たべあるき
「オレリアさん、行きましょうか」
オレリアは迎えに来てくれたルイスを目の前に緊張していた。
いつもの騎士服とは違って少しだけラフな格好の彼はやっぱり爽やかで格好いい。
「はい」と返事をすると、手を差し出してくれたルイスはオレリアをふわりと馬車に乗せてくれた。
馬車の中では、オレリアとルイスは対面に座っている。
こっそりとルイスを窺うと彼の方もオレリアを見ていたようで、小さく微笑まれた。
(く、クッキー焼いてみたけど、ど、どう切り出せばいいのかな!)
死ぬ前にお菓子を作ってみたかったオレリアは休憩時間に練習して、今日も朝から焼いたクッキーを持参したのだが、綺麗な顔でにこっと笑ってくれるルイスを見て一気に緊張が高まったせいか、そのクッキーを差し出すタイミングも分からなくなってきてしまった。
「オレリアさん、馬車の揺れは大丈夫ですか?」
「あ、えっと、はい!!」
「それならよかった。 それから今日は、天気が良くなってよかったですね」
ルイスにそう言われて、オレリアはチラリと窓の外を見た。
昨日までは怪しげな薄雲があった空だけど、今日は青く明るい空が広がっている。
向こうの方には、朝早く試験に出かけて行ったアレス達騎士見習いがいるであろう王城の競技場も小さく見える。
そしてどこからか、楽しそうな音楽が風に乗って運ばれてきて、オレリアの耳に入った。
「実は今日、城下町でお祭りがあるんです。騎士団結成日ということで大昔に始まったお祭りですが、今はただ賑やかなだけのお祭りです。お祭り、好きですか?」
「あの、行ったことないんです…… でも、楽しみです!」
今日城下町で祭りが行われることはロナウトからチラリと聞いていたが、ルイスが連れていってくれるということで、オレリアはパッと笑顔になった。
「私も今日をとても楽しみにしていました」
笑うオレリアにつられたように、ルイスは楽しそうに笑った。
「美味しい食べ物の屋台もたくさん出ていますよ。オレリアさんはきっと綿飴やチョコレート掛けフルーツが好きでしょうから、案内します」
「はい、楽しみです」
「ええ、楽しみましょう」
城下町の大きなロータリーで馬車が停まり、オレリアはルイスに手を貸してもらって馬車を降りた。
石畳に降り立ち、賑やかな音のする方へを顔を向ける。
そこには上から下まで飾り付けられた建物や、良いにおいを漂わせている屋台、それから各イベントを楽しもうと列をなしている人でいっぱいだった。
貴族も平民も関係なく皆、笑顔で楽しそうだった。
「うわあ……」
見るからに楽しそうなお祭りの雰囲気に、オレリアは思わず声を上げた。
「オレリアさん、手を繋ぎましょう」
「え?」
楽しそうな熱気あふれる人込みを見ながら凄い凄いと歓声を上げていると、横にいたルイスが小さく手を差し出してきた。
「繋ぎませんか?」
「あ、えっと……」
丁度いいタイミングで横を通り過ぎて行った仲良さげなカップルの姿を見てオレリアが口籠ると、ルイスはもう返事を待たずにオレリアの手を握りこんでいた。
「この方がきっといいですよ」
「え、えっと、そ、そうですね……!?」
とは言ったものの、オレリアは早くも震え始めていた。
(い、い、い、いや、だめ!よ、よくない……っ!!!)
ルイスの大きな手に包み込まれたオレリアの左手は途端に汗をダバダバかき始めて、心臓はバクバクと壊れんばかりに鳴りだしたのだ。
かと言って、ルイスが大事そうに手を握ってくれるのを振りほどくことも出来ない。
オレリアは緊張のあまり失神してしまいそうだった。
「人が多いですから、気を付けて」
「は、はい……うぐ!」
注意された傍から、前から来た人にぶつかってしまう。
ルイスはオレリアを引き寄せて前から来た人を避けようとしてくれたようだが、オレリアがぼんやりしていたせいで結局当たってしまったのだ。
「オレリアさん、大丈夫ですか?」
ルイスがオレリアの顔を覗き込んでくる。
綺麗な彼の顔が目の前でアップになったので、オレリアは驚いた。
「ぜ、全然!全然大丈夫です!」
「そうですか。大丈夫なら良いのですけれど」
それからもルイスは歩幅を合わせて歩いてくれて、もう人にぶつかることが無いようにとオレリアを気遣って歩いてくれた。
その間にもすれ違った女の子たちが「あっ」と声を上げてルイスを振り返ったりしていたので、(ルイスさんは振り返りたくなるくらいかっこいいよね!)と思うと同時に(そんなルイスさんに手を繋いでもらってるなんて、これは本当に現実かな……?)と複雑な気持ちだった。
「オレリアさん。あの屋台、気になりませんか?南国の果物にチョコレートが掛けてありますよ!」
「えっ?どこですか?!」
ルイスが指を指した方向には、たくさんの屋台が軒を連ねている。
香ばしい音を立てている屋台もあれば、カラフルで人目を引く屋台もある。
ルイスが言っているのはどの屋台の事だろう。
隣のルイスを見上げると、彼は優しく微笑んでオレリアを屋台の全貌が見やすいところまで連れてきてくれた。
「ほらあそこ。人だかりができているところです」
「甘い匂いの屋台……気になります!」
「では早速並んでみましょう」
涼しげな顔をしているが甘いもの好きなルイスは、オレリアの手を優しく引っ張った。
無邪気な顔になったルイスを見たオレリアはふっと微笑んで、彼の後について出来ていた列に並ぶ。
ワクワクしながら暫く並んで手に入れた物は、南国フルーツのチョコレート掛けだった。
最初にルイスが話していたものだ。
これまたオレリアは初めて見る食べ物だが、甘い匂いが魅力的で、艶々した見た目がアクセサリーか何かのようだ。
オレリアは一番人気のバナナを選び、ルイスはちょっと変わり種のメロンを選んでいた。
バナナにはミルクチョコレートがたっぷりかかっていて、メロンには白く輝くホワイトチョコレートがたっぷりとかかっている。
そんなチョコレート掛けフルーツを手に持ってホクホクしながら、オレリアとルイスは落ち着ける場所に移動して、空いていたベンチを見つけて腰掛けた。
「美味しそう!いただきます!」
「ですね。いただきます」
ぱくり。
チョコレート掛けバナナを一口齧ると、バナナのもったりした濃厚な甘さとチョコレートの少しほろ苦い風味がとても良く合って美味しい。
オレリアは夢中で齧りついていた。
「なんだか、オレリアさんと初めて会った時もこんな感じでしたね」
声を掛けられてオレリアが顔を上げると、チョコ掛けメロンを半分ほど齧ったルイスがチョコバナナを頬張るオレリアを見て微笑んでいた。
「オレリアさんは、その時もほっぺに甘いものをつけていました」
すっと手が伸びてくる。
何かなと思って見ていると、伸びてきたルイスの手はどれだけオレリアに近づいてきても止まらず、最終的にほっぺたに触れた。
優しく拭われて、そこでオレリアはハッと気が付く。
「す、すみません!チョコレート、ついていましたか!?」
「はい」
くすくすと笑いながら、ルイスは自然な動作でオレリアの頬から拭い取ったチョコレートを舐めた。
少し色っぽいその動作に吃驚して、そして何故かまたドキドキし始めて、オレリアはアワアワと視線を彷徨わせた。
しかし、ルイスは更にオレリアの方に身を寄せてきた。
「オレリアさんのチョコレート掛けバナナ、少し味見しても良いですか?」
「えっ?」
「私のメロンも食べてもよいので」
「えっ? ……あの、私、食べかけしか持ってなくて……」
確かにこのチョコレート掛けバナナはルイスに味見して欲しいくらい美味しい。
こんなことなら、最初の一口をルイスにあげるべきだった。
もう後悔しても遅いけれど、ルイスはそんなことは気にしていないようだった。
「全然、構いません。オレリアさんがあんまりおいしそうに食べるので、私はオレリアさんが食べているそれを味見したいと思っただけなので」
「じゃ、じゃあ……」
オレリアがそっとチョコ掛けバナナを差し出すと、ルイスはそれを受け取ることはせず、そのままぱくりと一口食べた。
「やっぱりおいしいですね」
チョコ掛けバナナを頬張ったルイスは頷いていたけれど、少しだけ耳が赤かった。
だがオレリアの方は、パンク寸前である。
食べ物を食べさせるなんてなんだかとても親密な関係になったようで、目が回ってしまいそうだ。




