24.旅立ち
ローレンスの指示に従い、上司へ休職届を提出した。
父親の訃報を知っていることもあり、届け出はすんなり受理された。
(傷心旅行と思われてたけど)
長期休暇を取る貴族は珍しくない。
長ければ年単位で休む者もいる。席が残っているかは当人次第だ。
ユージンにも当てはまることで、今後天秤にかけて考えるのが、ローレンスからの課題である。
何にしても子爵領の暮らしがわからないことには、比べようがなかった。
出発の日。
今日も今日とて、母親と公爵一家から見送られる。
出張のときには、ここに父親の姿があった。
思いだすと鼻の奥がツンとしそうで、意識を目の前にいるローレンスへ集中させる。
「お前は体が弱いことを忘れるな」
公爵家の人間に比べると、ユージンは虚弱だ。文官としては平均だけれど。
家督と共に過保護まで引き継いだ兄を見上げると、頭をぽんぽんされた。執務室ではぎこちなかった動きは、早くも手慣れている。
二つ年上の甥っ子であるルイの視線が痛い。
さっさと馬車へ逃げようと思ったところで、珍しく母親に引き留められた。
「あんたに、これを授けるわ」
一冊の本が差し出される。
淡いブルーとピンクの表紙に反応したのは、ローレンスの奥方だった。
「それは、サイン入り初版本……! 手放してよろしいのですか?」
いつの間にか母親と奥方は読書仲間になっていたらしい。
察するに、これも恋愛小説だ。
奥方の言葉に、母親は首肯で答える。
「報告へ戻ったときに返してちょうだい。感想はすぐに送ること」
「わかったよ……」
子爵領で三か月滞在後、再度今後についての考えをローレンスへ伝えるため、王都へ帰ることになっていた。
一時帰宅になるか定住になるかは、未来の自分次第だ。
正直、本を受け取るのは気が引ける。
読む分にはいいが、感想を送れと言われると億劫さが勝った。
(移動中の暇つぶしにはなるかな)
王都から子爵領までは、短くても二か月ほどかかる。
まず王都から公爵領へ入れば、最低限の挨拶回りは必要だった。公爵領で指揮を執っている三番目の兄とも会う予定だ。下手をすれば予定より到着には時間がかかるかもしれない。
これから自分はどんな人生を歩むのか。
家族に見守られながら、ユージンを乗せた馬車は出発した。
同時に護衛を務める公爵家の騎士団も動き出す。
父親との旅行の際、いつも同行してくれる面々で気心は知れていた。
(僕は恵まれてる)
自覚は当然ある。
王家に次いで権威ある公爵家に生まれれば、誰だってそうだろう。
冷遇されることもなく、のほほんと生きてきたなら、尚更。
父親から受けた恩恵は計り知れない。
だからこそ。
(頑張ろう)
父親にとって恥ずかしくない人間になろう。
そのための第一目標が、自分の領地を治めることだった。
◆◆◆◆◆◆
馬車での移動中、母親から借りた淡いブルーとピンクに彩られた本を読んでいたユージンは、途中で投げ出した。
(恋愛ものは恋愛ものでも、まさか男同士なんて)
いや、この際、性別はいい。
主人公のリアクションが、サーフェスを前にした自分と重なって居たたまれなかった。
(違う、これは相手役とサーフェスさんが魅力的なだけだ)
恋愛感情を抜きにしても惹かれる人物だから、こう、同じ反応をしてしまう。
そう結論付けるものの面映ゆくて、続きを読む気になれない。
(母さんには悪いけど、当たり障りのない感想を送ろう)
ちゃんと読めと叱られる気がするけれど。
(サーフェスさんには変に思われてないかな)
直近でトラブルがあったばかりである。
自分の視線が不快ではなかっただろうか。
噴水のある広場で別れてから、ずっと会えていない。
イジワルな面がありつつも優しく接してくれていたように見えたのは、自分の幻想だったのではないかと、最近は反省を重ねるばかりだ。
(手紙を送ったけど、返信はなかったし)
王都を離れる前に一度会えないかと、宿泊先へ連絡を取った。
しかし音沙汰がないまま、今に至る。
特級クラスの冒険者が暇であるはずがなく、とっくに王都を離れている可能性はあった。
サーフェスの性格なら、出るときに一報を入れそうなものだけれど。
何せ根無し草の冒険者とは違い、ユージンには公爵家という動かない連絡先がある。
(望み過ぎるのは、よくないか)
サーフェスにはサーフェスの都合がある。
自分の気持ちだけを押し付けるのは、ただの迷惑だ。
と思うものの、連絡がなかったことに対し、寂しさが募る。
(友愛と恋愛の境目ってどこなんだろう)
疑問を投げかけた先には、淡いブルーとピンクが表紙の本があった。




