EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #17
「違うよ、あのね、ごはん食べてたんだ。誕生日祝いって。そしたら、あたしの分ジョアンたちが食べれるでしょ、だから――」
「あんたはそんなことを考えなくていいんだよ!」
安堵と呆れ、またばつの悪さもあるのか母親は困惑したような声を出し、娘を抱き締めた。その勢いでイチゴがげっぷをすると母親は驚き、ようやく笑った。
「ほんとにたくさん食べたんだねぇ……トマトソースの匂いがするよ、あんたって子は」
イチゴをもう一度抱き、母親は顔を上げた。
「疑ってすまなかったよ。その、ご主人にお礼を」
「ご主人? ああ、班長は上司ですよ」
あくまでも事務的な態度でカバネがアマネを紹介すると、母親は一瞬戸惑った表情をしてから小さくうなずいた。
「そう……仕事の」
何か思うことがあるような口調で、アマネはつい眉間に皺が寄りそうになる。だが母親はそれ以上言及しなかった。
「心配したんだよ、ほんとに……帰ったらお風呂にゆっくりお入り。特別に一番最初に入ってもいいんだよ。久し振りに一緒に入ろうか? あんたは髪を洗うのが苦手だし」
「ほんと? わあ、嬉しい。一緒に入ろうママ」
「わかったよ――あんたの好物の煮込みを作ったんだけど、帰るまでどれだけ残っているかねぇ」
そんな母娘の会話と後ろ姿を、アマネたちは笑顔で見送っていた。
しかし、彼らが土手を登り切って姿を消した途端、その笑顔はすっと消えた。
* * *
「本当に今日切り上げてしまってよかったんですか?」
荷物をパッキングしながら、ムクロが圧縮語で問う。
「あと一日二日ほど周辺を廻りたかったがね、でもだいぶ調査はできたし、ムクロのレポートもあるからこれでよしとしよう。そもそも調査範囲は決められていなかったんだ」
「==それで、これからどうするつもりなんです?」
「これから? このあとは……そうだなぁ。ここの家賃は直接請求してもらうのだけど、お礼の手紙くらい書いた方がいいかなぁ」
「==とぼけないでください。あの子をどこへ連れて行くつもりなんですか、って訊いているんです」
ムクロは厳しい表情でアマネを問い詰める。
「==着替えも必要ですね」とカバネが重ねる。
アマネは一瞬ぽかんとしたが、直後に苦笑した。
「かなわないなぁきみらには」
「==曹長の部下を何年やってると思ってるんです」
ムクロはツンとそっぽを向いた。
「==ムクロの予備のものでいいかな」
カバネは荷物の一番上に制服一式を載せた。カバネやムクロが時々着替える白いポロシャツタイプの制服だった。そして、役所のキャンディからもらった紺色のハーフパンツ。
「==何故僕のなんです?」
「==だってオレのじゃあ、ほんとにブカブカだよ」
「忙しくなるぞ」とアマネは呟いた。
日が落ちてから彼らは行動を開始する。イチゴの家は町の北東に位置するということは聞いていた。
「==町を出てからですか?」
「そうだな。でもどちらへ抜けるのか見当がつかない。近所で張った方がいいか」
「==それならオレ、わかりますよ」
「何故だ?」
「==ルシエイトへ向かう東の道路の先では、十日ほど前に中規模な抗争が勃発し、現在は民間人の車輛が通れないそうです。ブラウン嬢が言ってました。また、迂回路には自治連合の保安部――しかも特別警備部隊の隊員が検問を張っているそうですから、下手な動きはできないと思われます」
アマネはため息をつく。随分タイミングよく抗争が起きたものだ。
「じゃあ俺らがモスベを経由したら、足留めを食っていたかも知れないのか」
「==可能性はありました。一方、西のペルミアと北欧自治連合に抜ける北ルートには問題がありません」と、カバネが続ける。
「==どちらも途中に適度な規模の歓楽街があります。子どもの機嫌を取りつつ目的地まで運ぶなら、そちらの方が便利でしょう。そこへ通じる道は現在、この町の西側にしかありません」
「なるほど……ならば、東のルートは考えなくても大丈夫だろうか」
「==東方から、車で何人も乗せて来るという可能性もありますが」
「そこまで大々的な話なら、どこかで必ず洩れる。しかし未だ聞いたことがない。ましてあの年齢の子どもを連れて行くなら目立たないようにするだろう。せいぜい、奉公に出す振りをするのではないかな」
「ホウコウ?」
ムクロが繰り返す。耳慣れない言葉に驚いたらしい。
「あぁ……いや、昔の行儀見習い兼、仕事の修業というか。やっぱ奉公は圧縮できないか」
アマネ自身は、圧縮語を聞き取ることしかできない。知らない言葉は圧縮できないのは理解しているが、ムクロたちの知らない言葉に関してや、ジェネレーションギャップが生じる場合などは、どうしても日本語での会話になる。
ムクロは眉間に皺を寄せていたが、やがて言った。
「圧縮できないみたいですね……アマネもホウコウしたのですか?」
「俺なんかよりずっと昔の話だよ」とアマネは苦笑する。
「じゃあ俺たちは西の町外れで待機しよう。カバネは家の偵察を頼む。しかしカバネ、ブラウン嬢から聞いた件はともかく、それ以外はいつの間に調べたんだ? この辺りの地図データは、大きく消失していたはずなんだが」
「==オレらの任務は元々、地図タグとデータの回収でしょう」
カバネは得意げな顔になる。
「==オレは植物採集には向いてないから、その代わり周辺地形データの収集に時間を割きました。前にあのセールスマンが言っていたような、草の根の情報を利用してみたんです」
* * *
男は車で乗り付けたらしい。しかし見慣れない車が家の前に駐車してれば近所の評判にもなろう。
今後この家族は後ろ指をさされるのか、この町では既に暗黙の了解なのか――データの数字で推測する限りは後者に思えたが、アマネたちにはわからない。
だがどちらにせよ、イチゴがここへ戻ることは二度とないだろう。
「==護衛なし。男がひとりで車を運転しているようです」
カバネが合流して間もなく、小さな橋を通り過ぎた車の後部、斜めに倒されたシートにイチゴの横顔が一瞬見えた。




