EP03 ◆ きみの面影 #07
「町長は町長に就任する二年ほど前から、職員に義務付けられている健康診断を受けていなかった。もう七年ほどになるらしい」
「へぇ……あの人、健康に自信があるタイプには見えなかったけどなぁ」
カバネは首を傾げる。
コービィは丸顔で小太りだ。昼食はライ麦パンやチキンのサラダなどで健康的な食事をアピールしていたようだが、とにかく暇さえあれば甘いものをつまんでいるとのことだった。
「まぁな。しかも彼は大汗かきだ。職員や家族がなんらかの疾患を心配して受診させようとするだろう? だが彼は汗の原因を、『ダイエット用のサプリのせいだ』と言っていたらしい。これは受付けの女性から聞いた」
「あぁ、キャンディですね」
カバネは朗らかな赤毛の女性を思い出して優しげな笑顔になる。彼女と、食料店のマルーンには、短い滞在期間のうち何度となく世話になったのだ。
「ほう、彼女はキャンディっていうのか……ともかく、薬使用の可能性があった。現場にいた俺たちには調べる義務があるから、町を出た直後の報告でそれを伝えたんだ」
「でも健康診断を拒否してたんでしょう? どうやって」
アマネは添付されていた別書類を開き、ざっと目を通す。
「ふむ……日本の中央機構から、こちらの赤十字支社に頼んだらしい。『戦中の悲劇的な事故、そして現在展開中の緑化事業に関して、住民全員の健康状況を把握したい』とさ。もちろんその費用は中央機構が負担し、赤十字には別に寄付もする。その代わり、住民のデータはコピーを残さずすべて渡してくれるように……と」
「それ、怪しまれなかったんですか?」
カバネはあまりにも強引な手段に呆れる。
「住民のプライバシーを尊重して、とかなんとか、上手いこと言ったんじゃないか? 赤十字は何よりも人命と人権を尊重するから、疑う理由もない。緑化事業に日本が関わっていることは周知の事実だし、中央機構が後ろ盾になっているのは、印象をよくすることはあっても悪くする原因にはならない」
そして、多少怪しまれたとしても実際に健康診断を行っている。
そのデータを精査した結果、今回の調査命令なのだから、向こうにとっては問題にならなかったのだろう。
「でも、データを見た赤十字の医者が気付く可能性は」
「血液を採取するのには人が関わるが、それ以降の各測定は完全無人のシステムがある。それを使用させたんだろう。簡易測定の機械なら、戦中でも使用されていただろう?」
カバネは思い出したようにうなずいた。
「そういやオレらの場合は、採血も各自でやってましたね」
「収集したデータも、リアルタイムで日本へ送るよう設定すれば洩れる可能性は限りなく低くなる。検査項目も通り一遍の健康診断だと説明をしておけば、受診側も断わる理由がなくなる――ざっと、こんなところだろう」
「でも、そこまでして――確かに計画としては完璧かも知れませんが、それに大金積んで、向こうになんのメリットがあるんでしょうね?」
頭では理解できるが、中央機構の手足でしかないカバネたちの立場では納得しきれない。アマネにも見当がつかないらしく、肩をすくめる。
「さぁな……南欧自治連合に恩を売るネタにするのか、それとも日本の中央機構内での取引に使うのか。俺にも予想できんよ」と、ため息をつきながらメールと添付ファイルをデバイスにダウンロードする。
「で、まぁ、結果的にコービィが薬を使用している疑いが濃くなったが、あのマイクって男が運び人だったとしても、長距離移動中にバレたら元も子もない。だから、町長ひとりを手懐ける程度の量を仕入れるために、近場で馴染みの売人を作っているんじゃないか、とね」
カバネは添付されていたラプツァー中心部の地図を眺めた。
「――で、この地図、ってわけですか」
庶民的な盛り場や、治安のよくない地域がマークされている。更には素行のよくない少年たちやマフィアまがいの集団が出没している地域が色分けされ、点々とカラフルに塗られていた。
「可能性としては、この色が重なっている辺りを張っていれば、売人が捕まえられるかも知れないってことですね」
「あぁ、でもまずは聞き込みからだな。そして売人を捕まえるんじゃなく、そのアジトを探り当てて欲しいんだ」
「ムクロは?」
真剣な表情で地図を見つめながら、カバネは呟くように問う。既に彼の頭の中では、どのように行動するかの計画が組み立てられつつあるのだろう。
「あいつは目立つ。治安の悪いところに連れて行ったら、逆に騒ぎになるだろう。それにイチゴの護衛があるからな。なのでお前ひとりに任せることになるんだが……今日明日でできるか?」
「構いませんよ。むしろ短期間で調査するなら、オレひとりの方が動きやすいと思います」
カバネはニヤリとした。
* *
各自で宿に戻る予定だったが連絡が来たため、カバネたちは大きなバスターミナルで落ち合うことにした。
ムクロもイチゴも、両手に大小のショップバッグをいくつも提げている。
「荷物は、大きなバッグにまとめようと思ったんですけど……」と申し訳なさそうな表情でムクロが言い訳するが、合流できない場合にはそうしようと考えていた程度だろう。
「随分買い込んだな……これは本か?」
アマネは驚きながらも、二重にしてある紙袋をまず受け取った。思った通り、書店名が流れるような筆記体でプリントされている。
「地図と辞書と――あとの五冊は絵本です。予定にはなかったんですが、その……イチゴが好きな絵本のシリーズだったらしくて」
ムクロは言いにくそうに説明した。だがアマネはムクロの行動を責める気にはならなかった。
絵本は多分、イチゴが家にいた時によく読んでいたのだろう。
そういったもののひとつでもあった方が、この先罹るであろうホームシックにも耐えられるかも知れない。
「オレらが先に帰ってたらどうするつもりだったんだよ?」
カバネも呆れたような口調で、イチゴの荷物を引き受けた。




