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神と人が相席するカフェは、神と人が戦う世界にある。  作者: 蒼い諒


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Ep16 さようなら、そして、またのご来店を ②

一瞬で鎮まる会場

最高神は一歩前へ出ると

全員を見据え、演説を始めた


「…このような状況を招いたのは

長年に渡り巨人族に支配構造を強いてきた

我ら神族の傲慢さに他ならぬ、その責任は、ワシが取る」

オーディンの言葉に

トールやフレイが僅かに目を見張る


カフェでの人間との対話を経て

格下の存在が「生きている」ことを知った王の言葉には

かつての自分勝手な支配者の影はなかった


「我ら神々は、人間を守る

彼らが『飯を食う隣人』である限り

そのためにあらゆる手を尽くそう」


オーディンは机上の調印書を乱暴に掲げた

「これは人間との安全保障条約に変更する!

神々が人間界を守ると、ここに宣言する!」


だが、人間の要人たちは、あまりの急展開に困惑を隠せない


「そう言われましても…」

「神の言葉など信用できるのか…」

保身と疑心暗鬼に凝り固まった彼らを見て

鈴木の胸の中で何かが弾けた


「いい加減にしろ!」

気が付けば、鈴木は太田やマリ

そして課長と共に中央へ飛び出していた


「神々がここまで歩み寄っているんだ!

自分たちの保身だけで

歴史的な和解の第一歩をドブに捨てる気か!」

太田が体を震わせて要人たちを叱責し


マリは

「あんたたちのケチな面子のために

世界を滅ぼされてたまるもんですか!」とまくしたてる


課長もまた、いつもの笑顔を完全に消し

冷酷なまでの迫力で政府の代表を睨みつけた

「事前交渉、事後承諾です

ここでハンコを捺さなければ

あなた方の未来もミンチですよ」


その気迫に押され

日本政府や各国の要人たちの顔つきが

ようやく「戦う者」のそれへと変わっていく


テレビ画面の向こうでその様子を見ていた五十嵐と、かほるは

不意に示し合わせたようにニヤリと不敵な笑みを浮かべた


「あははは!素晴らしいね!賭けはボクの勝ちだ!」

高らかな笑い声と共に、今度はロキが空間から姿を現した

気まぐれで危険な悪神の登場に全員が身構えたが

ロキの背後から

先ほど去ったはずのウートガルザが再び姿を現した


その顔には、なぜか敵意ではなく、深い感慨が浮かんでいる


「……神々が変わるとはな

オーディン、お前が自らの傲慢を認め

人間を守ると口にする日が来るとは

それは、予言のどこにも記されていなかった」

ウートガルザは静かに首を振る


「神族が己の設計思想を改めるのであれば

我ら巨人族も、このラグナロクから完全に手を引こう

これ以上の分断は無意味だ」


あまりにも呆気ない「終戦」の宣言に

神々も、人間も、ただ唖然として立ち尽くすしかなかった


数日後…

バベルの塔の五十階

本来の静けさを取り戻した「カフェ・ウィルド」には

オーディン、課長、鈴木

そして、ウートガルザの姿があった


あの日、当初の枠組み通り

神々と人間の間には確固たる和平が結ばれ

今はその内容が粛々と履行されている


「…で、一体どういう風の吹き回しなんだ、ウートガルザ」

オーディンがコーヒーカップを置きながら尋ねる


「聞けば、元々、このラグナロクは

お前たち巨人族がやろうとしていた神族への反旗だった

だが、なぜ、それを中止し、バベルの塔というものを?」


ウートガルザは

視線をカウンターの奥で、静かに佇むマスターへと向けた


「ある者が、我らの国へ直接赴き、頭を下げて頼み込んできたのだ

『神々が変わるチャンスをくれ』 とな

あの方の頼みだからこそ、我らは受け入れた」


「あの方の頼み?」

オーディンが眉をひそめた瞬間

マスターの身体が、眩い、どこまでも清らかな光に包まれた

光が収まったとき、そこにいたのはマスターではなかった


かつてロキの策略によって命を落とし

冥界ヘルへと下ったはずの

光の神バルドルその人であった


「――バルドル!?」

オーディンが驚愕のあまり席を立つ


「息子よ、なぜ……お前はヘルの世界にいたはずでは……!」


「お久しぶりです、父上」

バルドルは穏やかに微笑んだ


「アースガルズの外にいたからこそ、私には見えたのです

ラグナロクの予言が、いかに不毛な全滅の未来であるかが

だからこそ、私は巨人族の元へ行き、猶予を乞いました」


バルドルは その場の全員を見渡すと

「そして、対話の場を設けるため

あの塔と、カフェを開いたのです

それと…ラグナロクのもう一つの予言をご存知ですか?

『戦争終結後に、ヘルの世界にいる者が帰還する』

…私は、予言の通りに戻ってきたのです」


オーディンはその言葉を噛み締めるように

深く、深く感謝の頭を垂れ

息子の帰還を涙ながらに喜んだ


その様子を見て、課長と鈴木もまた

心の底から安堵の笑みを浮かべていた


数年後――


東京のとある街の片隅

新しく「カフェ・ウィルド」という名の小さな店がオープンした


木製のドアを開ければ

そこにはかつてと変わらない

穏やかな微笑みを浮かべたマスターが立っている


「いらっしゃいませ、鈴木さん」

「マスター、いつものブレンドを」

カウンター席に腰掛けた鈴木は

すっかり馴染んだ様子で注文を告げた


二人は、世界のほとんどの人間が「知らない」事実について

静かに言葉を交わす


あのバベルの塔での戦いと、ラグナロクの終結


破壊された都市の復興や

神々との戦いで心に深い傷を負った者たちのケアのために

巨人族はその超技術を用いて

世界規模の「辻褄合わせ」を行ったのだ


大半の人間の記憶を消去し

死者を密かに帰還させ

何事もなかったかのように歴史を繋ぎ合わせた

ただ、一部の人間と能力者にだけは

あの戦いの記憶がそのまま残されている


窓の外は雲の上ではなく

木々が生い茂る公園

「…こちらもいいですね」

鈴木がコーヒーを口に運んだ、その時だった


カランコロン、と、軽やかな鈴の音が店内に響いた

ドアを開けて入ってきたのは

黒いアイパッチを着用した、隻眼のナイスミドル

かつて天界の頂点に君臨していた最高神は

ドカリと鈴木の隣の席に腰を下ろすと

メニューも見ずにカウンターをトントンと叩いた


「マスター、暗殺者のパスタはあるか?」

マスターは悪戯っぽく微笑み

「申し訳ありません、オーディンさん

そちらは来週からでして…」

と、かつて、あの場所で交わされたのと全く同じ台詞を

心地よい調律のように響かせるのだった



ps

「お、新しいカフェ…」

かつて、ロキの眷属であったトサカ

彼と同じように、記憶を消されても

あの時、カフェにいたものが

ここに集うのも時間の問題のようです


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