贈り物
それから時間はかかったが無事にチョコ掛けフルーツを食べ終え、オレリアとルイスは更なる美味しいものと楽しそうなイベントを探して再び祭り会場を歩き始めた。
歩き始めればやっぱりルイスは手を握ってくれて、オレリアが人にぶつからないように守ってくれた。
その時間は、ドキドキしながらもとても楽しかった。
いいにおいに釣られて厚切りベーコンの串を食べ歩きしたり、しょっぱいものの次は甘いものだと言って甘いクリームロールを買ったり、大道芸人の曲芸を見たり、特設のステージで催されていた手品に歓声を上げたりした。
「凄かったですね!」
片手にフライドポテトを持ったオレリアが手品を見終わってルイスを見上げると、ルイスもとても満足そうな顔をしていた。
「はい、本当に。こんなに楽しいお祭りは初めてです」
「私も、こんなに楽しいお祭りは初めてです。まあ、お祭り自体初めてなのですけど……」
えへへと肩をすくめると、ルイスは心配ないという風にオレリアの手を握りなおした。
「これから、もっと楽しい事があるはずです。私がもっと、オレリアさんを色々なところに連れて行きます」
「あ、ありがとうございます……」
頑張って笑顔でお礼を言いつつ、本当はオレリアの寿命はあと半年くらいしかないからルイスに親切にしてもらえるのも多くてあと数回くらいかな、なんて考えたら少しだけ悲しくなった。
今日を全力で過ごしたいから、顔には決して出さなかったけれど。
ザワザワと賑やかなお祭り会場の中央部を抜けて、ちょっと個性的な雰囲気の店が集まったエリアに来た。
ラフな格好をした貴族のような人もチラチラ見受けられたし、大きな絵画や彫刻などを運んでいる人ともすれ違った。
「このあたりは、アーティストのブースが多くあるようですね」
「アーティスト……!」
「向こうにアクセサリー職人たちの出店もあるようです。見ていきますか?」
「はい、見たいです!」
アクセサリーと聞いて、オレリアは二つ返事で頷いた。
アクセサリーをつけるのは未だに恐れ多いなんて思ってしまわないでもないが、やっぱり可愛いものは好きだ。
しかもお祭りの場で売るようにアーティストが手作りしているというのだから、見るだけでも楽しめそうだ。
「かわいいです……!!」
オレリアは色遣いに引き寄せられてふらりと選んだアクセサリーの露店で、感嘆の声を漏らしていた。
目の前には、繊細な意匠を凝らした手作りのアクセサリーが並んでいる。
雨のしずくのような澄んだ石のピアスに、真珠貝のネックレス。
ピンク珊瑚のブレスレットに、琥珀色に輝く指輪。
どれも作り手の熱意が垣間見れて素敵なアクセサリーだった。
「どれも凝ったデザインですね」
ルイスも感心したように言って、オレリアと並んで女性もののアクセサリーに興味を持ってくれている。
本音のところは、ルイスはそこまでアクセサリーの興味はないのかもしれないが、こうしてオレリアに付き合ってくれるところは本当に優しい。
「オレリアさんはそのブレスレットが気になるのですか?」
オレリアが綺麗な黒い石を繊細にあしらったブレスレットをじっと見つめていたことに気づいてか、ルイスはそう声をかけてきた。
「あ、はい。凄く可愛いなと思って」
「ですね。オレリアさんに似合いそうです」
そう言って微笑んでくれるルイスは気にし無さそうだが、このブレスレットについている黒い石はルイスの瞳の色とそっくりだ。
だから惹かれたという理由もあるのだが、だからこそこれを買ってしまったら気持ち悪がられるだろうか。
オレリアはブレスレットを手に持ったまま考えていた。
「オレリアさん、欲しかったりしますか?」
そんなオレリアの横顔を隣で慎重に観察していたのか、ルイスはオレリアの心を読んだかのようにそう尋ねてきた。
そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか。
「もし良かったらプレゼントします」
「え?」
「オレリアさんに」
「え、あの、その、だ、大丈夫です!ほんとのほんとに大丈夫です!」
ルイスがアクセサリーを贈ると言ってくれたことに気が動転して、かつ純粋に親切なだけのルイスに対して申し訳なさすぎて、オレリアは全力で首を振った。
「……そうですか」
ブンブンと逃げるように拒否をすると、ルイスは心なしか少し寂しそうに頷いた。
それからしばらくクリエイターたちの出店を見て回り、綺麗なアクセサリーや個性的な装飾品を眺めて楽しんだところで、歩き疲れたので手近なところで休憩することにした。
オレリアとルイスが見つけたのは、賑やかな祭り会場の中心から少し離れた場所にあった、水の枯れた噴水の石造りの囲いだ。
乾いていて、座りやすそうだ。
2人はその上に腰かけた。
「沢山素敵なものが見られましたね!」
「そうですね。オレリアさんが楽しめたようでよかったです」
「あっ、ルイスさんも楽しめましたか?」
「はい、勿論です。オレリアさんといると、私はいつも楽しいですよ」
「えっ、そうなんですか? ……そんなこと、言われたの初めてです」
動けば肩が触れてしまいそうな近い距離にルイスが座っていることも相まって、頬が熱くなってきたことを自覚したオレリアは思わず下を向いていた。
だが、ルイスは構わず言葉を続ける。
「それだけじゃなくて、オレリアさんと話すといつも優しい気持ちになれます」
「えっと……そう、だといいんですけど……」
「それから、オレリアさんといると心がホッと安らぎます」
「そ、そうですか……?」
「でもそれだけではなくて、いつも可愛いなと思って見ています」
「えっ」
「今だってそう思っています。今日は、オレリアさんを一日独占できて本当に嬉しかったです」
「……!?」
最後にはもう声が出せなくなって、オレリアは目を見開いて唖然としていた。
ルイスが言っていることの半分くらい理解が出来なかった。
(え、えっと、なんかよく分からなかったんだけど……)
(でも、可愛いって言うのは、捨て猫みたいで可愛いなとか、そういう事かな……?)
(そ、そうだよね。ルイスさんが私と同じ気持ちでいる事なんて絶対有り得ないもんね)
思わず背を向けて真っ赤になった顔を冷ましていたら、ルイスは静かに「そうだ」と何か思い出したようだった。
「……これ、オレリアさんは要らないと言いましたが買ってしまいました。貰ってください」
オレリアとまではいかないが、少し赤くなっているルイスが懐から取り出したのは、小さな紙の袋だった。
ルイスが差し出すその紙の袋を受け取ったオレリアは、首をかしげる。
「これは、なんですか?」
「開けてみればわかります」
ルイスが見守る中、丁寧に包みを開けると綺麗な黒い石のついた華奢なブレスレットが出てきた。
先ほど、オレリアが心を奪われたブレスレットだ。
「これ……!」
キラキラと輝く細いチェーンのブレスレットとルイスの顔を交互に見ながら驚いていると、ルイスは思い切ったように尋ねてきた。
「あの、良かったらオレリアさんに付けてもいいですか?」
「えっ」
「手を出してください」
言われるがままに差し出したオレリアの手を優しく取って、ルイスはそのブレスレットを器用に巻き付けた。
そしてルイスは、オレリアの手元から顔を上げる。
「このブレスレット、黒い石が使ってあるんですよね」
「あ、は、はい……」
「私の瞳の色と一緒です」
オレリアはドキリとした。
やっぱり、ルイスの瞳の色だからとこっそりブレスレットに見入っていた女なんて気持ち悪いだろうか。
ルイスの顔色を窺うと、覚悟していたものとは全然違って、ルイスは恥ずかしいような嬉しいような複雑な顔をしていた。
「……いきなりこんなものを買って贈るなんて酷い独占欲かもしれませんが、このブレスレットが欲しそうだったオレリアさんを見たら我慢できなくなってしまいました」
ブレスレットをつけてくれたルイスの手はそのままオレリアの手を包んでいて、もう片方の彼の手は優しくオレリアの髪を耳にかけていた。
「その時に、これからもずっとオレリアさんを独り占めしたいなと思ったんです」
「えっ?…え、と……」
真っすぐな目で見つめてくれるルイスを前に、オレリアは完全に思考停止してしまっていた。
どう言う意味だろう。
そう言う意味かな?
いやいや、まさかそんな。
思わず顔を伏せて、なんと返事をすれば良いか混乱する頭で考えたけれど、結局なんと言うべきか最後まで思いつかなかった。




