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 あまりの勢いに呑まれてしまい、ルーディアナはそこから一歩も動けない。

 だが、伯爵家の護衛を務める男性は瞬時に反応してスッと前に出ると、ルーディアナを己の背にかばった。

 それでも、フィシオの従妹は足を止めることなく、グルリと回り込む。

 その素早さは、護衛も驚くほどのものだった。

「ルーディアナ様! あぁ、本物でいらっしゃるのね! ええ、そうだわ。こんなにも美しくて凛とされた方は、この世に二人といないもの!」

 歓喜の雄叫びを上げた彼女は、やや頬を引きつらせているルーディアナに飛びかかった。

 

 いや、本人にしてみたら、喜びのあまりに抱き付こうとしただけなのだろう。


 とはいえ、鼻息も荒く、血走った目を向けてくる様子に、歳の割には肝が据わっているルーディアナも、さすがにたじろいだ。

 伸ばされた小さな手がルーディアナに触れる寸前、横から伸びてきた大きな手にバシンと音を立てて叩き落とされた。

「アーリル! あれほど、大人しくしろと言ったじゃないか!」

 護衛の背にいたルーディアナを、フィシオが両腕でしっかりと抱き寄せる。

 その声に、アーリルと呼ばれたフィシオの従妹が、ハッと息を呑んだ。

「ご、ごめんなさい……。ルーディアナ様のお姿を目にしたら、感動で我を忘れてしまって……」

 これまでの勇ましさはどこへやら、アーリルはしょんぼりと肩を落とし、力なく俯く。

 その姿はイノシシや山猿とは思えず、可愛らしい令嬢そのものだった。


――わたくしの想像以上に、快活な方だったわ……。まぁ、落ち着かれたら、大丈夫かしら?


 ルーディアナは小さく息を吸い込むと、彼女に声を掛ける。

「アーリル様」

 すると、呼ばれた彼女はパッと顔を上げ、クワッと目を見開いた。おまけに、鼻息もやけに荒くなる。

 思わず、ルーディアナはギュッと身を縮める。

 そんな彼女に、フィシオは疲れた声音で話しかけてきた。

「これで、分かっただろ。アーリルがどれほど危険なのか」

 頷きそうになるのを寸でのところで堪えたルーディアナの耳に、不満もあらわな声が届く。

「失礼ね! 敬愛してやまないルーディアナ様に、私が危害を加えるはずないじゃない!」

「俺の言葉を無視して、突っ走ったじゃないか」

「それは、愛ゆえの行動よ! ルーディアナ様がいらっしゃると聞いたら、居ても立ってもいられなくて当然だし、お姿を目にしたら、抱き付きたい衝動に駆られるのも仕方ないじゃない! っていうか、フィシオ! ルーディアナ様に抱き付いているんじゃないわよ! その場所を私に譲って!」

「大きな声を出すな。ルーが脅えている」

「わ、分かったわよ……」

 フィシオの言葉を聞いて、アーリルは渋々といった感じで引き下がった。


 それから三人は少しだけ話をし、誕生会の時間が迫っていることもあり、ルーディアナとフィシオは先に伯爵邸に戻ることにした。

 アーリルが恨めしそうにフィシオを睨んでいたが、そこにルーディアナが、「のちほど、ゆっくりとお話ししましょう」と提案したら、アーリルはパァッと顔を輝かせた。

「私、支度をしてきます!」

 アーリルはルーディアナにペコリと頭を下げると、階段を早足で昇って行った。

 



 馬車に乗り込んだルーディアナとフィシオは、お互いに苦笑を浮かべる。

「なんか、悪かった」

 ふいに謝ってくるフィシオに、ルーディアナはソッと首を傾げた。

「フィシオ様が謝ることなど、なにもないですわ。私のほうこそ、謝らなくては。事情も聞かずに、一方的な振る舞いをしてしまいまして、申し訳ありませんでした」

「だから、ルーは謝らなくていいんだよ」

 フィシオは左隣に座る彼女の髪を、優しく撫でる。

 その感触が心地よくて、ルーディアナは逞しい体にソッと身を寄せた。

「わたくし、ずっと気になっていたことがありますの。どうして、わたくしのことを、その……『好き』とおっしゃってくださらなかったのかと……」

 表情、視線、しぐさ、手土産には、フィシオの想いが詰まっていたように感じていた。


 しかし、肝心の言葉をもらっていなかったせいで、ルーディアナはとんでもない誤解をしてしまったのだ。


 屋敷に戻ったら、きっと慌ただしい時間が待っていることだろう。

 だから、ルーディアナは今のうちに訊いておきたかった。

 すると、フィシオが彼女の肩を優しく抱き寄せる。

 そして、頬どころか耳まで赤く染めた彼が、ポツリ、ポツリと呟くように告げた。

「それは、その……。ルーへの愛情が深すぎて、軽々しく口にできなかったと言うか。それに、簡単に好意を伝えるのは浮ついていると思われるから気を付けろと、友人たちに言われていて……。ほんの一欠けらだって、俺はルーに嫌われたくなかったんだ」

 それを聞いているルーディアナの顔も、フィシオに負けないほど赤く染まっている。

「まぁ、そうでしたのね……。フィシオ様のお気持ちをいただけないのは、わたくしが至らぬものだとばかり……」

 すると、彼女の肩にある手にグッと力がこもる。

「そんなはずはない。ルーはいつだって、世界で一番素敵な女性だよ」

「フィシオ様こそ、世界で一番素敵な男性ですわ」

 真っ赤な顔のまま、ルーディアナがソッと告げた。

 それから、彼女はフィシオの肩に自身の頬を乗せる。

 フィシオはゆっくりと息を吐き、ふたたび口を開く。

「俺が気持ちをはっきり言葉にしなかったから、不安に思ったルーが、許嫁を解消しようと言い出したんだよな。やっぱり、俺が悪かった」

 ルーディアナは小さく首を横に振った。

「いいえ。想いをきちんと言葉にしなかったわたくしも同罪ですわ。言葉はとても大事ですわね。そのことを、強く実感いたしましたわ」

「ああ、本当だ。この先はお互いの気持ちを、正直に話すことにしよう。こんなすれ違いは、二度とごめんだ」

「ええ、そうですわね」

 カタカタと揺れる馬車の中で、フィシオとルーディアナはクスクスと軽やかな笑みを零した。



最後までお付き合いありがとうございました。


どの小説も書くことが難しいですが、異世界物は特に難しいですね。

現代物よりも、設定に悩みます。


9話をもちまして完結となりますが、小話程度のネタがいくつかありますので、形にすることができましたら、投稿する予定です。

気長にお待ちいただけると幸いです。



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