試合のその後
結局、剣技大会の決勝戦は第二王子陣営のルイスとクレーベで行われ、競り合いの末ルイスの優勝で幕を閉じた。
表彰式でのルイスは、舞台の上で国王陛下から盾を賜り、ディートリヒと共に花束を受け取っていた。
ルイスが最強の証である盾を掲げると、表彰式の舞台前に移動している観客たちからは黄色い声が沸き上がる。
やっぱりかっこいいなと思いながら、オレリアもこっそりとルイスに視線を送っていた。
『ゆうしょうです』
(あっ!ルイスさん、こっちっ見てる気がする!)
(私……私かな?!)
ルイスの顔がふっと緩みんで口が小さく動いたので、オレリアは周りを確認してどうやら自分に話しかけているようだと慎重に判断してから、声を出さずに返事をした。
『おめでとうございます』
『ありがとうございます』
オレリアがパチパチと手を叩いて見せると、ルイスは嬉しそうに笑った。
その顔が何だか少年のように無邪気で、心臓がどきんと高鳴った。
それはオレリアだけでなく客席の他の令嬢達もそうだったようで、キャーという歓声がひときわ大きくなる。
(ほんとに、心臓に悪いなあ……)
(早死にしそうだなあ……。いや、たしかにほんとにあと半年ちょっとで死んじゃうけど)
ぬるり。
先ほどまで客席で感じていた爽やかな風とは違い、まとわりつくような空気が肌を撫でた。
この唐突な感覚は、あれだ。
魔物だ。
オレリアに呪いをかけた魔物ベリアル。
『ああ、何と紛らわしい。最近君の脈がやけに早かったり体が沸騰したのかと思うほど体温が熱くなったりしていて感染症の類を疑っていましたが、蓋を開けてみればなんと惚れた腫れたのお話でしたか。あの健康で生命力が強そうな男が好きなのですね。それでいつもドキドキバクバクと煩い。そうなのですね、オレリア・エンフィールド』
いつもは風と共に聞こえる声だけの存在だが、今日はぼんやりとその姿が見えていた。
真っ黒で大きくて、フワフワしていて邪悪な角が二本生えている。
オレリアはベリアルの独り言のようにも聞こえた第一声を無視して、質問してみた。
「それ、貴方の姿……?」
『ええ、見えるようになってきましたか。君の腹にある痣も順調に心臓へ向かっているでしょう?それは私がどんどん君に介入できるようになっている証ですよ』
「そっか……それ、止める方法ってあるの?」
『知りたいのですか、オレリア・エンフィールド。……ああ、これは質問ではありません。君が何と答えても、私は教える気はありません。というよりいいえ、私が君の寿命を戴くことを、君はどうしたって止められはしないのですよ。残念なことにね』
「うん……そうだよね」
『なんです、残念そうな顔をして。もっと生きていたくなりました?初めて会った時は寿命なんて要らないという顔をしていたというのに。ですが、私に救いを求めても無駄ですよ。私は慈悲だの情だのそういうものを持ち合わせる種族ではありませんからね』
ベリアルはフワフワの腕に顎を載せてごろりと転がってから、プルプルと首を振った。
『もう質問はないですね?私は君が病気でないことが確認したかっただけなので、今日はこれにてお暇するさせていただきますよ』
ぬるりと頬を撫でて、ベリアルの姿は風とともに消えた。
魔物が消えてからも、オレリアは人気のない客席で一人じっと座っていた。
競技場のすぐ隣に併設された舞台を見つめる。
表彰式が終わって閉会式が終わった後も、ルイスは煌びやかな令嬢や偉そうな貴族の人たちに囲まれているようでオレリアのいる第二王子の客席まではなかなか帰ってこなかった。
(元々人気も凄かったけど、やっぱり優勝すると凄いんだなあ)
(みんなから話しかけられて、みんなに尊敬されて凄い)
遠くで人に囲まれているルイスを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
やっぱり、ルイスは自分とはうんと離れた遠いところにいる人だ。
本来なら自分は喋ることも出来ないような人。
オレリアは招待客なので自分一人でさっさと帰ってしまう訳にもいかず、客席の隅の椅子に座ってルイスを待っていた。
「お待たせしました、オレリアさん!」
そしてやっと人々に解放されたルイスがオレリアのいる客席に帰ってきた。
扉付近にいた第二王子の侍女に盾を預け、花束だけ持って真っすぐオレリアの方へ向かってくる。
オレリアはパッと立ち上がってルイスを出迎えた。
「すみません。すぐにでもここに来たかったのですが、人に囲まれてしまって」
「いえいえいえ!それより優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「それと、もう大丈夫なのですか?もっと色々な方がもっとルイスさんと話したがってるのではないですか?」
「いいんです。それに半分以上は、実は私ではなくディートリヒ殿下と話したがっているんです。やっぱり騎士の栄誉は主の栄誉でもありますから」
ルイスは綺麗な顔で優しく微笑み、オレリアはその笑顔に安心した。
彼が微笑んでくれると、いつも優しい気持ちになる。
でも同時に、またベリアルが驚いて様子を見に来てしまうかもしれないくらい心臓もドキドキ鳴っている。
「あの、オレリアさん。この花束、欲しいですか?」
「えっ?」
おもむろに、ルイスが抱えている花束を小さく示した。
大きな花束で、オレリアが見たこともないような美しい花が溢れんばかりに咲き誇っている。
近くにいると、甘く麗しい香りもする。
「オレリアさんに沢山応援していただいたので、お礼にと。良かったら是非」
「えっ、でも、ルイスさんが貰った物だし、とっても大きくて私の狭い部屋には飾れるところが……」
「ああ……失礼しました。確かにこんな大きなものを渡されても困ってしまいますよね。 では、少し失礼します」
ルイスは大きな花束から一本特に見事に咲き誇っているグラジオンの花を抜き取り、オレリアの髪に差してくれた。
綺麗な薄紅色の花が、オレリアの灰色の髪によく映える。
「こ、こんな珍しい花、いいんですか?!」
「はい」
「あ、ありがとうございます!」
オレリアがぺこりとお辞儀をすると髪に差された花が少しだけズレた感覚があった。
危ない危ない。
折角ルイスが髪に刺してくれたのだから、落としたりしたくない。
さりげなく花を直していると、ルイスが「そういえば」と別の話題を切り出した。
「オレリアさん、この後もお時間ありますか?ディートリヒ殿下が身内だけの祝勝会のパーティを開くそうです。よろしければ、私と来てくれませんか?」
「えっ、良いのですか?」
「ええ、勿論。王城には貸し出し用の衣裳部屋もありますから、そこでオレリアさんのドレスも選んでから行きますか?」
オレリアはその提案に、瞳をきらめかせて頷いた。




