11.女心(リリアンヌ視点)
リリアンヌの一人称は普通に「私」です。
こんにちは、私の名前はリリアンヌ・フローレン。
この国では15になると、婚約とアカデミーの入学が可能になります。
私も先日15を迎え、アカデミーに入学しました。
アカデミーといっても学ぶものは基礎的なものなので、難しくありません。
貴族のアカデミーは、主に交流を目的として通います。
ちなみに入学するかどうかは個人の自由なので、イザベラお姉様とお兄様たちは通わなかったそうです。
「こんにちは、リリアンヌ嬢」
「ハリス殿下!」
何やらどよめきと女子の黄色い声が聞こえると思ったら、私の前にハリス殿下が現れました!
お姉様にご紹介いただいてから何度かお会いしていますが、今日もお美しい!
殿下のプラチナブランドが太陽の光を浴びて、透き通っています。
なんと神々しい…!
「どうされましたか?」
「はっ!すみません、何でもありません…!
わ、私にご用でしょうか?」
周囲の視線が一身に私たちに向けられて、私はちょっと落ち着かない気持ちです。
殿下はぜひ昼食を一緒にしたい、と仰られました。
話せる範囲で構わないので、私から見たイザベラお姉様のお話が聞きたいとのこと。
(好きな人のことを、もっと知りたいということね!)
お姉様の話が出来るならば、断る理由はありません。
私は嬉々として殿下のあとに付いて行きました。
「素敵なガーデンテラス…!」
そこには整えられた綺麗な庭園と、昼食がテーブルの上に準備されていました。
今日は天気も良いので、こんな所で食べられたらとても気持ちが良さそう!
(でも、この庭園にテーブルや椅子ってあったかな?)
「こちらにどうぞ、日陰なので眩しくないですよ」
「ありがとうございます」
まあ実際にあるのだから、深く考えても意味がない。
私は殿下と昼食をとりながら、お姉様の話を始めることにしました。
「それでですね、お姉様の美貌は努力の賜物なのです!」
「薄い化粧でも美しいよね」
「そう、そうなのです!それは綺麗な肌を保ってらっしゃるから!たまにお姉様の元が良いからと妬む方もおりますが、お姉様だって努力されています。美容についてたくさん知っているのは、『私が試して効果がわかれば、悩んでいる方に伝えることができるでしょう?』と言って自ら試しているからです」
「イザベラ様らしい」
いつの間にかハリスの口調は気軽なものとなっている。
リリアンヌの方が身分も低いので、全く気にしていない。
「お姉様は何でもできるように見えますが、実はお料理は上手じゃないんです」
お姉様のことを語れるお友達ができたようで、私は嬉しくなりコソッと教えてしまう。
ちなみにお姉様も隠していることではないので、特に問題ありません。
「本当に?」
「はい。捌いたりは職人顔負けですが、調理となるとどうも…」
見た目だったり味だったりが複雑な物が出来上がります。
尚、姉は料理に関しては努力を早々に諦めた。
かわりに[食べられないもの以外は何でも食べる]という斜め上の努力の末、身体に害がなければどんな物でも食べる。
ふるり、と私は思わず身震いしてしまいました。
「あ!あと、人から貰ったものを捨てられないのです」
殿下はまだ聞きたそうにしてましたが、ちょっと良くないことを思い出したので、別の話題にそらしましょう!
「お姉様が人からいただいた物を保管する部屋が、5部屋あるんです」
「そんなに?何を保管しているんだい?」
「お茶会やパーティーの紹介状とか、お誕生日のプレゼント、孤児院の子供から貰ったものや、ラブレター(男女問わず)など、あらゆるものですね。怪文書まで取ってます」
「…怪文書…?」
「たぶん、お姉様への愛を綴ったものだと思われます。私も見てはいないのですが…」
リリアンヌ様は見てはいけません!と青ざめたサーシャの手で目隠しされてしまったので、少しも見えなかった。
お父様や使用人が何を言っても、お姉様は頑として捨てないため、怪文書を燃やそうとするお父様たちVSお姉様の、ちょっとしたお家騒動がありました。
結局お姉様がどこかに隠してしまって、行方知れずです。
「でも、『これは敢えて無くした方が良いのかしら?』って、たまに困った顔で聞いてくるときがあるんです。そのときのお姉様はとっても可愛らしいんですよ」
例えば既に婚約された殿方の、お姉様宛の昔のラブレターとか。
怪文書は捨てないが、相手が後々困るかもしれないものは延々と悩んで相談にくる姉。
困った顔はあまり見れないので貴重です。
悩ましげなお姉様も妖艶で、私は心の中で書き手にグッジョブしています。
「へぇ…あんなに魅力的な人だから、男性からのアプローチも凄いだろうね」
「…確かにお姉様に好意を寄せる方は多いですが、告白が目的の方が大半だったような…」
今は落ち着いたが、『ずっと好きでした!返事はわかっています、結ばれなくても良いんです…この気持ちを、貴女に伝えたかっただけなんです』と玉砕前提で告白している人を何回か目にした。
堂々たるイザベラと、ハンカチ片手に告白している男性。
何故か男性のはずなのに、いつの間にか乙女に見えてくるので不思議である。
最近見かけたのは顔を赤くして手紙だけ手渡し、脱兎の勢いで走る…あれ?男の人だっけ、女性だったかな?
とにかく男女からモテるので、たまに相手の性別がわからない。
「イザベラ様が恋をしている様子が、想像できないな」
くすり、と殿下が苦笑いされた。
おや?
(なんとなく、既視感があるような…)
―あ。
「ふふっ」
「リリアンヌ嬢?」
「あ!すみません。急に笑ってしまって…以前、殿下と似たようなことをお父様たちが言っていたのを思い出して、つい」
だいぶ前なので、忘れていた。
「確か、イザベラお姉様が15になって婚約を申し込む手紙が山のように届いた日です。中には肖像画が添えてある手紙もあって、お父様が肖像画を見せながらお姉様の反応を確かめていました」
父の後ろではセバスが祈るように見守っていた。
「私も一緒に眺めていて、格好良い!と一目惚れしそうな肖像画もあったのですが、お姉様は…」
『綺麗な方ですね』
『あら、この方は歯並びが良いですわ』
『こちらは自然体な姿が描かれていて素敵です』
全ての肖像画に対して、均一の反応だった。
『イザベラ…良い点を見つけるのは凄いと思うが、その、これは美術品ではなく婚約者候補の肖像画なんだ…!』
父ダリフが、言いたくないけど言わねばならぬ!という複雑な顔で唸っている。
『ほら、リリアンヌは少し顔を赤らめているぞ』
『お姉様!この方、格好良くないですか?』
『そうね、凛々しくて男らしい青年になりそうだわ。でも外見だけで判断しないようにね、リリアンヌ』
『わかりました!どんな方が良いですか?』
『リリアンヌの婚約者は、貴女を生涯大切にしてくれる方が望ましいわ。もし貴女を守る強さが足りなければ、強くなるまで私が二人とも守るから御出でなさい』
そう私に言ったお姉様は、肖像画の人より格好良かったです。
『はは…イザベラは恋をするのだろうか…。この子がリリアンヌのように顔を赤くする姿が、想像できない』
「お父様も苦笑いしていましたが、男性って難しく考えますよね。イザベラお姉様となると仕方ないとは思いますが…」
「…答えは、もっとシンプルだと?」
「はい。お姉様も一人の女性ですから」
にこっ、とリリアンヌはハリスに笑顔を見せる。
姉は女性が好きだが、恋愛対象は男性だ。
強くて、見目よし、性格よし、お金持ちで男前な甲斐性のある独身男性がいたとしよう。
そんな男と結婚したくない、という女性は少ないだろう。
イザベラやリリアンヌも嫌ではない、むしろウェルカムである。
ただ―
「お姉様よりも強く、男前な方がいらっしゃれば、きっと恋をされますよ」
姉は強く、艶やかで、そして女性からもモテる。
リリアンヌは、これまで姉以上の男前を見たことがない。
その姉が靡かないということは、
「早く、お姉様を超える男性が現れて欲しいです。そして恋するお姉様を目に焼き付けたい!」
「なるほど」
一つ頷き、殿下が腑に落ちた、という顔をされました。