プロローグ 究極の選択
何がきっかけで運命が変わるか分からないのが人生というもの。
その一部分でも知って頂けるなら、幸いです。
人生にはいくつもの重要な分岐点がある。それは究極の選択と呼ばれ、一方を選ぶのは酷く困難を極める。
それは、決して避けて通れない。それは、どちらかを選ばなくてはいけない。それは、いつも突然訪れる。それは、歳など関係ない、場所も関係ない、時間だって関係ない。だが、それは、確実に襲い掛かってくる。後悔しない選択など、無いのだ。
ここ県立中山田高等学校の中庭で、究極の選択を迫られる人物がいた。紺色のブレザー、灰色のチェック柄のズボンという学校指定の制服を纏った極一般的な男子生徒である。
その彼の目の前には、ある本がページを開いて置かれている。彼からはその本の中身が嫌というほど良く見える。
開いた本から覗くのは、健康的な小麦色の肌をした生足。局部しか隠さない申し訳ない程度の布から、はちきれんばかりの溢れる胸。茶色く染めた長い髪に、眩しいほどの笑顔。日に焼けた顔から覗く白い歯は、その魅力を最大限に引き出している。
大袈裟な表現だが、一般的にいえばただのグラビア写真集だ。
だが、思春期真っ只中の彼にとっては、『ただ』のグラビア写真集ではない。『喉から手が出るほど中身を見たい』グラビア写真集である。
彼の視線は開いたページに釘付けで、視線を逸らす事は出来ない。写真とはいえ女性の水着姿は、刺激的過ぎる。
健全な男子なら写真集を手に取り、舐めるように、隅から隅まで余す事無く、舐めるように堪能したいに決まっている。
彼は生唾を飲み込むと、写真集に手を伸ばそうとする。だが、何かに気が付いたのか彼は周囲を気にし始めた。
健全な男子であっても、学校というコミュニティに属する限り、自分の立場を守らなくてはいけない。もし、写真集を手に取って見ている姿を他人に見られでもしたら、どんな噂を流されるか分かったものではない。
これから、三年間近く過ごす学校で、そのような噂をされたくは無い。そんな劣悪な環境下で、一度しかない青春を無駄に消費するのは勘弁願いたい。
中庭には多くの植物が植えられており、人が隠れるような場所が山ほどある。ここから見えなくとも、こちらを見ている人間がいないとは言い切れない。ここは、素直に素通りするのが得策である。
彼の理性が欲望を制止し、写真集を無視して通り過ぎようとする。だが、写真集の中で見てもいいのよと、微笑む女性の姿が視界に入ると、彼の歩みは止まってしまう。
分かっている。これは罠なのだ。
こんな不自然にページが開いた状態で、自分を誘うように配置された写真集が、落ちている筈が無いのだ。誰だかわからないが、自分を貶めようという人物が配置したに違いない。
頭では分かっていても、視線は写真集から外す事は出来ない。この見開きだけでこの破壊力。少し油断をすれば、鼻血を出す事もやぶさかではない。この一冊を読み終わった先には、天国が待っているに違いない。
だが待って欲しい。この見開きが、写真集一番の見せ場だったとしたら?
他人に見られるかもしれないリスクを負って、そのような事になったら、生涯に数多の悔いを残してしまう事になりかねない。
彼は写真集を睨みつつ、幾つもの可能性を模索する。そして、最もいい未来を掴み取るべく最大限の努力をしなくてはならない。
無視するか。手に取るか。どちらにするべきか、これで人生の半分が決まると言っても過言ではない究極の選択だ。
思春期の男子なら、誰もが見たい。突風が吹いて、目の前にいる女性のスカートが捲れあがったら、どんな相手であれその中身を見ようと凝視してしまう、そんな悲しい性を持っているのだ。
そんな多感な時期に、どうして写真集を見逃す事が出来ようか。
普通の高校生なら、ここまで悩まないかもしれない。最近はインターネットの普及によって、容易に欲望を満たす事が出来てしまう。
だが、彼はとある理由で、家でそういった類の物を見ることは出来ない。ここを逃したら、次に写真集を見れるのが何週間先になるか分からない。
そう、これは常日頃から真面目に生きてきた少年への神からのプレゼントなのだ。彼はそう言い訳を考え、自分を納得させようとしている。
もしも、誰も見ていなくて、この写真集も偶然先生が落としたものだったとしたら?
そんな幸運を自分からドブに捨てるのか?
神からのプレゼントを無下にしていいものなのか?
そんな権利が、自分にはあるというのか?
この世界には神の救いの手を心待ちにしている人物は星の数ほどいるというのに……。
彼は決心した。これは自分に訪れた幸運なのだ。だから、この写真集を手に取っても、何も起こらないし、後悔するようなことは無い。
そう思いつつも、もう一度周囲を見回すと、辺りの植え込みから、光を反射するものがあり、反射した光が彼の瞳に届く。
何かある。何かが自分を見張っている。
彼は慎重に光を反射した植え込みに近づいていく。
そこで彼が見たものは、ラムネのビンだった。彼はラムネのビンを拾い上げると、どうしてこんな物があるのかと、首を傾げた。
恐らく、視界の悪い中庭に勉強をあまり好ましく思っていない人達が、集まっていたのだろう。そう結論付けた。
彼はホッと息を小さく吐き出して、ラムネのビンを放り投げる。どこかの植え込みに落ちたのか、ビン落ちる音は聞こえなかった。
彼が振り返ると、そこには少し忘れかけていたグラビア写真集が待っていた。厳密に言うと、小麦色に焼けた肌を持つ、お姉さんが彼に向かって微笑みかけていた。
彼は未だに選択の最中にいた……。
このプロローグではまだ何も始まっていません。
ですが、ちょっとした伏線が張られているので、のんびりと読んで頂けると嬉しいです。
ちなみに、貴方なら、こういう場合どうしますか?




