勇樹
「センセ、神目って家でもうるさいんですか?」
朝のホームルームが終わり、私達のクラスの教壇に立つおじさんに対してクラスメイトの男子が手を上げて発言した。
よりにもよってアイツか……また変なこと言い出したりしないよな。
そしていつも通り私に絡んでくるのは止めて欲しい、今だけは絶対に止めて。
「えーっと君は……空山勇樹くんだね? それは俺が家でもうるさいかどうかってことかな? ……え、うるさかった?」
「あ、センセも神目だったっけ。違いますよ、そこの神目あてらですよ」
「よかったぁ……いきなりうるさいって言われたのかと思ったよ」
周囲がどっと笑い、一気に明るい雰囲気が作られていく。
わざとらしく、それこそ映画の登場人物かアニメのキャラのように胸の前に手を当ててホッとしている演技までして……やっぱり気持ち悪い。
「それでどうなんですか? やっぱり家でもセンセを困らせる問題児なんですか?」
この野郎……いつもいつも変な絡みかたしやがって。
家のことなんて思い出したくないし、そもそもコイツが家にやってきたのは昨日!
私の何がわかるってのよ、コイツは他人よ他人!
その伸ばした髪を今すぐ小学校の頃のような丸刈りにしてやろうか、ああ!?
「黙って聞いてれば誰が問題児よこのバカ! 私が問題児ならお前は退学になってるでしょうが!」
「俺が退学ならお前は死刑になってるわバカ女!」
「廊下でスリッパを遠くまで飛ばすとか言って、窓から落として校長先生の車の上に乗せて怒られてたクセに!」
「それは……でもお前だってすぐに人を殴るじゃねぇか!」
「アンタみたいなのに人の言葉は通じない、だから猿でもわかるような力って言語で教えてあげてんのよ、感謝しなさい」
席が近ければ多分一発殴ってる。
いや後で必ずぶっ飛ばす!
本当にコイツが何をしたいのかわからない。
好きな女の子にイタズラをする男子ってのは聞いたことあるけれど、いくらなんでも……あのバカが私に惚れているとか考えにくい。
あ、ちなみに告白されても絶対にオッケーは出さないわ。
ガキっぽいし、嫌がらせばっかりしてくるし、こっちが惚れる要素皆無だもん。
「二人は仲がいいんだね」
「よくねぇっすよ!」
「よくない!」
クラスメイトの主に男子から夫婦漫才だとか、早く付き合えとか、全くもって論外なヤジのような言葉が飛んでくる。
こっちも好き好んでやってるわけじゃないのよ?
私の気持ちを理解してくれているのは、やはり女子だけ。
「いいな、うらやましい」
「センセ?」
「俺もそれぐらい、あてらと仲良くなりたいよ」
周囲が私を見ている。
さっきまで私の味方をしていてくれたはずの女子達の目は、一瞬で雲ってしまった。
あんなカッコいい父親で羨ましいなって、少し悲しそうな顔をする先生が可哀想、何故私が仲良くしないのかって、そのいくつもの目が訴え掛けてきている気がする。
「あてらちゃんも仲良くしてあげなよー! あんなにカッコいいお父さんそうそういないよ? いらないなら私が欲しいぐらい」
勝手なこと言ってんじゃないわよ。
あんなのが欲しければくれてやるわ、むしろこっちが頭を下げて引き取ってもらいたい。
それにみんなは気付かなかったの?
私と仲良くなりたいって言った時のあの表情に、何故何も言わないの?
アレはもう、娘を見るような目線じゃなかった。
私を嘗め回すように見る、ねっとりと気持ち悪い目線よ。
「センセは神目さんと仲良くしなくていいっすよ! 殴られるかもしれないし」
よく言ったぞ勇樹。
今だけはお前のバカさとデリカシーの無さと空気の読めない所を褒めてあげる。
小学校からの知り合いだけど、初めてお前の考えに共感した。
「学校だからあんまり贔屓はしたくないけど、それでも俺の娘は"世界で一番可愛いお姫様"なんだ。空山君みたいに殴られる時こそ、俺が本当に仲良くなれた時なのかもね」
「えー! 先生ドMなの!?」
「違う違う! 娘に殴れるのが好きなわけないだろ? ただみんな、殴られるとか言いながら二人はかなり仲いいんじゃないかな?」
周囲と勇樹が何か騒いでいる。
仲良くないと言い張るアイツと、確かに仲良しですと答えるクラスメイト。
そんなことはもうどうでもいい。
異常でしょ、アレは流石におかしい。
お姫様って……うぉっ……寒気がしてきやがった。
「さておふざけはここまで、俺は結構真面目に厳しく授業するからな! 嫌だと言ってもお前らの今後の人生に必要なことはすべて教えてやる、覚悟しとけ!」
「ひぇっ、宿題は少な目にお願いしますよ、センセ」
「特に空山君! 君にはたくさん教えてあげるから覚悟するんだな!」
「うそぉおお!?」
笑いに包まれる空気の中、みんなが勇樹を見て笑っている。
アイツもオーバーなリアクションをして、頭を抱えて笑いを誘っている。
だから、誰も気付いていないんだ。
勇樹、アンタを見るアイツの目に気付いてよ。
一瞬だけ、ゴミを見るような、睨み付けるような。
そんな目をしていたのよ。
勇樹じゃなくてもいい、誰か気付いて。
そんな地獄を乗り越えて、授業が始まった。
本を読むのが好きだから国語は好き。
歴史も好きだから社会も好き。
自分で思うのもアレだけど、勉強はそこそこできる。
体育は勉強じゃないから置いとくにしても、私はほんの少しだけ勉強ができるただの一般的な女子中学生でしかない。
……今日までは、だけどね。
今日は朝から最悪なことが続いたけれど、学校は別に嫌いじゃ……なかったのにアイツが来たからなぁ……。
しかも次の授業は数学だし、絶対にアイツが来るし、サイアク。
「おい神目、次お前のお父さんの授業だぞ」
「……そうね」
アイツは私に殴られるぐらい仲良くなりたいって言っていた。
仲良くは絶対にならないけれど、もしかしたらコレは使えるかもしれない。
家を出てパパと暮らすにしても、ずっと迷惑をかける訳にはいかないもん、ある程度お金は必要よ。
そしてアイツは私に平気でお金を渡してくる異常者。
バイトとかまだ出来ないし、稼ぐ方法ってあの異常者をうまく使うしかない……よね?
「ハァ……サイアク」
やるぞ私!
もう絶対に無駄遣いはしない。
少女漫画の鬼も一旦休んで、立ち読みの鬼になるのよ。
「最悪なのはこっちだっての! お前のお父さんにいきなり目ぇ付けられてんだぞ!?」
「それは自業自得でしょ、バカ勇樹」
「バカ言うなバカ女! それにしても、あの人ってお前の……新しいお父さんってことでいいんだよな? 家に遊びに行った時に会った人と全然違うし」
何年前の話をしてるんだコイツ。
私の家に来たのはもう五年ぐらい前でしょうが。
「そ、昨日初めて会ったわ」
「昨日!? なんつーかその、人の親に対して言うべきかどうかわかんねぇけどよ」
授業の間の短い休み時間。
みんながガヤガヤとしている中で、バカ勇樹は私の隣に来て。
「お前のことをお姫様とか言ってたぜ? お前がお姫様なら俺なんて白馬の王子様って呼ばれてもおかしくはーー」
いつも通り、バカな言葉を並べてやがる。
もしかしたらあのおじさんの異常性に気付いたのかもって一瞬だけでも期待した私がバカだったわ。
ハァ、コイツみたいに生きていけるならどれだけ楽だったのかしら。
アイツの異常性に気づいたとかじゃなくて、それを会話の入口にしてまた私の悪口。
お前が白馬の王子様なら私はクレオパトラを越える美人になるつーの。
「歯ァ食い縛んなさい」
「……ちょ、神目!? グーはまずい、しかも頭はまずいって!」
「そのバカみたいな頭を私が治してあげんのよ! 壊れたテレビと頭はこうやって直すの!」
色々な感情とモヤモヤが融合して怒りになり、あとさっき殴ると決めたのもあって、私は拳を固く作って勇樹の頭めがけて振り下ろした。




