25.到着
未だ公爵領は、父親の喪に服していた。
葬儀からあまり経っていないのもあり、挨拶回りは予想していた以上に呆気なく終わった。
当主代行として公爵領を任されている三番目の兄であるカルヴィンからは、「身の丈に合った政をするように」と励ましの言葉を貰っただけだ。
ケラブノス公爵家の兄姉は、相変わらず無表情がデフォである。
ローレンスのことがあったので、自分なりに観察してみたけれど心情は推し量れず、邪魔をしないようユージンは領地を目指すほかなかった。
悲しみが満ちる場所に、気持ちが引き摺られないためにも。
子爵領へ近づくにつれ、街の規模が小さくなっていくのを馬車の車窓から眺める。
整備された街道はあるものの、視界を自然が占めるようになった。
森や林を抜け、開けた平野には農地が広がり、ぽつぽつと民家が建っている。
空の青と植物の緑。
強い日差しが、オークのうねうねと角のない葉をエメラルド色に輝かせ、初夏の訪れを告げる。
土のにおいを嗅ぎ、ふと思いだしたことがユージンの口からこぼれた。
「ローレンス兄さんに、僕の特性について話しそびれてるや」
一つは、獣人に対し、マタタビのような効果があること。
もう一つは、なんとか使える電撃は威力こそ弱いものの、相手の力量に左右されないこと。
後半は、両親だけが把握していて、今では自分と母親しか知らない。
魔法は、体質によって耐性が生まれる。
ほとんどが個人の魔力量に比例し、魔力が多い者ほど、魔法の影響を受けなかった。
ユージン程度の電撃なら、無効化されるのが普通だ。
しかし、何故かユージンの電撃は、魔力耐性があるはずの父親にも効いた。
ユージンの電撃が肩こりや腰痛に効かないか試したときのことだ。微弱な電撃が込められた魔力石が、マッサージ効果を持つことは知られている。
(気を失った父さんを見たときは血の気が引いたなぁ)
ちなみに自分も試そうかと待機していた母親は、先に父親が実験台になってくれて良かったと安堵していた。
いざというときの切り札になるため、この事実は伏せられた。
サーフェスがユージンの上に覆いかぶさってきたとき、身の危険があれば電撃を食らわせることはできたのだ。
砦での一悶着では、暴行によってそれどころではなくなっていた。
(そう考えると、切り札にしても弱いんだけど)
ないよりはマシである。
ローレンスの心配ぶりを見るに、安心材料の一つとして伝えておいてもよかった。
「サーフェスさんたちは、新しい依頼をこなしてるかな」
難しい問題にあたっているだろうか。
気を抜いた瞬間に、「青き閃光」の面々が頭を過る。
父親のことはずっと片隅にあるが、あえて意識しないようにしていた。
泣き虫の領主なんて、頼りないことこの上ない。
程なくして馬車と並走している騎士から声がかけられる。
「ユージン様、市周壁が見えてきました!」
窓から顔を出すと、周囲が開けているのもあって、子爵領の中心都市をぐるりと囲む石壁が姿を現していた。
高さ十三メートルを誇る堅牢な市周壁は、今日も魔物の脅威からトアイードの町を守っている。
街道の終着点、市周壁の出入り口であるゲート前には人だかりができていた。
ゲート上部には、領主を歓迎する横断幕がユージンの名前と共に掲げられている。
前に来たときは父親の名前もあった。
「っ……!」
胸に名状しがたい思いがこみ上げる。
一つ名前が減った悲しみ。
自分が背負う責任。
目の前にいる領民たちは、ユージンの判断一つで生活が左右されるのだ。
父親でも、ローレンスでもなく、自分が守るべき町がここにあるのだと実感を得るには十分で、色んな感情がない交ぜになる。
人だかりの先頭に立つ、ジャケットを羽織った双子の男性には見覚えがあった。
齢三十六になるバートとフォードは、深緑の長髪を後ろでまとめ、前髪の分け目で見分けがつくようにしている。
馬車をゲート前で停めると、二人が同時に口を開く。
「「ユージン様のご到着を心よりお喜び申し上げます」」
「お出迎え、ありがとうございます」
声音に緊張を感じ、極力柔らかく応える。
家令を務める二人にとって、ユージンは直属の上司だ。
とはいえ、彼らとは何度も顔を合わせているので首を傾げる。
(父さんの訃報が伝わっているからかな)
今までは父親と来訪していた。その過保護っぷりは、二人も目にしている。
父親の他界によってユージンが荒れていないか、意気消沈していないか、これからの領地について危惧しているのかもしれない。
「領民たちも、ユージン様の到着を心待ちにしておりました」
「城までの道は規制しておりますので、このままお進みください」
人だかりは、町の近隣に農地を持つ領民たちの集まりだった。
トアイードの町は技術者の保護を目的につくられたこともあり、農民たちのほとんどは市周壁の外で村を形成している。
普段顔を合わせることのない貴族が来た、というだけで賑わうのはいつものことだけれど、今回はいささか大人しい。
これが父親の影響力なのだ。
今一度、自分の名前だけが記された横断幕を確認し、決意を固める。
父親にとって恥ずかしくない息子になろうと。
最後に、内向きのことを担うバートが告げる。
「客人がお待ちです。ローレンス様の紹介状をお持ちでしたので、城の客室にてご滞在いただいております」
誰だろうと名前を訊ねる。
返ってきた答えに、ユージンは慌てて城へ向かった。
◆◆◆◆◆◆
ユージンの到着を伝え、話をすべく客人には応接室へ来てもらう。
ドアが開かれ、見知った顔が現れた瞬間、ユージンは立ち上がって客人を迎えた。
「サーフェスさん、リヒュテさんも! お久しぶりです!」
ソファーに着席してもらい、使用人がお茶と菓子受けを用意するのを待つ。
二人とも元気そうな顔を見て、ほっと心が和らいだ。
「まさか『青き閃光』の皆さんが来られているとは思いもしませんでした」
「裁判の際、ローレンス様より公爵領を見学できるよう紹介状を書いていただけたのです。可能ならユージンくんに案内を頼もうかと思っていた矢先、前公爵の訃報を耳にしました。心よりお悔やみ申し上げます」
訃報を聞いたサーフェスは遠慮して、ユージンの周囲が落ち着くのを待っていたという。
「そうしている間に、ユージンくんが自領へ向かうと風の噂で聞きまして。だったら先回りして驚かそうと思った次第です」
「ビックリしましたよ! 訪ねていただいて、とても嬉しいです。今頃どうしているのか、気になっていたところでした」
「おや、嬉しいですね。色々と勉強させていただければ有り難いです」
「はい、ぜひ! どこまでお役立ちできるかわかりませんが」
何せユージンも到着したばかりだ。
領内のことは家令からの報告で頭に入っているとはいえ、空気感は自分の肌で感じるしかない。
軽く肩を落とすユージンに、サーフェスの眼差しが優しくなる。
「多忙だと思いますから、無理はしないでください。今日も夜に、パーティーがあるのですよね?」
ユージンの到着を祝うパーティーだ。
主に領内の有力者が集められ、顔合わせとなる。
「サーフェスさんたちも良かったら――あっ、いや、無理にとは言いません! ごめんなさい、あまりパーティーが好きじゃないのを失念していました」
サーフェスに至っては、裁判沙汰になったところである。
自分の無神経さに、ユージンは穴があったら入りたくなった。
「あはは、そんなに慌てなくても。親しくない間柄ならともかく、ユージンくんのパーティーなら喜んで出席させていただきます」
屈託のない笑みが返ってきて、感謝を伝える。
ユージンにとっては、一人で人前に立つ、はじめての場。
そこに友人が同席してくれるだけで心強かった。




