26.夜会
町の名前を冠した「トアイード城」。
ユージンの居城となる城は、必要最低限の防備があるこじんまりとした造りで、唯一ある尖塔がアクセントになっている。
特徴的なのは、湖に浮いているところだ。
といっても実際に浮いているのではなく、島の上に建てられている。
湖の周辺に広がる草原と相まって、遠目に見ると城だけが湖の上で独立しているように見えた。
晴れた日の景観は素晴らしく、目の覚めるような草原の緑と湖の青、その中心に佇む鈍くくすんだ城が視界に優しく調和する。
夜になると城壁でかがり火が焚かれ、炎が湖面に映る様子も幻想的だった。
湖を渡る橋がかけられており、夜会の招待客たちが馬車に乗って城門に呑み込まれていく。
客は領内の有力者であるため、身内の集まりといっても差し支えない。
商人や技術者の代表が主で、パートナーや家族を合わせても人数は五十人にも満たなかった。
会場となる広間では、立食形式で食事が用意されていた。
招待客たちが集まったところで、臙脂のジャケットにグレーのハンカチを胸元に添えたユージンが広間の最奥に立つ。
過去、父親と訪問した際にもパーティーは開いていたので、招待客は皆、ユージンの顔を知っていた。
とはいえ、今回は自分一人。
その現実に緊張を覚えるも、招待客の中で一際輝いて見える友人が、ジェスチャーで鼓舞してくれた。涼しげな白のジャケットが違和感なく似合っている。
隣には、こういう場が苦手だと聞いているリヒュテもいる。
リヒュテが外を指差すので視線を向けると、窓越しに細長い尻尾が揺れているのを捉えた。
(酔わないギリギリの距離で、ネオも様子を見に来てくれたんだ)
三人に励まされ、静かに息を吐く。
そして前を向き、全体を見渡した。
「本日は、ご多用の中お集まりいただき、ありがとうございます。父の訃報は皆様の耳にも届いているでしょう。正直に申し上げて、その影響は計り知れません」
事実、公爵領は未だ悲しみに包まれている。
ユージンもだが、今ここで落ち込むのは皆の不安を煽るだけだとわかっていた。
「トアイードの町は大丈夫なのか、心配は尽きないと思います。ですが思いだしてください、ケラブノス公爵家は健在であることを。父は隠居し、前々から兄のローレンスが次代の公爵として舵を取っていました」
公爵家の執務が滞ることはない。
何も手につかなかったユージンとは、まるで違う。
(本当に僕は半人前だ)
それでも子爵領にとっては、ユージンが領主だった。
だからこそ、と気合いを入れる。
「僕も兄に倣い、あらゆる荒波からトアイードの町を、子爵領を変わりなく守っていく所存です! どうか今後も、この若輩者に皆様の知恵をお貸しください」
人によっては、国王をはじめ、高位の貴族以外に謙る必要はないという。
しかし、これがユージンなりの挨拶だった。
誰から見ても頼りなく映るだろうに、取り繕ったところで意味がないと思うのだ。
領主として、然るべき責任は負う。
そこさえ、履き違えなければいい。
目礼で挨拶を終えると、予期していなかった拍手が起こる。
「うちの若様は仕方ないなぁ」
拍手に紛れて、どこからか、ちょっと気の抜けた声が聞こえた。
領内の有力者から見れば、ユージンは息子か孫ぐらいの年齢である。
親や祖父目線で、頑張って独り立ちしようとする姿勢は認めてもらえたようだ。
(でも、これに甘えちゃいけない)
今は和やかな雰囲気だけれど、個人の事業にかかわることとなれば、シビアな人たちだ。
一段落したところで、ユージンはサーフェスたちを紹介する。
「彼らは『青き閃光』、特級クラスの冒険者です」
その一言で、場が騒然となる。
驚くのも無理はない、貴族ですら会いたいと思っても簡単には会えない人たちだ。
しかし空気がピリつくのを感じ、ユージンに緊張が走る。
(何か、警戒されてる?)
会場の雰囲気が歓迎しているとはとても言えなくなったところで、一人の商人から問われる。
「冒険者ギルドを誘致するんですか?」
それで全てを察した。
(父さんの目がなくなった途端、冒険者を連れて来たから勘違いされたのか)
公爵領に冒険者ギルドはない。
頼る必要がないからだ。
魔物は騎士が対処するし、素材は商人たちが買い上げた。
彼らからすれば、冒険者ギルドは商売敵でしかない。
「いいえ。『青き閃光』は、冒険者ギルドのない領地に興味を引かれ、見学に来られただけです」
ローレンスの紹介状もあると伝えると、一気に場が和む。
質問した商人は深く頭を下げた。
「申し訳ありません、早とちりしてしまいました。失礼した罰は何なりと受け入れます」
「皆様の疑問を代弁してくださったのだと理解しています。処罰は必要ありません」
ユージンへの信頼度が足りていない結果でもあった。
訪問したことがあるとはいえ、滞在期間は短い。
領民と心を通わしていくのは、今後の一番の課題だ。
サーフェスたちが商売敵からの刺客でないとわかると、あっという間に人だかりができる。
慌てるユージンに対し、サーフェスは慣れてるから、と口々に飛んでくる質問に答えた。
結果、普段できない冒険者との交流ができたことで、招待客たちは皆、大満足で帰路に就いた。
パーティーが終わり、リヒュテとネオも客室へ戻る。
招待客を見送ったあと、まだサーフェスが会場にいるのに気付いて、ユージンは声をかけた。




