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13.赤

(ふぅ…外の空気が気持ち良い。涼しいわね)

イザベラはバルコニーで火照った身体を休ませていた。

本音を言うと、ハリスに耳元で囁かれた際に少し焦っていたのだ。

(先に、身体の相性を検証するとは思わなかったわ…)

それは最後だと思っていたので一瞬、思考が止まりかけた。

結果的に今日ではなくなったが。


「イザベラ嬢」

「まぁ…第一王子殿下、ご機嫌麗しゅう」

背後から声をかけられ、振り返るとハリスの異母兄である第一王子が立っていた。

「ああ、畏まらなくて良い。今宵の女神に一目会いたいと、こちらから足を運んだのだから」

「ふふ、殿下はいつも褒め上手で、敵いませんわ」

「いつでも貴女は美しいから、たたえる言葉しか出ないのですよ。弟が執心するのも無理もない」

イザベラの手を取り、彼は口付けた。

正室の嫡男である第一王子、セドリック・ラ・オルシェ。

アッシュグレーの髪にガーネットのような()()瞳。

年はイザベラの1つ上だ。

「今日のドレスは本当に見事だ。イザベラ嬢の魅力に勝るご令嬢はいないでしょう」

セドリックが身体を詰めてきたが、イザベラは笑顔のまま動じない。

彼は好色家として有名だ。

これまで何度口説かれたことか。


「セドリック様…ワインをお持ちしました」

「ありがとう、フレア」

「お久しぶりですイザベラ様。ご機嫌いかがですか?」

ワインを持って現れたのは、公爵家の息女フレア。

オフホワイトの髪と白い肌が儚げな印象で、所作も美しく淑女の鑑と言われるに相応しい。

そして、セドリックの現婚約者である。

「フレア様、本当に久しぶりですね。お会いできて嬉しいわ」

彼女は赤ワインのグラスを2つ持っていた。

(あら…?)

1つはセドリックのために持ってきたのだろう、そしてもう1つは彼女のグラスと認識するのが普通である。

(フレア様はお酒が苦手と、お聞きしていたけれど…)

彼女は左手に持っていた銀のグラスを殿下に手渡した。

その際、イザベラの鼻に芳しいワインの香りが流れてきた。

(これは…)

黒味掛くろみががった色の濃い赤ワイン、ベリー系のスパイシーで奥深い香り、記憶が正しければアルコール度数が高い。

さっと、彼女が右手に持っているグラスに視線を向ける。

色合いからしてセドリックと同じワインだ。

だが、フレアのグラスは銀ではない。


彼女は自分のグラスを傾けようとした。

その指が、ほんの少し震えている。


ふわり、とイザベラは静かに手を動かし、彼女の唇に人差し指を添えて塞いでしまう。

「え…?」


驚いたフレアがイザベラに顔を向けると、愛おしいものを見るかのようにイザベラは微笑んだ。

「フレア様、わたくしさきほどまでダンスを踊っていて喉が乾いておりましたの。このワインをいただけないかしら」

「…これは…」


つい、とイザベラがフレアの手からグラスを取り上げ、そのままグラスをあおった。

なまめかしい喉を露呈し、中のワインを一度で飲み干す。


「イ、ザベラ様…」

「やっぱり、こちらセドリック殿下がお好きなワインですね?野性味が強くて美味しゅうございますわ」

「…イザベラ嬢の口に合いましたか。好き嫌いが分かれる酒ですが、味がわかるとは素晴らしい」

「ふふ、でも強いお酒なので酔いが回るのも早そうですわ。フレア様、一緒に踊りませんか?」

「え?わ、私ですか?」

うふふ、とイザベラはフレアの手を引きホールに出た。

イザベラが男性パートを踊り、フレアをリードする。

女性同士など滅多にないが、相手がイザベラだとわかると周囲は黙認した。


一曲踊り終え、イザベラはフレアの手を握ったまま、セドリックの元に戻る。

「殿下、フレア様を借りてしまい申し訳ございません。殿下と先に踊るべきでしたのに…」

「はは、構わないよ。フレアとは最初に済ませたから」

「いいえ、そうではなく、殿下と踊ってからフレア様と踊るべきでしたわ」

「そっちか?」

わたくし、まだまだ舞い足りません。恐れながら殿下にお願いしても?」

「…足は踏まないな?」

「もちろんです、ご安心ください。是非、今宵の素敵な思い出をくださいませ」

とろん、とした目で小首を傾げセドリックに願い出る。

イザベラの顔は少し赤く、若干酔っているようだ。

「…こちらこそ、女神の相手とは光栄だ」

二人はホールに出て、誰もが感嘆するダンスを披露した。


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「ハリス様っ、ルーカス様ぁ…」

彼らが会場に戻ると、リリアンヌが駆け寄ってきた。

「お姉様が変なんです!」

「何…⁉︎」

二人はイザベラを目で探すと、端の方で幼いご令嬢と踊っていた。

「……どのあたりが?」

「イザベラ様が女性同士で、ってのは今に始まったことじゃないだろ?」

イザベラの突拍子もないところはハリスもルーカスも慣れてきたあたり、確実に毒されている。


「それはいつものことなので問題ありません!何かこう…張り詰めているというか…」

「俺には楽しそうに見えるけど?」

「一見そう見えますが、さっき私に帰るよう言われたんです。お姉様に言われたので私は帰りますが、どうかお姉様のそばにいてあげて下さい」

リリアンヌが心配そうな顔で頼み込む。

(お姉様は優しい顔で言ってたけど、あれは有無を言わせないものだった)

何かあったのだろう、リリアンヌを気遣う素振りをしていたので、私はここにいない方が良いということだ。


「わかった。イザベラ様が帰るまで傍にいよう」

「ありがとうございます!宜しくお願いいたします…」

後ろ髪を引かれる思いだったが、姉の言う通りリリアンヌは会場から去っていった。

ハリスとルーカスはイザベラに歩み寄る。


「あら!殿下、ルーカス様。また踊りますか?」

ふわっと振り返ったイザベラからはお酒の香りがした。

「イザベラ様、少し酔ってますか?」

「ええ。少々強いお酒をいただいて、ふわふわしていますわ。でも楽しいです。ルーカス様、踊りましょう?」

「はい?」

イザベラはルーカスを引っ張り、踊り始めた。

とても身体が密着している。

(何だ?イザベラ様は酔うと ああなるのか…?)

あとでルーカスに蹴りを入れると決めつつ、ハリスはイザベラを注視した。


「さあ、次は殿下」

ハリスに手が差し伸べられる。

断る理由はないので、手を重ねホールの中央でステップを踏み始める。

ルーカスの時のように、お互い密着していた。


「ハリス様…そのままお聞き下さい。先ほど、第一王子殿下とフレア様がいらっしゃいました」

声を潜めて耳元で囁く。

「彼女が毒の入ったワインを飲もうとされたので、わたくしが飲みました」

イザベラは笑顔のまま続けた。

「量は致死量未満でしたが、彼女が飲めばどちらに転ぶかわかりませんわ」

「貴女は今、毒を飲んでいながら踊っているのですか?」

「左様でございます」

「なら、すぐに別室に…」

「いいえ、殿下」

イザベラは静かに言った。

わたくしは第一王子殿下が退出されるまで、帰りません」


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