Ep01 オーディンと暗殺者のパスタ ①
バベルの塔の49階 ―――
爆音と共に石壁が弾け飛んだ
「伏せろ!!」
鈴木の声に太田は回避行動を取ったが
弾丸のような破片が肩に直撃し、吹き飛ばされた
「ぐっ…例のカフェに行くだけの、楽な任務のはずが…」
這いつくばる太田の目の先には
髪をなびかせ、天井を見つめる片目の男が立っていた
「…オーディン」
立ち上がり、反撃の炎を身に纏う太田だったが
すでにオーディンの雷撃領域があたり一面に展開されていた
「太田さん!」
鈴木は素早く太田の腕をつかみ
音速で壁裏に滑り込んだ
直後、災害のように放たれた雷撃の直撃は免れたが
フロアを満たす灰と埃は視界を遮り
二人の状況を更に悪くした
「なんで…最高神オーディンが、こんな前線に?」
鈴木は視界の悪さに身動きがとれない
「くそっ…」
太田は完全に息が上がっていた
二人は息を殺しながら、辺りを見回し
次第に収まる粉塵の先にオーディンを探す…が
「え…なぜ?」
鈴木の視線の先には
フロアの階段を悠々と登り、上階に進むオーディンがいた
「オーディンの野郎…引き上げ…た?」
突然の事に太田も驚く
「どうしたんだ、アイツ!」
「…オーディンは何度か上を気にしてましたが
そちらを優先したようです…ともかく、怪我の治療を」
鈴木は持ってきた治療キットで手早く処置を施すと
「太田さん、どうしますか?帰りますか?」
「いや、行くぜ!例のカフェが気になるしな!」
太田は軽いジャンプを見せた
二人は、オーディンが進んだ階段を警戒しながら登り
手すりや柱の影、階段の下から50階をチラチラ覗いた
「オーディンの野郎は?」
「いません…」
「ホントか? さっきはここに野郎がいて
いきなり襲われたからな…」
二人はあらゆる気配や空気の流れを気にしつつ
階段を登り切り、進んでいく、そして
「あれです」
鈴木が指差す先
そこにはパリのカフェと言って差し支えない
外観と入り口を携えた「例のカフェ」があった
「マジか…ここは階段と床だけの変なトコだったから
空き店舗の50階、なんて言ってたら」
「店が入りましたね…
店名は カフェ・ウィルド…ドアに張り紙があります
えっと… 店内は 戦闘禁止 です、ご了承ください?」
「戦闘禁止? 神々の罠じゃねえの? これ?」
「…でも、任務です、最大限の警戒を持って調査しましょう」
鈴木はドアノブに手をかけるが
最高神の顔が脳裏をよぎり止まってしまった
「どうした、入るんだろ?」
「戦場のど真ん中にカフェ、そしてオーディンのいた階…」
太田はフッと笑い
「でも、気になるだろ?」
「そうですね、この異質さは気になります…では、開けます」
鈴木はこわばった表情で一気に開ける
カランコロンカランコロン…
場違いな程、穏やかな鐘が響いた
「うわ…カフェだぜ!」
そこは、カウンター5席のみだが比較的広い店内
オスマン建築の内装
塔の壁面や東京を見下ろせる広い窓
そして…
「いらっしゃいませ」
よくある黒と白のバリスタの服装だが
襟には青い刺繡のワンポイント
そして、身の締まった短髪の男性が二人を迎えた
「あの…ここは営業されてる?」
「はい、カフェ・ウィルドは先週から営業しています」
「あの…あなたは何者、というか、ここは戦場…でして」
「はい、人と神が戦っていますね、まあ、どうぞお座りください」
二人はマスターの妙に促される声に誘われ、席に着いた
「申し遅れました、私はここのマスターです」
そう言って、微笑む
しかし、鈴木は違和感を覚えた
この男、気配が神々に近い…しかし、どこか違う
「いや、それよりも…」
「おい!鈴木!アイツ!」
太田はカウンター端に座る男を指さし叫んだ
そこには、先程まで二人が戦っていた
最高神オーディンがいた
「てめぇ!」
太田は飛び掛かろうとしたが
金縛りの様に身動きが取れなかった
鈴木はオーディンが戦闘中に何を気にしてたかを悟った
「なるほど、戦闘禁止…か」
オーディンはマスターを見据えると
「最終戦争ラグナロクの場所にカフェ…」
「はい、不相応かもしれませんが」
「アタマおかしいよな…お前、何者だ」
「そうですね、場違いな所にカフェを開店した愚か者でしょうか」
マスターは3人を前に背を伸ばすと
「表にも張り紙をしましたが、このカフェは戦闘が出来ません
規則を破ろうとした場合、強制的に排除させて頂きます」
鈴木が手を挙げ
「あの…排除とは?」
「いわゆる…ワープみたいに塔の別フロアに飛ばします」
オーディンは肩をすくめると
「さっき、動けなかっただろう?
カフェだけじゃない、50階には絶対的な力が仕掛けられている
このとおり、能力も封じられている」
オーディンが指をスナップすると
ライター程度の火花が悲しく響く
「四方を吹き飛ばす衝撃波も…ここでは、これだ」
「はい、ここはカフェです、戦う場所ではありません
どうでしょうか、何かご注文されてみては?」
オーディンはドカッと座り直しメニューを手に取る
「フン!面白い!乗ってやろう!そうだな…ん?」
険しい顔が一気に緩むと
マスターをゆっくり見上げ、口を開く
「この…暗殺者のパスタとは何だ?」




