30.農民会議
朝起きると、ネオはいなくなっていた。
最早お決まりに近いので、ユージンは気にせず支度をして、窓際のソファーで一息つく。
「平和だ」
日に照らされる町の様子を眺める。
かがり火で浮かび上がる夜の幻想的な雰囲気は消え、生き生きとした日常がそこにはあった。
湖を挟んで見える煙突からは煙が上がり、商業地区へ向かう人々は通りの飲食店で朝食を食べる。
農業地区は、そろそろ小麦の収穫時期だ。
市周壁内にある農地は全て領主が管理し、壁外の農地は農民が管理した。
どちらも領主直轄地であるのに変わりはないけれど、農民は税金――換金作物――を収めることで収穫物を自由にできた。
「平野部の問題が解決できたら、のんびりできるかな」
トアイードの町は活気に溢れているが、王都ほどの忙しさはない。
平野部は牧歌的だし、森の魔物が悪さをしなければ、人々は穏やかさの中にいた。
朝食を終えると、ジャケットを羽織った双子の男性が顔を出す。
領主に代わって領地を取り仕切る、家令のバートとフォードだ。
深緑の長髪を後ろでまとめた二人は、ユージンより一回り以上年上であるにもかかわらず、いつも慇懃な態度を崩さなかった。
主に内政や壁内の管理を担当するバートが口を開く。
「本日は、フォードと共に農民会議へ出席する予定でよろしかったですか?」
「はい、間違いありません」
答えると、今度はフォードが一歩前へ出る。
フォードは外政や壁外の管理を担当した。
「こちらが会議の資料です。データは以前提出したものから変わりありません」
「ありがとう」
二人に任せておけば、子爵領の運営は事足りる。
ユージンは基本、報告書と帳簿を確認するだけで良かった。
とはいえ領主が現地にいるならば、農民会議にも顔を出しておくに越したことはない。
農民会議は、子爵領に点在する村の村長を集めておこなわれる。
基本は各地の農作物の発育状況など、農民たちの情報交換の場だ。
ただ今回は、彼らと協力して問題解決にあたる必要があった。
「準備が整いましたら、玄関にお越しください。馬車を停めてあります」
案内された通り玄関へ行くと、見覚えのない騎士が二人立っていた。
フォードが紹介してくれる。
「最近、近衛の資格を得た二人です。手前側、オレンジ髪の青年がウェストン。奥側、黒髪の青年がイールです」
順番に頭を下げられる。
ウェストンは三白眼でクセのある出立ちが目を引いた。
イールは正統派美男子といった風体で、一瞬、近衛は容姿で選ばれるのかと勘ぐってしまう。
(二人とも王都へ行っても人気だろうな)
特にウェストンは、ファッションの幅が広そうで、装飾好きな令嬢から好まれそうだった。
「本日から出かけられる際には、この二人が身辺警護にあたります」
「わかりました。二人とも、よろしくお願いします」
ウェストンとイールは、それぞれ騎乗して併走するらしく、ユージンはフォードと馬車に乗る。
向かうは、農民会議の会場となる壁外の村だ。
到着までの間、ユージンは馬車の窓から農村の景観を眺めた。
広々とした土地に、黄色く色付いた小麦畑が広がっている。
風に揺れる豊かな実が、子爵領の台所事情を支えていた。
ここだけを見ると、子爵領の半分以上が森や山であるとは考えられない。
「視察を終えた森番が、現地に先乗りしています」
森番とは、森の管理を任されている人を指す。
過分に伐採がおこなわれていないかなど、現地へ赴き調査するのが主な仕事だ。
領地は全て領主の財産であり、勝手な開墾は認められない。
今回は山手にある一帯を視察してもらっていた。
「やっぱり状況は厳しいですか?」
「早急に手を打ったほうがいいかと存じます。とはいえ、すぐに結果が出るものではないのですが」
「木は成長に時間がかかりますからね」
平野部が抱える問題。
それは土地が持つ保水能力の低下にあった。
子爵領に限らず、多くの土地で問題になっているため、ユージンは先に王都で「水源涵養」という言葉を知った。
森林が土地に与える機能のことで、保水はその一つだ。
フォードが溜息をつく。
「まさか開墾で、このような憂き目に遭うとは」
「ジレンマですね。人口が増加すれば、住みやすい平坦な土地が必要になる。けれど開墾が過ぎると、水源涵養という森林の恩恵を失ってしまう」
森番も近年つくられた役職で、それまでは魔物の生息地を確認しながら、木をひたすら伐採して人の住む場所を広げていた。
その代償が、保水能力を失った土地で起こる土砂災害や河川の氾濫であり、このたび平野部の問題として浮き彫りになった。
「植林という解決策があるだけマシだと思いましょう。あとは農民の方々の理解を願うしかありません」
「ご足労、感謝いたします」
まだ現地に着いていないのに、フォードは深々と頭を下げる。
領地は、領主の財産である。
農民が耕す土地は、先祖代々受け継いでいても、彼らに貸し出されているに過ぎない。
人の感情を無視するならば、農民会議に出向く必要もなく、ユージンはただ命令すれば良かった。植林に協力しろと。
そうはせず、心を尽くすユージンの姿勢を、フォードは有り難がった。
領地が問題に直面するたび、矢面に立つのは彼だ。
それは今後も変わらないし、彼も一領民である。領民感情は、無視できるものではなかった。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
「私はそれが仕事ですし、十分な賃金をいただいております。ですが今回の件は、領主様直々にお話があることで、農民たちも事の重大さを理解してくれることでしょう」
難しい話ではなかった。
木がなくなり保水能力が低下した草山に、植林するだけのこと。
既に川の氾濫も去年に一度経験していた。
堤防などの対策はしてあるものの、元凶をどうにかしない限り被害は増え続ける。
説明するだけで話は終わると思われた。
のだが。
「じゃあ家畜は、どこで飯を食えっていうんだ!」
予想以上の反発が、ユージンを待っていた。




