスが口を開いた。


「ジゼル──僕にかまわず撃て」

「え?」


 驚くジゼルをよそに、ローレンスは自らを拘束するハリーにも告げた。

「彼女は銃の名手だ。この距離なら君の右ひじを確実に撃ち抜くことができる。そうだろう?」


 うわバカなんつー口からでまかせを──とは言えず、ジゼルはそのハッタリに乗ることしかできなかった。

「……ああ」


 銃がヘタクソだと言うのならまだしも、ジゼルが銃の名手だなんてふざけたことを言ってくれたものだ。

 ローレンスはジゼルの銃の腕を知らないはずだ。何故そんなハッタリをかましてきたのだろうか。心臓がバクバクいって口から飛び出しそうだ。


「まさか、いくら名手だからって王子を傷つけるかもしれないようなマネなんかできるわけが」


 ハリーだって信じていない。だがローレンスは、ジゼルを見つめるその瞳に強い意志を滲ませて、ハッキリと言い切った。


「彼女は撃つ。いや、撃ってくれ。犯罪者をみすみす逃がすくらいなら、僕が傷つくほうがずっとマシだ」


 ローレンスが自分の銃の腕を信じているのなら──本当は下手だからといって、これに応えないわけにはいかない。


「──わかった。撃つよ。あたしの腕を信じろ」


 ジゼルは大きく深呼吸して、自らの銃口をゆっくりとハリーの右ひじに向け、狙いを定めた。

 ジゼルの視線が銃弾そのもののように、ハリーの心を鋭く貫く。彼に負けないほどの殺気をほとばしらせてトリガーに指をかけたジゼルに、ハリーは次第に気圧され、飲まれていた。


「う……」

 小さく呻いて、わずかに仰け反ったその瞬間──


 ローレンスが膝を折り、その身を沈めた。

「なっ……」

 ぎょっとしたハリーの腹に、めりこむローレンスの肘。

「ぐえっ」

 身を翻し、拳銃を持つ手を両手で取ったかと思うと──次の瞬間にはハリーの身体が宙に浮いていた。


「えっ」

 ジゼルも、そしてハリー自身もそう言ったに違いない。ジゼルにはローレンスが単にハリーの腕をつかみ、軽く捻ったようにしか見えなかったのだ。それが、気がつけばハリーの体は宙で一回転し、その身を床に叩きつけられている。


 何が起こったのかわからなかったのはハリーも同じだろう。自分よりも非力だと思っていた、自分に守られている立場のローレンスに投げ飛ばされたのだから。

 しかもローレンスは拳銃を持つ腕を完全に極めている。ハリーは苦痛に顔を歪めながらも、引きつった笑みを見せた。


「殿下……痛いので離していただけませんか」

 ローレンスは黙ってハリーを見つめていた──

 が、突如つかんでいた腕を折った。鈍い音が鳴るのと同時に、ハリーがくぐもった叫び声を上げる。

「悪いが、僕は駆け引きなどしない」


 ローレンスは激痛にもだえるハリーを冷たく見下ろしていた。一見冷酷に見える仕打ちだが、彼は無意味に人を傷つけたりしない。ハリーが危険だと判断してのこの処置なのだろう。


「ジゼル、手錠を」

 ローレンスはハリーの手首をつかんだまま言った。

「ハリー・エイデン、脅迫罪の現行犯で逮捕する」

 床の上でのた打ち回るハリーの両手に手錠をかけたところで、大勢の警備員や警察官が駆けつけて、ジゼルはようやく息をついた。


「大丈夫か」

 応援の警察官に引きずられるようにして連行されるハリーを見送り、ローレンスは乱れた服を直しながらジゼルに言った。全く、どちらが人質になっていたかわからない。


「バーカ、そりゃこっちのセリフだよ……ってかお前、なんでそんなに強いわけ? 暴力はキライじゃなかったのか?」

「僕自身が自由に動くために、考えを改める必要に迫られたのだよ。しかしながら、ハリーは僕が訓練を受けていたことを知らなかったと見える。ああ……あれは彼が来る前だったか」

「お前……何やったの?」

「アーネストのところに行って、陸軍特殊部隊の格闘訓練に混ぜてもらった」


 こともなげに言うローレンスにジゼルは呆れてしまった。

 どうせこの男のことだから、正式な手続きも踏まないでゴリ押ししたのだろう。アーネストの困った顔が目に浮かぶようだ。


「とはいえ……僕一人でハリーを相手にするのは多少無理があった。君が彼の気を惹いてくれたからこその結果とも言えるな」

「あああ当たり前だろ」


 まさか本当は射撃がヘタクソだと言えるわけもなく、ジゼルはローレンスから目を逸らしながら胸を反らした。ローレンスの全てを見透かすような目が心なしか笑って見えたのは、気のせいだと思いたかった。


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