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EP03 ◆ きみの面影 #09

 * * *


 翌日、ムクロが出掛ける準備をしていると、イチゴが「今日は買った本を読む」と言い出した。

「一緒に出掛けないんですか?」とムクロは寂しげな顔をする。

「今日はお留守番してようかなぁ、って……ダメ?」

 そう言いながら、イチゴは既にベッドの上に絵本を並べていた。

「駄目ではないですけど、昨日は『チュロスも食べたい』って言ってましたよね? まだ食べてなかったから」


「うん? ムクロひとりで出掛けて来てもいいんだぞ?」

 ホテルに備え付けの新聞をのんびり読んでいたアマネが、二人のやりとりを聞いて顔を上げる。

「でも……」

「買い物は昨日で済んだんだよな?」とアマネがイチゴに問うと、満足げな笑顔が返って来た。

「うん、いっぱい買った。ムクロもお服一枚買ったよね。それ、似合ってるよ」


 ムクロも昨日、イチゴに強く勧められて私服を一枚新調していた。タックギャザーが前後に入っているスタンドカラーのシャツで、ギャザーが華奢な体型をカバーするようなデザインである。

 ブルーグレーの地に白でストライプが入っており、全体的な印象は柔らかいのに女性的過ぎないところが、ムクロも気に入った。


「今日は俺も出掛ける用事がないし、ここで過ごそうと考えていたんだ。情報収集ならホテルの端末でも充分だからな。新聞を読むのも久し振りだから退屈はしない」

 実際、アマネは出掛けるつもりがないらしい。頭は寝癖を手で撫でつけた程度で、髭もまだ剃っていない。

「アマネ、何読んでるの?」

 イチゴが紙面を覗き込んだが、すぐに顔をしかめる。

「ねえこれ、わかんない記号がいっぱい書いてあるよ? まんがはある?」


「これは(FE)(AU)の新聞だ。書いてあるのは漢字とひらがな、カタカナ――でもほら、一部共通語も書いてあるだろう?」

 アマネはイチゴの反応が面白かったのか、国際ニュースを表示させて見せる。

 タブロイドサイズのシリコンペーパーでできている『新聞』はホテルの備え付けで、各社の新聞を選んで表示させられるものだった。


「まんがは?」

「漫画かぁ……確か子ども向けの新聞もあったな。プリントするかい?」

 簡単なクロスワードや間違い探し、その他にはぬりえや児童用図書の紹介などが掲載されている新聞を表示させて、プリントボタンを押す。

「まぁ、たまには俺もこんな風に過ごしてみようかと思ってね。だからムクロ、お前も好きなことをして来たらいい」

 デスクの端から吐き出された紙をイチゴに渡しながら、アマネはムクロに顔を向ける。


「赤ん坊の世話というなら俺ひとりでは心許ないが、イチゴはもう立派なレディだしな。仲良く留守番してるよ」

「そうですか? じゃあ出掛けても構いません?」

 ムクロがまだ遠慮がちな様子だったが、イチゴはうなずいて言った。

「昨日までいっぱい歩いてたから、ちょっと休みたいかなってのもあるの。それに、大きな街は楽しいけど、人がいっぱいで……」


 アマネはイチゴに同意した。

「この辺では一、二位を争う大都市だからな。ベリーヌの約三倍の人数がいるんだ。それに、マンションなど高層の建物もあるし」

「空が見える場所が少ないから、見上げると森の中にいるみたいだよ」

 イチゴはため息をついた。

「目的地のマーシーはここよりは人口が少ないが、それでも約十万人ほどの住民がいる。ただ、比較的学生が多い街だから――」


「アマネ、今からそんなこと言ったらイチゴの頭がパンクします」

 ムクロは苦笑しながらイチゴに向き直った。

「すみません。引っ張り廻してしまって。お土産を買って来ます」

「ううん、あたしこそわがまま言ってごめん。お土産ねえ……チュロスがいいなぁ。チョコ掛けのとハチミツの」

 イチゴは本を開きながらニコニコしている。ムクロは安堵してうなずいた。

「わかりました。チョコとハチミツですね」


「今日はオレも出掛けるから、アマネとイチゴが留守番だな」

 カバネはムクロを見送りながら呟いた。

「カバネも食べ歩きするの?」というイチゴの問い掛けに、カバネは少し困ったような表情になった。

「いや、オレはその……野暮用?」

「やぼよう?」

「まぁ、ちょっとした用事だよ。夕飯までには戻る」

 そう言って間もなく、カバネも部屋を出て行った。


 * *


 ムクロはバスに乗って中心部へ向かった。

 よく晴れているため、陽射しは既に熱を帯びている。

 この時間は遅く起きてブランチを楽しむ者や、朝早くに用事をひとつ終わらせ、休憩がてらお茶を飲んでいる年配の客などが多い。

 彼らの見分け方は、年齢層もそうだが、持っている荷物がわかりやすい。


 ムクロは目を付けていたカフェに入り、季節のフルーツパフェとフルーツパイを注文する。新鮮なフルーツをふんだんに使っているのが自慢の店だった。

 ワインボトルを逆さまにしたようなグラスに盛り付けられたパフェと、子どもの顔と同じくらいのサイズのパイが運ばれて来た。

 テーブルに置く直前にウェイトレスが周囲を見回す。どこかにムクロの連れがいるのではないかと思ったのかも知れない。


 大きなスイーツふたつを目の前にして、小柄なムクロが目を輝かせている姿は、やはり目立った。

 当の本人は周囲に注目されていることなど気にせず、スイーツの写真を撮る。それから、空いている席に置いていたウエストポーチに手を伸ばし、ジャケットのポケットに入るサイズのノートとペンを取り出した。


 ノートには革のカバーが付いており、表紙には刻印でデザインが施されている。

 元々の色合いはキャメルだったようだが、だいぶ使い込まれているものらしい。経年による独特の艶や深い色味が増している。

 そしてところどころにくすんだ染みのような汚れもついていた。

 ノートとペンを脇に置くと、ムクロはものすごい勢いでスイーツを平らげ始めた。


 先ほどのウェイトレスが、注文を取りに行くため通り掛かる。彼女はムクロがもうパフェを食べ終わるところを見て、思わず足を留めた。

 すべて食べ終わってからおもむろにノートを開く。そこにはスイーツ食べ歩きの記録がみっしりと書かれていた。


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