再び
「すみません、少しいきなり過ぎました」
「あ、い、いえ……」
「まあそれも全部、オレリアさんがどうしても可愛かった所為ですけれど」
そんな風に愛おしそうに頬を撫でられて、オレリアは沸騰して蒸発してしまいそうだった。
……それからの事はあまり覚えていない。
確か作ってきたクッキーを渡して、ルイスがそれを美味しい美味しいと食べてくれて、穏やかに過ごして、それからまた店を見て少し歩いたような気がする。
アクセサリーを貰った時からそう時間は経っていないだろうが、そろそろ日も落ちてきて辺りはオレンジ色に染まり始めていた。
祭りを楽しんでいた家族連れはそろそろ帰り支度を始めていて、夜からのダンスイベントやパレードに備えてやってきた若者たちが目立つようになる。
屋台も出店もライトをつけ始め、夜の部に備え始めているようだ。
「そろそろ帰りたいですか?それともパレードも見ていきますか?」
夜の部へと姿を替えつつある祭り会場を窺うルイスはオレリアを気遣って質問してくれた。
だがその手は、放したくないと言わんばかりにオレリアの手を握っている。
「……パレード、見たいです」
もしルイスもまだ帰りたくないと思ってくれているのなら、オレリアも同じ気持ちだ。
小さな声で主張すると、ルイスは幸せそうに笑った。
「私も、パレードが見たいと思っていました。オレリアさんと」
王都有名歌劇団の楽隊の生演奏と歌と踊りが見られるパレードはこの祭りの目玉の一つだけあって、とても素晴らしかった。
でもそんな素晴らしいパフォーマンスを見ているのに、隣のルイスが気になって時々その横顔を盗み見してしまった。
ルイスも時々オレリアの様子を窺っていたようで、目が合ってしまうことも何回かあった。
(わたしも、やっぱりルイスさんが好きだな)
(だからとても嬉しいはずなのに)
(でも、私はどうしたらいいのかな)
(だって、私はあと半年しか生きられない)
それを意識し始めると、心なしか腹部にある呪いの痣が痛みだして、オレリアは顔をしかめた。
今まで呪いの痣が痛んだりすることはなかったのに、どうしたのだろう。
気のせいだといいが。
オレリアはそんなことを思いながら、ぼんやりとパレードのライトを見つめていた。
結局その日のオレリアはパレードが終わるまで祭り会場に滞在して、ルイスに送ってもらって見習い騎士寮へと帰宅した。
それから数週間が過ぎた。
「オレリアー!受かったっす!騎士昇格試験受かったっすー!!」
食堂が解放される時間になって、いの一番に飛び込んできたのは、正規騎士採用通知書を片手に跳ね回るアレスだった。
今日は先日の騎士採用試験での結果が発表されたらしく、食堂のホールを見れば顔が明るい騎士見習いと顔が暗い騎士見習いの二つに分けることが出来るようなありさまだった。
そしてアレスは、誰が見ても明るい太陽のような顔をしていた。
オレリアはいつものように仕事に励んでいたが、喜ぶアレスが厨房まで入り込んできたので焼き上がったベーコンを取り分ける作業を中断し、アレスに声をかけた。
「おめでとうございます、アレスさん!」
「ほんと、よかったっす!これでやっと騎士を名乗れるっす!」
「よかったですね!」
アレスが満面の笑顔で喜んでいるので、オレリアも嬉しくなった。
大きく拍手をして、おめでとうを全身で表現する。
そしてオレリアの拍手に合わせてしばらく万歳を繰り返したアレスだが、ハッと気が付いたように急に寂しそうな顔になった。
「嬉しいけど、心残りがあるとすれば、この寮ともすぐおさらばってことっすね。配属はまだ決まってないっすけど、決まり次第この寮は出てくことになるっす」
「そっか……それもそうですよね。ここは見習い騎士寮ですから」
「この思い出沢山の寮ともバイバイなんっすね」
「寂しくなりますね」
「でも俺がいなくなっても、また新しい騎士見習いが入ってくるっす。確か今週から見習い騎士希望の人たちが騎士団の施設を見学に来るらしいっすから、この寮も見に来るかもですね」
「なるほど!」
アレスのような少数の合格者は、正式な騎士団員として騎士寮の部屋が与えられるので見習い騎士寮を出て行く。
そして新しく募った騎士見習い候補から試験を通過した者が数名、騎士見習いとしてこの寮に入ってくる。
どんな人が騎士を目指してこの寮に新しく入寮してくるのだろう。
国と人を守る凛々しい騎士を目指しているくらいなのだから、皆ルイスやアレスのように心優しい人ばかりなのだろう。
新しい人たちとも上手くやっていけるといいな。
報告を終えたアレスが食堂ホールに戻り、オレリアは決意も新たにベーコンを切る作業に戻った。
しかし。
それから数日後、見習い騎士候補として施設を見学に来た若者たちの中に、見たことのある顔が混じっていたことに気が付いて、オレリアは戦慄した。
(どうして)
(どうしてこんなところに)
焦げたような赤い髪。
ひょろりとした長身。
もう会うことはないと思っていた男性だった。
というか、もう会いたくもないと思っていた。
(……そうか。エクレールがもう彼に支払いが出来なくなったから、彼は新しい仕事として騎士になりたいと思ったのかも)
(そもそもエクレールといる時も、従者兼護衛騎士みたいな感じだったし……)
(そういえば、いつだったか憧れてる騎士がいるって話してたのを聞いたことがあったな……)
そうして思い出した男の横顔と、今オレリアが厨房から隠れるように盗み見ているその男性の横顔はまるで同じだった。
オレリアの視線の先にいる男性、それはエクレールが自ら選んで雇っていた、従者のアデルだった。
彼はエクレールの理不尽でたまった鬱憤を、オレリアで発散させていた過去がある。
彼に付けられた痣は今はもう大分薄くなったが、でもまだオレリアの体には残っている。
オレリアは仕事着の上から、そっと腕についた痣を撫でていた。
(アデルは……見習い騎士としてこの寮に入ってくるのかな……)
現在進行形で見習い騎士寮の食堂を見学している見習い騎士候補の一団は、まだ見習い騎士になれると決まったわけではない。
施設を見学したり、いろいろな条件などを確認して軽い採用試験を受けて合格した後に、晴れて見習い騎士になれる。
だからアデルが見習い騎士になれるとまだ決まったわけではないが、でももしかしたらアデルは見習い騎士になるかもしれない。
もしも、と考えると、オレリアの気分は一気に重たくなった。
オレリアが働けるのはあと半年もないけれど、その最後の半年、オレリアは無事に仕事をやり切ることは出来るだろうか。




