EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #16
アマネたちは無言で視線を交わす。
この辺りは昔から『美人の産地』と呼ばれていた。
容貌のよさも、昔ならば観光や就職にも有利だったろう。だが治安が悪化し、経済が回復しないまま何年も経った現在では、本人にとって得になるとは限らない。
姉がどうなのかは知らないが、イチゴの容貌は見る者がはっとするほど整っている。もしかすると最初からイチゴが目を付けられていたのではないか。その可能性は充分あった。
「だけど、よそにやられるってのは思い違いじゃないのか? 契約書も本当はお姉さんのとか」
カバネが再度食い下がる。
「思い違いじゃないしなんとなくわかるよ……ママやパパの態度がいつもと違うっていうか。オレにだけさ。あと、近所のおじさんやおばさんも、一昨日くらいからさり気なく目を逸らすんだ」
しかしイチゴは十歳にしては小さ過ぎた。筋肉もまだあまり育っていない。
アマネたちは七、八歳と予想していたため、年齢を聞いた時は驚いたものだ。
「――でさ、どうせよそにいかなきゃいけないんなら、知らないやつに連れて行かれるよりあんたたちについてった方がいいかなって」
急に、明るい口調になったイチゴの言葉は、再度アマネたちを驚かせた。
「どういうことだ?」
カバネが問い返すと、イチゴは当然という表情をする。
「どういうことって……だってあんたたち、っていうかアマネ、本当は人さらいなんでしょう?」
その瞬間、アマネは飲み掛けていた水を吹き出した。
咄嗟に顔をそむけたためテーブルに被害はなかったが、床が濡れてムクロが顔をしかめる。
しばらく咳込んでいたアマネはようやく息が戻ってから「……どっからそんな噂が」とだけ言った。
「噂ってか、うちのママと隣のおばちゃんが言ってたんだよ。ムクロたちを連れて、毎日うろうろしてるじゃん。仕事してる様子もないのに服装はこざっぱりしてるし、お金に困った様子もないし」
「いや、仕事はしてるんだが――」
「だって、毎日ピクニックみたいなことしてるって、花屋のマーシェルおばさんも言ってたよ? 『徴兵ならここみたいに男手が少ない小さな町になんて来ない』って。連れてるのは子どもだし、だから人さらいじゃないか、って」
子どもと言われた途端、カバネがむっとする。
「仕事してないとかお金に困ってないなんて、何故わかるんだ?」
「値切ったり強奪したりしないからだよ」
何故そんなこともわからないのか、という表情でイチゴが答える。
「値切るのはともかく……強奪?」
「うん、時々来るよ。アマネたちみたいな制服を着てるのは大体どっちか。買い物する奴らはケチで値切るし、さっさと町を出て行く。強奪する奴らは銃とか使って脅すけど、服が薄汚れてたりどっか破れてる。そういう奴らが来たら店を閉めちゃうね。だからオレも、初めはそういう奴らがまた来たって思ってた」
アマネは申し訳なく思った。
それらが日本人である可能性は低い。しかし人種が違えども元軍人が民間人を脅かすのは、恥ずべきことだと考えている。
だが取り締まるのは別の機関だ。現場に居合わせたのでもなければアマネには手が出せない。
ムクロは無言だったが左手が小さく動いている。会話を記憶しているらしい。
いつの間にか、料理もデザートのケーキもほぼ消えていた。タイクタッシェはアマネが三分の一弱食べたが、イチゴの食欲はそれ以上だった。
「久し振りにお腹が苦しいくらい食べたよ」とイチゴは笑う。
「そういえば、ご両親のお仕事は? いつもこの時間は留守でしたっけ」
ムクロがさり気なく問い掛ける。
「パパは運び屋をやってたよ。大きな車でさ、近所の配達とか遠くの街から街にすごい荷物を運んだりさ、いろいろ」
合法か非合法かはわからないが、家族七人を食べさせるだけの収入はあったらしい。車も自身の持ち物だったという。
「でも戦争が終わって段々仕事が減ったってさ……去年の夏、久し振りに大きい仕事が来たぞって喜んでたんだけど――」
急な荷物が入った、と父親は張り切って出掛けたのだという。だがそこで兵隊のような集団に狙われ、一緒に仕事をしていた五人のうち二人はその場で死亡。
重傷だった他の者は助けに来た仲間が医者に運び込んだが、数日後にまたひとり死亡したという。
「パパも脚と手をやられて、車もボコボコになったから、そのまま廃業さ」
「兵隊のような……そいつらは制服を着ていたということか?」
アマネは顔をしかめる。保安官のことなら、イチゴも親もそんな言い方はしないだろう。すると私設警備隊、もしくは定職に就かず、マフィアまがいの組織を作っている連中か――
「もし軍関係者が掠奪したのなら、正式に訴えることができるんだぞ?」
表向き『軍』は存在しないが、それに似た組織は保安組織の一部として残っている――あくまでも自衛の形で民間人の安全を守るための組織だが。
「町長さんにも言われたよ。でも、パパもママもいいんだって言って」
イチゴは口を尖らせる。
訴えない、いや、訴えられないとは、非合法な物を運んでいたのか。軍関連施設からの盗品という可能性もある。だがアマネは口には出さなかった。
「そんなわけで、段々うちもびんぼーに――あ、ママの声だ」
遠くで女性の声がしていた。窓のない、小屋の裏側の方からなので、土手の上にいるようだ。
「一緒に出ようか」とカバネが立ち上がる。母親ひとりだけではない可能性もあるからだった。
アマネも立ち上ったものの、出て行くべきか迷っていた。噂の件もあるが、彼は感情的になっている女性にどう接したらいいのかわからないのだ。
小屋を回り込まず、戸口のすぐそばに立ってイチゴは大きく手を振る。
「マーマ! オレ、ここ!」
「イチゴ!」
母親はまろぶように駆け寄ってイチゴをきつく抱き締めた。
「安堵しているようです。本気で探していたのでしょう」と、圧縮語でカバネが報告する。その直後、母親は甲高く叫んだ。
「あんたたち、うちの娘をどうするつもりだったのっ?」
アマネは肩をすくめる。
――まぁ、あんな話が出てるならそうなるよなぁ。




