EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #09
風呂を使ってさっぱりしたイチゴが席に着くと、食欲をそそる芳ばしい香りの皿が目の前に置かれた。
今日の食事当番はカバネで、最近ハマっているカレー――正確には、カレーに似せて香辛料を利かせた煮込み料理だが――を用意していた。途中から鍋をふたつに分け、それぞれ辛さを変えてある。
「これ、おいしいね。初めて食べた……でもすごく喉がかわく」
イチゴには甘口の方を出したが、それでも子どもには辛かったのだろう。食べながら水をごくごく飲んでいた。
「もう少し控え目でもよかったんじゃないでしょうか……お腹を壊さなければよいのだけど」
ムクロは、あまり食が進まない様子だ。
「おいしいよ? ムクロも食べなよ――それとも、辛いの苦手?」と言いながら、イチゴは早速お代わりを要求する。
「甘口もまだ充分あるから、ムクロも食べていいんだぞ」と、隣に座ったカバネが圧縮語で囁く。
ムクロは一瞬はっとした表情になったが、「べ、別に、僕は辛いのが食べられないわけじゃないんですからね?」と言って食事を再開した。
* * *
それからというもの、毎日イチゴが訪れるようになった。昼間は留守なのを知っているのか夕飯のタイミングを狙ってやって来る。
そしてムクロは食事の前に風呂を使わせる。着ている服もその間に洗浄剤に漬け、帰るまでに乾かして着せるのだが、翌日は何故かまた薄汚れている。
「どうしてこんなに毎日汚せるんです?」と、ムクロは顔を見るたびに不機嫌そうに口を尖らせたが、イチゴの答えは決まっていた。
「ママにそうしろって言われているんだもん」
どうやら『人さらい』に連れて行かれないように、身なりを貧相にしておけ、というのが母親の言い分らしい。そのためなのか、風呂をろくに使わせてもらえなかったというのだ。
なのに突然きれいになって帰宅すると、逆に叱られるかも知れないということで、帰り道に土埃などで汚すのだという。
「それにしたって、毎日どこかでごはんを食べていることくらいは気付いているんじゃないですか?」
しかしイチゴの返答は、「よそで食べれるなら手間がはぶける、ってパパはいつも言ってる」という驚くべきものだった。
「==呆れた。まるで育児放棄じゃないですか」
ムクロは思わず呟く。イチゴには圧縮語の音を聞き咎められなかったが、アマネは視線だけでムクロをたしなめた。
今はまだ遅くまで明るい季節だからいいが、子どもはとっくに帰宅しなければいけない時間なのではないかと、アマネたちは心配していた。
「どこに行って来たのか、ご両親には話してるのかい?」
アマネが訊ねると、イチゴは首を横に振った。
「パパもママも、この時間にはいないんだ。ママがごはんを作っておいてくれるけど、うちは兄弟が多くてさ……でも一番上のパンシー兄ちゃんは仕事の親方に食べさせてもらうことが増えたから、前よかいいんだけど」
「そういえば何人兄妹なんです?」
ムクロは魚のフライをひとつ、イチゴの皿に取り分ける。
「うちはねぇ、オレ入れて五人。でももう少ししたらリィ姉ちゃんも働きに出るかも知れないんだ。パンシー兄ちゃんは町の中で働いてるけど、リィ姉ちゃんは町を出るかもって。こないだ、リィ姉ちゃんを使いたいって店の人がうちに来てた」
イチゴはフライにソースをべったり塗ると、大口を開けてかぶりついた。
「兄弟が多いと、食い物の取り合いがすごいからなぁ……わかるよ」と、カバネは懐かしそうな声を出す。
『雇う』ではなく『使う』という表現に、ムクロは嫌悪感を覚える。思わずアマネたちの表情を窺うが、彼らは特に気にしていないようだ。
どちらかというと自分が神経質で潔癖気味なことを自覚はしていたが、それはムクロの特性を考えれば仕方のないことだった。
だからアマネは時々「考え過ぎるな」とか「思い詰めるな」という言葉をムクロに投げ掛けるのである。
* * *
「今日は役所へ行って来ようと思うんだ」
ベリーヌに来てから十日目、初めて雨が降った日にアマネは連れの二人にそう告げた。雨が降っている時は植物のデータ収集もできないので、収集したデータをまとめる作業に専念することになる。
「==僕も行った方がいいですよね?」とムクロが作業の手を止めて顔を上げる。
「==あ、ずるいなぁ、オレも行きたい」
カバネはよほど退屈らしい。作業もせず地図を広げてベッドに寝転がっていたが、ムクロたちの会話を聞いて身を起こした。
「==ずるいって……作業をサボるわけじゃないですよ。住民のデータを確認するんですよね? どこまで溯る予定ですか?」
「その通りだ。カバネには留守番をしてもらうことになるな」
アマネはニヤニヤしながら仕度を終える。
「==オレ、植物の仕事は向いてないと思うんだよなあ」
「==向いてるか向いてないかは関係ないじゃないですか。せめてフォルダ分けくらいはしておいてくれませんか」
アマネとムクロは不貞腐れているカバネを置いて、雨の中役所へ向かった。
「何か問題がありましたでしょうか」
コービィは今日も汗を拭きながらアマネたちの対応をした。
アマネはにこやかな笑顔を絶やさず、首を小さく横に振る。
「いえ、これも任務の一環でして――緑化研究事業の前後において、住民の健康状態なども合わせてまとめなければいけないのですよ」
「しかし、そのような話は聞いていなかったような」と、コービィは咎めるような声色だ。
「そうでしたか? 申し訳ありません。土地の植物に変化があった場合は住民のみなさんにも影響が出ないとも限りません。こちらとしては当然の作業です。そのため、説明を失念していたのかも知れません」
アマネはうわべだけの謝罪に聞こえるように述べた。
「はぁ……そういうことなら――しかし、ここ十年分の出生、死亡記録に通院、入退院の記録というのは多過ぎやしませんか? 何日掛けて確認なさるんです?」
「ざっと把握するだけですから、今日一日で終わりますよ」




