知らないところで
あれから、オレリアは少しだけ元気のない日々を過ごしていた。
普段よりももっと朝早く起きて厨房を磨き、今まで以上に一心不乱に見習い騎士たちの食事を準備した。
いつもより休憩は短くして、心配なことを考えないようにと体を動かしていた。
ロナウトが少し休んだらどうだと心配そうに声をかけてくれるが、今は体を動かしていたい気分だった。
その理由は、大きく分けて2つあった。
一つは、アデルの姿を見習い騎士候補の一団の中に見たことだ。
そしてもう一つは、ルイスだ。
ルイスはここ最近姿を見せてくれていない。
祭りの日から更に優しくなったルイスだったが、急にパッタリとオレリアに会いに来なくなった。
嬉しいことを言われても気の利いた返事が出来ないオレリアに愛想をつかしてしまったのだろうか。
だとしたらオレリアの自業自得なのだけれど、ルイスの顔を見ることが出来ないと、一日元気が出せないくらい辛かった。
だがある日、オレリアに思わぬ来客があった。
食事時が過ぎて静かになったある日の午後の昼下がりだった。
客人は食堂の扉を開け、オレリアを呼んだ。
呼ばれて急いで向かうと、そこにいたのは華やかな金髪の目立つ騎士。
ルイスと同じ白い騎士服に身を包んだクレーベだった。
「やっほー。元気?」
「こ、こんにちは、クレーベさん」
「剣術大会ぶりだね。ということは滅茶苦茶久しぶりってわけでもないよね」
フレンドリーな笑顔のクレーベは勧められる前に手近な椅子を引き寄せて、そこに腰を下ろした。
そしてオレリアにも座るように手で合図してくる。
「オレリアちゃん、料理上手で仕事熱心で可愛いって評判王城にも届いてるよ。感心感心」
「あ、ありがとうございます」
そんなことを言うためにクレーベがわざわざここに来たはずはないとオレリアが姿勢を正すと、それを察したクレーベは満足そうに頷いた。
「そうそう。今日はね、ルイスに関する情報をお届けに来ました」
「……もしかしてルイスさんに、何かあったんですか?」
「そうそう。ルイスにしては大変なことがあったんだよね」
「だ、大丈夫なんですか?!」
クレーベは肩をすくめて苦笑いをしているが、ルイスに大変なことがあったなんて一大事だ。
もしかして、大怪我でもしたのだろうか。
もしかして、どこかの戦いに行かなくちゃならなくなったとか?
オレリアは一瞬で色々なことを想像して、クレーベに詰め寄っていた。
「大丈夫じゃないよー。あの真面目温厚男がこの前、人の胸ぐらをつかんで激怒するという事件が発生してさ」
「ルイスさんは、大丈夫なのですか?」
クレーベはあまり危機感のない顔をして語るが、オレリアからすればハラハラする内容だ。
ルイスが怒るというのも珍しいし、怪我も心配だし、一体何があったのだろう。
「ルイス自身は大丈夫。ああ見えてルイスは健康頑丈お化けだから、傷一つついてないよ。でもルイスが初対面の一般人に掴みかかっちゃったことで、今ちょっと謹慎中なわけ」
「そっか、だから最近来てくれなかったんだ……」
「ん?なんか言った?」
オレリアの小さな呟きはクレーベには届かなかったようだが、オレリアの疑問は一つ解消された。
ルイスは自主謹慎中だから姿を見せてくれなかったのだ。
だが、あの優しくて誠実なルイスが謹慎中とはどういうことだろう。
人の胸ぐらをつかんで激怒するという事件とクレーベは言ったが、それはルイスだけが悪い事だったのだろうか。
「あの、ルイスさんが怒ったと仰いましたが、その初対面の方に、なにか、どうしても我慢ならないことをされたのではないですか?ルイスさんが理由なく怒ったりなんてしないと思います……」
「そう、その通り。どうしても我慢できなかったんだろうね。まあ、俺が同じ立場でも我慢できないから気持ちはすっごい分かる」
「なんでルイスさんは怒ったんですか……?」
「それはね」
腕を組んでクレーベは、その質問を待っていたという風に一拍間をおいた。
「オレリアちゃん、アデル・キャスターって男、覚えてるよね?」
そう切り出されて、どきんとした。
エクレールの元従者でオレリアも知っていて、騎士見習いの候補として最近姿を見たあのアデルだ。
嫌な汗が背中を流れる感覚がした。
「そのアデル君が騎士見習いの選抜試験に応募して来てたんだけど。騎士になる試験ってやっぱり結構厳しくてね、経歴とか評判とか人柄とかそういうの結構事前に調べ上げる訳」
「……」
「うん、分かるよ。思い出したくないよね。ごめんね。それでね、要するにその結果がルイスの耳にも入ったんだよね」
オレリアは無意識のうちに、アデルに付けられた痣のある腕を庇うように触っていた。
「別にルイスは試験官でもなかったから、知った時はただびっくりしてオレリアちゃんのとこへ行こうとしてたみたいだったけどさ。でもタイミングの悪いことに試験受けに騎士団本部に来てたアデル君と鉢合わせちゃってさ」
「で、更に具合の悪いことに、アデル君はずっと騎士のルイスに憧れてたみたいで、顔輝かせてルイスに話しかけてきた訳」
オレリアは何も言えず、ただクレーベの話の続きを待った。
「俺隣で見てたけど、顔キラキラさせてたアデル君に、最初からかなり冷たい態度のルイスだったけど、なんかの拍子にグワーッて怒って胸ぐら掴んで、オレリアちゃんの腕にあった痣はお前の所為かってめっちゃ怒って、何でそんなことが出来たんだってそれはもう、殴り倒さん勢いだったから俺が慌てて止めたんだよね」
「アデル君は憧れてた騎士のルイスに超絶軽蔑されて、最後の方はもう半泣きだったね。それにずっと騎士になりたかったんですとか言ってたけど、経歴があんなふうだから絶対騎士見習いには受からないだろうし。まあそこは当然だよね」
「それでもルイス、めっちゃ怒ってたよ。まあ、大事な子に酷いことしたやつ放っておける男はいないから普通の事といえば普通の事なんだけど。まあ俺としてはこの一件でルイスも正常男性って分かってホッとしたというか」
「しかもあれでしょ、オレリアちゃんの義妹の子も酷かったんでしょ。ルイスはそいつも殴れるものなら殴りたかったって言ってたけど、やっぱり最悪な奴でも女の子は殴れなかったんだろうね。まあアデル君殴ろうとしたのも俺が止めて未遂だったけど、それでも騎士が一般人に手を上げたってことでルイスは謹慎中」
息継ぎもちゃんとしているか怪しいくらいのノンストップでまくし立てて、ようやく言いたいことを大方言い終わったのか、クレーベはふうと一息ついた。
「あの、私の所為で、ルイスさん、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫大丈夫!どう考えてもアデル君がクズ過ぎるでしょ! でもルイスは真面目だから騎士が一般人に手を出したなんて駄目だって言って、謹慎受け入れちゃった訳!」
心配顔のオレリアに対して、クレーベはあっけからんとそう言ってのけた。
そればかりか、ハハハと声を上げて笑ってもいる。
「謹慎が解けるのは1週間後くらいかなあ。多分、解けたらすぐオレリアちゃんの所に来ると思うよ。凄く心配してたから」
「……では、待ってます」
「うん、そうしてあげて。ルイスはほんとにいい奴だから、絶対一途で絶対オレリアちゃんの事幸せにしてくれるよ!」
バチンと綺麗なウインクを決めて、クレーベは椅子から立ち上がった。
「じゃあもうそろそろ行こうかな」と椅子を元の位置に戻し、オレリアに別れの挨拶を告げる。
オレリアもそんなクレーベにお礼と挨拶をした。




