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探偵王子  作者: なつる
第5章  王子は名探偵 
19/31

「こっちだ」


 ギャルソンスタイルに身を包んだ女性スタッフは、一緒にいた初老の男性スタッフに声をかけた。二人はホテルの廊下を静かに駆け抜け、人目を避けながら非常階段を下り、そして地下駐車場へと駆け下りた。

 駐車場へ続くドアをそっと開けると、一台の車が運転手と共に待機していた。


「乗って」


 ドアを開け、後部座席に男性スタッフを押し込み、自らもその隣に乗り込んだ。二人が乗り込んだのを確認して、車はゆっくりと発進する。

 出入り口付近に立っていた私服の警備員らしき男たちの目を何とかかいくぐり、車はやっと大通りへと出ることができた。


「もう大丈夫だろう」


 運転手の男が後ろに声をかけた。途端に後ろの二人は張り詰めていた糸が切れたように、深く深く息を吐いた。

 女性はおもむろに眼鏡を外した。ひっつめていた髪の毛を解き、軽く頭を振る。


「ジゼル、化粧は落とさなくていいのか?」

 運転手の男──ジャックは笑いながら言った。

「そんな時間ないよ。なんか気持ち悪いけどしょうがない」


 女性スタッフ──ジゼルは顔をしかめて答えた。そして隣に座る男性に声をかける。

「お前ももういいよ」


 初老の男性が手袋を外すと、現れたのは皺だらけの手ではなく、ハリのある若々しい手だった。

 さらに彼はその手を少し開けた襟元に入れたかと思うと、何かを剥ぎ取るように上に引っ張った。その様子は、まるで化け物によって人の皮が剥がされるみたいで、あまり気分が良いものではないなとジゼルは改めて感じた。

 首元から上の皮を剥いで出てきた顔は──


「ローレンス、お前、それ結構気に入ってるだろ」


 ジゼルが笑い気味に言うと、ローレンスも唇の端を軽く上げて答えた。

「実に精巧にできているものなんだな。話には聞いていたが、あれほど簡単に人の目を欺けるものだとは思ってもみなかった」

「それ被って強盗繰り返してた犯人もさ、正体がバレたのは『手が若すぎる』ってことからなんだよ。首から上は完璧に変装できても、手元はお留守だったってワケさ」


 強盗犯は老人のマスクを被り、監視カメラの目を欺きながら犯行を繰り返していたが、最後の犯行直前、顔のわりに手の皮膚が若いことに気がついた店主によって、その変装が暴かれてしまったのだ。

 中身は老人などではなく、マスクを特注で作ったという二十代の若者だった。


「さてと……スイートで寝たフリしてる王子様の正体がバレる前に、カタつけないとな」


 証拠品として二十五分署に押収されていたマスクを持ち出し、それをユージンに被せて変装したジゼルと一緒にスイートルームに入り、中でユージンとローレンスが入れ替わったところでジゼルとローレンスが部屋を出て、ジャックの車でホテルを脱出するというこの作戦。

 遅くとも翌朝には、王子とユージンが入れ替わったことに気付かれるだろう。それまでにはこの事件の裏に隠された真実を白日の下に晒さなければならない。


「……と、その前に一つ教えてくれ。なんでアイスクリームなんだ?」

 ジャックが聞いてきたので、ジゼルが答えた。 

「高校時代、一度だけコイツをつれて、レネッタ通りのアイスクリーム屋に行ったんだ」


 ブライス校の近く、レネッタ通りでよく店を開いていた移動販売の店だ。美味しいと評判でブライス校の生徒には大人気だったが、いかんせん営業時間が短かった。


「下校後すぐに行かないと食べられないんだけどさ、ローレンスの場合、街中を歩こうとすると警護に連絡して、許可もらわなきゃならなかったんだ。でもそれじゃ間に合わないってんで」

「変装して学校を抜け出した」


 ローレンスを変装させ、警備の目を盗んで塀の隙間から学校を抜け出し、店までジゼルが先導して走ったのだ。


「確か、クレイグと服取り替えたんだよな」

「そうだ。あの時のミントアイスの味は格別なものだったよ」

「よく言うよ。あたしは生きた心地がしなかったっつーの」

「なるほど。これでこの作戦というわけか」

 ジャックは納得したようだ。


「そゆこと。で──ローレンス、これからどうするんだ」

 髪の毛を直し、眼鏡をかけたローレンスは一度目を閉じ、そして真っ直ぐ前だけを見据えた。


「──何故僕たちは拉致されたのか。まずはそこから考えよう」

 相変わらず回りくどい説明をする男だが、ジゼルはうなずいて彼の言葉に耳を傾けた。


「単に僕たちを殺すつもりなら、スタンガンなどという非殺傷兵器は使わないで拳銃やナイフを使えばいい。あの場に痕跡を一切残したくないというのなら、僕たちが気を失っている間にあの部屋で殺せばいいだけの話だ」

「おっそろしい話だな」

「だが犯人は──犯人たちは僕たちを殺さなかった。あの爆弾さえフェイクだったんだ。彼らに僕らを殺す意志は皆無だったと判断して良いだろう」


 ローレンスは犯人が複数だと考えている。確かに、気絶したジゼルとローレンスを誰にも気付かれずにあの部屋に運ぶには、少なくともあと数人の共犯者がいないと無理だ。


「では彼らは、何故僕たちを拉致したのか──彼らは僕たちにあの部屋を見せたかったのではないか」

「部屋を……見せたかった?」

「爆弾とオラトリア宮殿の平面図。この二つがそろえば大抵の人間は宮殿が爆破されると考える。それはすなわち僕の命を狙う者がいると考えるのに等しい。彼らは僕たちや助けに来た人間にそれを印象付けたかったんだ」

「あっ……そうか。だからお前の携帯電話もそのままだった……」

「そういうことだ。ではその目的は何か──彼らは僕を宮殿から追い出したかったんだ。これだけ明確な爆弾テロの標的となれば、宮殿は必ず警備システム強化の方向に動く。それが終わるまでは危険ということで、僕は外に放り出されることになる」 

「けど……追い出すって言ったって一時的なものだろ? システムが強化されればお前は宮殿に戻るんだし」

「彼らにとっては十分すぎる時間だということだよ」

「けど、お前がいない宮殿で何しようっていうんだ? まさか爆弾仕掛けるっていうのか?」

「彼らに僕を殺す意志はないと言っただろう。そんな回りくどいことをするくらいなら、僕と君はとっくにこの世から消えている」


 改めてあの拉致事件がどれだけの不始末だったかを思い、ジゼルは軽く震えた。犯人たちが気の短い人間でなくて良かったとつくづく思う。


「だが犯人はそうしなかった……ということは、彼らには他に、宮殿に入り込みたい目的があるということだ」

「目的……ねぇ。ん……ちょっと待てよ。お前を宮殿から追い出したかったって言うけどさ、お前、外遊に出て十日間ほど宮殿あけてただろ? 追い出さなくてもその時を狙えばよかったんじゃね?」

「確かに。僕もその点は少し悩んだが、その外遊期間中に何かトラブルがあって彼らの計画が実行できなかったからこそ、今躍起になって僕を宮殿から追い出そうとしているんじゃないのか?」

「トラブル……って、まさか」

「そう、マイルズ・ボーフォートの事件だよ」


 ローレンスはジゼルを見つめた。


「もうすぐ宮殿に着く」

 運転席からジャックが声をかけてきた。


「けど……オラトリア宮殿は警備だらけで入り込めないぞ。どうするってんだ?」

「僕に考えがある」

 ローレンスがジャックに車を止めさせたのは、宮殿の隣、王立証券取引所の前だった。




    ◇




「では後を頼む」

 そういい残して、ハリーは事務室を出た。宮殿のセキュリティシステム改修も大詰め、あと数日で完了する。この仕事が終わったら、ハリーはオラトリア宮殿を離れる予定だ。


 ローレンス王子の警護担当になって一年ほどだったが、激務が続いて心身ともに限界だった。ここいらで少し休暇をとりたい──それが今のハリーの切なる願いだ。

 あの王子も悪い人物ではないのだが、少々身勝手が過ぎる。もう少し、こちらの身にもなってほしかったものだ。こちらとて好きで警護しているわけではない、れっきとした仕事なのだ。


 凝り固まった首をほぐしながら二階へ上ると、既に深夜という時間にもかかわらず、王子の執務室に続く秘書室に明かりがついていた。誰か残って仕事でもしているのだろうか?

 そう思いながら秘書室のドアを開けると。


「やあハリー」

 ハリーは目を疑った。

「殿下……」


 出迎えてくれたのは紛れもない、あのローレンス王子だった。しかもよく見れば執事姿ではないか。

 かたわらには王子の友人だというあの女刑事もいる。彼女もまたギャルソンの格好だ。


「遅くまでご苦労」

「……どうやってここに? ホテルでお休みになっているはずでは?」

 なるべく落ち着いて聞いたつもりだったが、声が震えていた。

「どうやって……とは愚問だな。君自身が一番よく知っていることだろう」

 王子の全てを見透かしたような目──この人のこういうところが一番気に食わない。

「私が何を知っているというのです?」


 王子は眼鏡を指で持ち上げ、まるで大学生相手に講義でも始めるかのように語り始めた。


「この街には中世時代から残る地下道が張り巡らされている。元々は中世の水道だったとか地下墓地であったとか、様々な説があるが、古い建物には必ずといっていいほど地下道への出入り口が残っているんだ。もちろん、このオラトリア宮殿然りだ」


 王子が同意を求めるようにこちらを見てきたので、ハリーはうなずいた。緊急時の脱出経路として、ハリーも当然把握している。


「元々は大規模に繋がっていた地下道だが、近年の都市整備計画に伴い、古い地下道は地盤沈下の恐れがあるということで埋め戻されることが多くなった。結果あちこちで分断されるようになり、このオラトリア宮殿に繋がる地下道への入り口は今は二箇所のみ──その一つが隣の王立証券取引所というわけだ」


 その口ぶりでは、王子と女刑事は王立証券取引所から地下道に入ったらしい。


「しかしながらだ。宮殿から地下道への入り口は常に開いているわけではない。ドアは厳重なセキュリティを施され、鍵が開いただけで警報が鳴る。それなのに僕たちは誰にも気付かれずにここにやって来れた……どうしてだろうか」


 王子は唇の端に笑みを浮かべていた。


「不思議なことに、ドアが開いていたのだよ。まるでつい今しがた、誰かがドアを開けて出て行ったかのように」

 ハリーは息を呑んだ。

「だが僕たちは地下道で誰ともすれ違わなかった。宮殿を出て行った人物は一体どこに行ってしまったのか……答えは唯一つ。宮殿に繋がるもう一つの入り口──ロイヤルバンクだ」


 王子の笑みを真似て、ハリーも何とか笑顔を作った。

「その人物は一体何のためにロイヤルバンクに……」

「とぼけるのもいい加減にしたらどうだ、ハリー」

 王子の表情がさっと変わる。眼鏡の奥の鳶色の瞳が鋭く光った。


「まさか……君が僕の拉致監禁事件、そして爆弾テロ計画をカモフラージュにして、銀行強盗を計画するとはな」


 ハリーにもはや逃げ場はなかった。


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