EP03 ◆ きみの面影 #08
荷物はどれもがピンクやスカイブルーなどカラフルなショップバッグだった。量の割に軽いのは、中身が衣料品や細々した雑貨だからである。
ムクロも時々ファンシーなものを気に入るが、女の子として育てられたイチゴならばなおのこと、キラキラしたりフワフワしているものを好むだろう。
カバネもその心理は理解できるが、彼自身は雑貨にまったく興味を惹かれない。
それらの店は過剰包装が常だとカバネは考えている。包装を解いてまとめれば、中身は三分の一以下になったりするのだ。
* *
宿で夕食を摂り、部屋でくつろいでいる時に、ムクロはカフェで逢った男の話をアマネたちにした。
「人違いでシェリー? そう言われたのか」
「そうです。あの……名前から調べられますか?」
「何を――まさか、ここにいると?」
それまで雑談として聞いていたアマネだったが、ムクロの言いたいことを理解して目を見開く。
「かも知れません。今のところ『似ている』という言葉だけですけど」
ムクロはどこか思い詰めたような表情だった。アマネはあえて軽くこたえる。
「さあなぁ……名前は自由だから、そこから調べることは難しいだろうな」
バスルームからは水音が聞こえている。イチゴがひとりで湯を使っていた。
ムクロは少し声をひそめた。
「では――逆に、本人の極小チップから、身元の確認は?」
アマネは唸る。
数年前からムクロが気に掛けていたことは理解していたが、任務とは関係ないことだ。むしろ妨げになる危険もあった。
今までは可能性の話だけだった。それがにわかに現実味を帯びて来たのは、彼らにとっては大きな問題だ。
「……できないことはないかも知れないが、俺はその権限を持ってない。できたとしてもプライバシーに関わるだろう」
ムクロはあからさまに落胆の表情になる。
「そうですか……」
「でもどうやってここに? 日本から出ることがまず難しいという話だったが」
「それを知りたいのです。でも他人の空似の可能性もありますから」
「しかし危険じゃないか? それに……万が一逢えたとしても、向こうは憶えてない」
アマネは殊更、最後の言葉を強調した。
ムクロは、もちろんわかっているというようにゆっくりうなずいた。
「ええ、だから遠目で確認するだけでもいいんですけどね――ところでアマネ、僕とイチゴって似てますか?」
「話が唐突だなぁ」とアマネは笑い、顎に手を当ててムクロをじっと見つめた。
「似てるといえば似てるだろうが、似てないといえば似てないんじゃないか。俺は欧米風の顔立ちを見分けるのは苦手だから……」
「ということは、似てると思ったことがあるんです?」
「まぁ……なくはないが、しかしお前は銀髪で――」
困惑しつつこたえたアマネの言葉を、ムクロは遮る。
「ええ、髪の色についてはいいんです。実は今日、僕とイチゴの顔立ちが似ていると言われましたので」
「誰に?」
「ジェラート売りのおじさんです」
「そりゃああれだ、リップサービスってやつだよ」とアマネは笑う。
その程度なら商売人でなくても言うだろう。子どもを見て父親似だとか母親似だとか、兄弟らしき様子を見て仲がよさげだとか。
「そうでしょうか……」
今までも容姿については散々言われていたというのに、ムクロの様子はいつもと違った。アマネは腕組みをして首を傾げる。
「どうしたんだよ。今更自分のルーツ探しに目覚めたとでも?」
それは、話をひとまとめに軽口で流そうという思惑もあった。
「そういうのではないですよ。ただ……」
「ただ?」
「僕も、イチゴと似ているような気がすると思ったことがあったので」
「ふぅん……」
アマネにはもはや理解不能の領域である。
思春期の娘と向き合う父親の心境だ、と――もっとも、本当に父親になったことはないので想像でしかないが――肩をすくめることしかできなかった。
ムクロはアマネを見て少し困ったような表情になり、カバネに向き直った。
「カバネはどう思います?」
「さあね。オレは似ていると思ったことはないなぁ」
カバネは興味なさそうな様子で言うと、私服のジーンズを履き始めた。食事を終えると真っ先にシャワーを浴びて、今まで半裸のまま髪を乾かしていたのだ。
「あのな……イチゴは、十歳であの顔立ちだ。だからお前とは違う。わかるか?」
どこか小莫迦にするような口調で呟くと、肩に掛けていたタオルをベッドの上に放り出す。
「カバネ、そんな言い方しなくても」と、アマネが口を挟むが、ムクロは首を横に振った。カバネの言いたいことは誰よりもムクロが理解している。
「いえ、大丈夫です。そうですね……忘れていました――ところでカバネ、こんな時間にどこかへ行くんです?」
「夜間だけ出ている屋台があるって話だからさ、ちょっと食べ歩き。班長に許可はもらってるぜ」
ニヤリと笑うと、カバネは部屋を出て行った。
ムクロは後ろ姿を見送ってから、ふぅ、と小さくため息をつく。
「なぁムクロ。忘れてるんじゃなく、考えたくないんだろう――そろそろ限界なんじゃないのか?」
沈黙に耐えかねたようにアマネが問う。ムクロは顔を上げ、寂しげに微笑んだ。
「わかりません……でも最近、急に色んなことがあり過ぎたので、確かに疲れているのかも知れませんね」
それでも辞めたいとか休みたいとは決して言わない。アマネもその理由を理解しているが、無理はさせたくなかった。
「やはり一度、メンテを受けた方がいいだろうな。イチゴを送り届けたら、今度こそテトナへ向かおう。予定が立ったら俺からパオに連絡を入れておく」
「僕はまだ大丈夫ですよ」
「いや、もちろん俺やカバネもメンテの時期が近いってのもあるし、ほら、俺は機械の確認をして欲しいと考えてるし、ムクロのマントの件も――でも何より最近はずっと、ムクロが一番負担が大きいポジションだからなぁ。そこは申し訳なく思ってる」
「大丈夫ですってば。それに僕は、この任務を生き甲斐にしているんです」
ムクロはもう一度微笑んで見せたが、アマネの表情は曇ったままだった。




